* 天使のかけら *






お願いだから、誰か夢だと言って。

セナが近づく度に心臓がドクンドクンと嫌な速度で高鳴り始める。

私はなるべくセナと視線が合わないように視線を下に向けて俯いていた。

彼の制服が視界の端っこに映り、一旦そこで動きが止まる。



「よお、遥。また会ったな。」



だぁぁぁ!知らない、会ってない。誰ですかぁ、あなたはぁ!!私に声をかけないで。

私は俯いたまま素無視をかます。

セナのその一言で一斉にクラスがざわめき出す。

え、遥と知り合い?って感じに。



「無視かよ、コラ。」

「……何しに来たんですか。」

「昨日言ったろ、アレが夢じゃねぇって事を証明してやるって。」

「だからって何も学校にまで乗り込んでくることないじゃない。」

「乗り込むって人聞き悪い。俺が最高の7日間にしてやるって言ったろ?」

「何する気?」

「ん?決まってんじゃん。失恋したまま彼氏も出来ずにあの世に行くのもかわいそうだから、俺がお前の男になってやる。」



……………はぁ?



何を仰ってるんでしょうか、この人は……もとい、天使は!……いや、悪魔だ!!

友子はじめ、周りの生徒も私達2人が何を話してるのか検討もつかずにじっと聞き入っている。



「私の男って……?」

「男っつったら彼氏以外何かあるわけ?」

「はぁ?」

「はぁ?じゃねぇ。今日からお前は俺の女な。分かったか?」



分かるわけないでしょう?そんな無茶苦茶な話。

何もかもが突然で、全然頭がついていかない。



「分からない。」

「あっそ?じゃあ分からせてやるよ。」

そう言ってニヤッ。と笑ったかと思ったら次の瞬間私はセナにキスをされていた。

え…ちょっ…私、何されてる?

唇に柔らかい感触を感じたまま、私の脳は停止。

周りからも、きゃー。と言うような声がチラホラと聞こえてくる。

ゆっくりと唇を離されて、セナと視線が合うと、一気に自分の体温が上昇する。

「なっ?!あっ…あなたっ……急に…」

「へぇ。人間の唇って柔らかいんだな。初めて知った。」

「初めてって……私の初めて……」



ふっファーストキスだったのにぃ!!!

何が嬉しくて人間じゃないモノとキスをしなくちゃいけないのよぉ。

そりゃカッコイイ、セナからされて嫌ではなかったけど……って、おぃ。

クスクス。と小さく笑うセナを真っ赤な顔で睨みつける。



「そんな怖い顔すんなよ。ホンの挨拶代わりだ。有難く受け取れ。」

「あぁ有難くってねぇ!こっ、こんなみんなのいる前で……どうするのよぉ。」

「何だよ、マズイのか?」

「マズイに決まってるでしょ?普通はそんな事しないんだからぁ!!やだぁもう恥ずかしすぎる。」

「恋人同士になったらどこでもやるもんじゃねぇの?」

「どこでもやらない!隠れてするもの!!みんなの前で、しかもHR中にする事じゃなぁ〜い!!!」



あぁ、もうダメ。恥ずかしくて血管切れそう。



「なんだ、そうか。だったら早く言えよそういう事は。」

「早く言えよって……。」



いきなりされて早くも何もないでしょう?

私が言葉に詰まっていると、セナはクスっと小さく笑って指を一つパチンと鳴らす。

途端に周りは何事も無かったかのように静まり落ち着く。



………え?



「では今日のHRは以上。天野君、何か分からない事があれば朝倉に聞くように。」



担任はそう言葉を残して教室を出て行った。



え?何が起こったの?



私の横に立っていたハズのセナはもう自分の席に座っていて、平然とした顔でカバンを机の横にかけていた。

セナに言葉をかけようとした所で、前に座っていた友子が嬉しそうな顔で振り向いてくる。



「んーもぅ。遥ってば、こ〜んなカッコイイ彼氏がいるなんて聞いてないわよ?」

「……………はぁ?」

「何、その反応。天野君って遥の中学時代からの恋人なんでしょ?さっき言ってたじゃない。」



………ひとっことも言ってませんが?



私はガタンっと席を立つと、セナの腕を取って教室を出る。



「何だよ遥。早速逢引か?」

「じゃ、なくて!どうなってるの?何したの?何でこんな展開になっちゃってるの??」

「あぁ、面倒くせぇからちょっと奴等の記憶を操作した。キスの場面を忘れさせて、ついでに俺とお前を公認の仲にしてやった。」

「そっ、そんな事してもいい訳?」

「いいんじゃねえの?誰かの運命を変える訳じゃねぇし。」



クスクスと笑いながら、あっけらかんと言ってのけるセナに言葉が出てこなかった。

私はこれからどうなっちゃうの?




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