* 天使のかけら *






運命の日。

私はセナに言われた通り、いつも通りの朝を迎え、いつも通りの時間に家を出る。

朝起きた時にセナの姿は無かったけれど、今でも覚えている、セナの肌の温もりと、体の重み。

確実に私たちは一つになれて、愛を確かめ合えた。

私は小さな袋をぎゅっと握る。

中には天使であるセナの体の一部分が入ってる。

白くて艶のある綺麗な羽。

その羽の入った袋を大事に掌に包み込んで、私は学校までの道を歩いていた。

バス停の手前でバスを待っている2組の親子が目に映る。

母親同士は話に夢中で、小さな男の子は手持ち無沙汰のように、あっちこっちと走り回っている。


危ないなぁー。


なんて、思いながら歩いていると、男の子はタタタっと車道の方に進んでいく。


……えっ!!


少し先には、こちらに向かってくるバスの姿。
母親の方は話に夢中で全然様子に気づいていない。


やだっ、ちょっと危ない!!


そう思った時には、無意識に飛び出していた。


それからは、全てがスローモーションのように見えた。

私が男の子に駆け寄り、ぎゅっと体を抱きしめて歩道側に押し出し、バスの運転手がこれに気付き、クラクションをけたたましく鳴らす。

きゃーっ!と言う母親の悲鳴と、キキーッ!と鳴るバスのブレーキの音。


やっぱり運命を変える事は出来なかったんだ。

私はこのまま死んじゃうんだ……


そんな事を考えながら、その場を動く事が出来ずに、ぎゅっと強く瞼を閉じる。

それから暫く無音の時間が過ぎ、私はゆっくりと目を開けて、目の前に映る景色に息を呑む。


「………っ?!」


私以外の全てが止まり、まるで時間が止まったかのように何も動かない。




『――――俺が護ってやるって言っただろ?』




「セナっ?!」


声の方を見上げると、大きな白い羽を広げて、宙に浮くセナは、優しく私に微笑みかけてきた。



『おら、ボーっとしてねぇで脇に避けろ。俺が時間を止めていられるのは後僅かだぞ?』

「セナ…本当に私の運命を変えてくれたの?」

私は脇に移動しながら、宙に浮くセナを見つめる。

『当たり前だろうが。何てたって、愛する遙の為だからな?俺の持ってる全てを出して時間を止めてやったよ。さすがだよなぁ、俺。…さて、と。お前も助かった事だし、ちょっくら神のお説教を聞いてくるかな。』

「やっやだ、セナ。もう行っちゃうの?…行かないでよ、セナぁ」

『バーカ。泣いてんじゃねぇよ。一生の別れじゃあるまいし…パーっと行ってパーっと帰ってくるって。』

「でもでも…やだぁ。」


私は溢れ出してくる涙を止める事が出来なかった。

後から後から溢れ出す涙をそのままに、じっとセナの姿を見つめる。


『遙?必ず俺はお前の元に戻ってくる。信じろ。な?』

「信じてる…信じてるけど、忘れて欲しくないよ。セナにも私の事を覚えてて欲しい。」

『記憶を消されても必ず思い出すから…俺が遙の事を忘れるわけねぇだろ?もし、暫くの間思い出せなくても、必ずお前を思い出す。俺とお前の気持ちが繋がっている限り、お前が俺のカケラを持っている限り、俺はお前を忘れない。』

セナは私が握り締めたままの小さな袋を私の手と一緒に包み込むように手を重ねる。

「セナ…愛してる…愛してる。」

『ん、俺も……』

優しい微笑みのままゆっくりと顔を近づけて来て、唇を重ねて来た。

唇からセナの温もりが伝わり、痛いくらいの気持ちが伝わってくる。


――――愛してるよ、遙。


すぅっと唇からセナの温もりが消えて、彼の声だけが耳に残る。


「セナ…セナぁぁぁぁっ!!」




+++ +++ +++




その場で蹲って泣いていると、掌に小さな温もりが伝わってくる。

ふと顔を上げると、先程車道に出て行った男の子の顔。

そっか…セナの魔法、解けちゃったんだ。

「お姉ちゃん、ごめんね。ボクがあっちに走って行ったから、怖い思いさせちゃったんだよね?ごめんね、痛かった?泣かないで、お姉ちゃん…ボクを助けてくれてありがとう。」

「ううん、違うの…違うんだよ…」

私は心配そうに顔を覗きこんでくる男の子をぎゅっと抱きしめた。




――――私たちを助けてくれたのは、セナって言う天使さんなんだよ?






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