* 天使のかけら *






あれから男の子の母親に、何度も何度も頭を下げられて、もう大丈夫ですから。と、言葉を残して学校へ向かった。

だけど、ずっと頭がボーっとしてて、どうやって過ごしたのかも覚えてなくて、どうやって家に帰って来たのかもあまり覚えていない。

私は家に帰るなり、部屋に閉じこもりセナの事を思っては、涙を流していた。


セナ…必ず帰って来てくれるよね?

信じて待ってていいんだよね?

私の事を忘れても、絶対思い出してくれるんだよね?


私はセナとの繋がりを感じていたくて、小さな袋からそっと羽を取り出す。



セナの体の一部――――天使のかけら。



これを持っている限り、私がセナを思ってる限り、セナは私の事を忘れないって言ってくれた。

絶対忘れないよ、絶対無くさないから……セナはすぐに戻ってくるって言ってたけど、どれだけ長い時間がかかったとしても、私はセナを待ってるから。

ずっと遥か昔から私の事を見守り続けてくれたセナだから。

きっと戻って来てくれるよね?

きっと…思い出してくれるよね?

私はセナの事を思いながら、いつしか泣きつかれて眠ってしまっていた。




***** ***** ***** ***** *****





「……るか……遥!起きなさい!!何時だと思ってるの!!!」


階段の下から呼ぶ大きな母親の怒鳴り声。

私は重い頭を擡げて頭の上の目覚まし時計に目をやる。


……んー…8時か。

……………っ!!はっ8時?!やっばい遅刻だっ!!

ガバッと飛び起き慌てて洗面所に向かい、軽くシャワーを浴びて制服に着替えるとさっさと支度を済ます。

遅刻ギリギリの時間だったし、セナの事を思うと喉も通りそうになかったから、朝食も取らずに出て行こうとしたら、奥から母親が食パン片手に顔を出す。


「こら、遥。朝食も食べないで学校行くつもり?昨日だって泣いて帰ってきたかと思ったらそのまま部屋から出てこずに寝ちゃったみたいだし……何があったか知らないけど、ご飯だけはちゃんと食べなさい。」

「えー…食べたくない。」


うちの母親はどうもデリカシーがない。

先輩にフラれた朝もそう言って無理矢理パンを食べさせたよね。

何があったか知らないけど、何かがあった事は分かってるクセに。

セリフもあの時と全く一緒だし!

どうして無理に食べさそうとするかなぁ。

2食ぐらい食べなくっても死なないんだから!!

あー、もうヤダ。

今は「死ぬ」とかそういう事考えたくない。

私は無理矢理食パンを詰め込み、玄関を出た。




***** ***** ***** ***** *****





息を弾ませながら教室に入ると同時にチャイムが響く。

うぁー。またもやギリギリセーフ。

安堵のため息を漏らして、自分の隣りのセナの席が空いている事に、少し落ち込みながら席に着くと、前の席の友子がニヤリと笑みを浮かべながら後ろを振り返る。


「ギリギリセーフだわね、遥。ね、昨日の先輩の愛の告白はどうだったの?」

「え…それって先週話したよね?」

「え?告ったの昨日じゃないの?」

「はい?いや、先週フラれたって言ったじゃない。」

「うっそ。聞いてないけど。」

「へ?」


おかしな事を言うなぁ、なんて思っていると、更に友子はおかしな事を言ってくる。


「ね、ね!遥。知ってる?今日ね、転校生が来るんだって!!それが超カッコイイらしいのよ。すごい楽しみだよねぇ?」

「え…また転校生来るの?」

「ちょっと遙、さっきから何言ってるの?またって、転校生が来るのなんて初めてでしょ?」

「えー、友子こそ何言ってるのよ。私が先輩にフラれたって話したのは先週の8日の話しだし、その日にセナが……」

そう言いながら、ふと視線を黒板に移した目が止まる。

え…8日?

ちょっちょっと待って…今日って?


「ねぇ、友子。今日って何日?」

「何日って、黒板に書いてるじゃない。8日よ、8日!ちょっと大丈夫?もしかして先輩にフラれた事がショックで現実逃避?」

「ね、ねぇ!その…その転校生の名前って何て言うの?」


私の心臓が次第にドクドクと高鳴ってくる。

もし、もしも時間が戻ってるとするなら…もしかしたら転校生は彼かもしれない。

きっとセナと会うまでの自分だったら、そんな事も思いつかなかっただろうけど、何故かそんな期待を抑える事が出来なかった。


「名前って…さぁ?ただ、すっごい美男子だとは聞いてるけど。それがどうかした?あ!もしかして、遙も狙っちゃおうなんて思ってる?あ…ちょっとねぇ、遙どこ行くのよ!もうすぐSHRよ?」


私はいても経ってもいられなかった。

きっとセナだ。

こんなにすぐに戻って来てくれるだなんて思ってなかったけど…きっと彼に違いない。

私は小さな袋を握り締め、職員室に向かって走った。

ちょうど職員室の手前までやって来た時に、そこから担任の先生と、先生の影で誰かは分からないけど、その後ろに学生服を着た背の高い生徒が目に映る。


どうか…どうか、セナでありますように。


祈るように心臓を高鳴らせながら、一旦足を止め、ゆっくりと2人に近づいて行く。


「おぉ。何だ朝倉…何か用事でもあったか?」

「あ…あの先生。その…転校生の人って…」

「情報早いなぁ。そうそう、彼が今日転校してきた…」

話の途中で、職員室から担任に声がかかり、呼び戻される。

「あー、悪い朝倉。何か電話がかかってきたらしいから…すまんが、彼を教室まで案内してやってくれるか?彼の名前は…」

「天野…世那?」

「あれ、俺今彼の名前言ったっけ?何で知ってるんだ?まぁ、いっか。とりあえず頼むわ。」

先生が職員室に姿を消した後、暫くの間私の目の前に立つ彼と沈黙の時間を過ごす。


やっぱり…覚えてないのかな。

記憶が消されるって言ってたもんね。


私を見ても、何の反応も示さないセナの様子に少し寂しく思いながら、彼を見上げる。


「あの……」

――――覚えてる?

「お前…どこかで会った事ないっけ?」


私の言葉と、セナの声が重なる。


「……え?」

「前にどっかで会ったような気がすんだけど。」


……セナ。

やっぱり覚えてないんだね?

少し悲しく思いながらでも、それだけで充分だという気持ちになる。

セナの記憶の片隅に、薄っすらとだけど私が残っている。

それだけで…充分。

ゆっくり時間をかけて思い出してくれたらいい。

戻って来てくれた事だけで、今は充分だよね。

私はニッコリと笑いかけると、コッソリと囁きかける。


「んー…遠い遠い遥か昔に会ってるかもしれないね?例えば…」




「例えばそれは1500年前とか?」

「……え?!」


セナからの言葉に、バッと顔を上げると、先程の表情とは一変して、少し意地悪の入った笑みを浮かべる。


「セ…ナ?もしかして、覚えてる…の?」

「バーカ。お前の事は絶対忘れねぇって言っただろ?」

「嘘、嘘!だっだって、罰として記憶を消されちゃうって……」

「まぁ…神の悪戯と、俺の努力…かな?」

「え?」

「物分りが良くて、お茶目な神だって言ったろ?俺が人間に惚れたから天使なんて止めてやるって言ったらよ、『まぁそれもお前が決めた運命だ、天使としての称号・能力は剥奪するが、記憶だけは残しておいてやる』ってさ。俺が天使を捨てた事を後悔するように、敢えて残しといてやる。とも言われた。」

「…嘘」

「だから、俺は嘘はつかねぇって言っただろうが。」

「付いた事あるもん、嘘。」

「まぁ、それは時と場合によりけりだ。」


クスクス、とおかしそうに笑うセナにつられて自分も同じように笑ってしまう。

「ねぇ、セナ。人間になっちゃって本当に後悔してない?」

「あぁ。全然、これっぽっちも思っちゃいねぇ。」

「んー、じゃぁ。人間になった感想は?」

「んー…体が重くなったかな?」

「え…太ったの?」

「お前ね。どうしてそういう方向に行くかね?飛べなくなった分、重たく感じるって言ってんだろうが!」


あ…なるへそ。


「あ、そうだ。神からの伝言。」

「神様から…伝言?」

うわ。何かすごくない?神様から直々に伝言なんて。

「1週間前に戻してやるから、1から始めろって。いつも天界から見守っててやってるからな、だとさ。それと、ずっと一緒にいられるからってヤリすぎんなよ。だって。」

「………」

本当に神様がそんな事言ったの?

なんか…神様のイメージが。

「でも、まぁ。これからはずっと一緒にいられるな?」

「うん、すごく嬉しい。ねぇ、セナはどこに住むの?」

「あぁ、遙ん家の隣。」

「え?とっ隣り?」

じゃ、じゃあ隣りの家の人は?

もしかして、一番初めにセナが内藤君の席を一瞬にして一番後ろの席にしちゃったみたいに、隣りの家の人も急に場所を変えちゃうの?

……いいのか、そんな事しても?

いや…深く考えるのはよそう。

きっと何でもアリなんだ、天界って。

私はプルプルっと頭を振って、疑問を振り払うと、廊下を歩きながらセナを見上げる。

「セナ…お帰り。戻って来てくれて、ありがとう。」

「ただいま、遥。これからは、お前だけの天使になってやるからな。まぁ、天使としての能力は無くなっちまったけど…俺個人の潜在能力がすげぇからな。お前を護る事ぐらいはできんだろ。」

「すごい自信。」

「当たり前。愛より勝るパワーはねぇ。」

「くっクサイ……」

「お前…今、何か言ったか?」

「いえ…別に、何も。」


クスクス。と小さく笑うと、ガシッと頭を腕に挟まれて、グシャグシャっと髪を撫でられる。


………セナ。


これから先、どんな事があろうとも、セナと一緒ならきっと乗り越えて行けるよね。



だって、セナは私のたった一人の天使なんだから。



「セナ…愛してる。」

「俺も、愛してるよ。」


2人で微笑み合い、どちらからとも無く唇を寄せた。





* 携帯サイト2万Hitキリリク作品 【天使の欠片】 FIN (H17.8.3)*




※検索サイト様からいらした方はまず『こちら』をお読みください。



* 神楽のちょこっとあとがき *

初のファンタジーもの…お楽しみいただけましたでしょうか。

携帯サイトで公開してたんですが、やっぱり背景画像もあった方が読みやすいよなぁ。
なんて思って、こちらに移行して参りました♪(神楽が羽の画像を使いたかっただけと言うのは内緒)
いやぁ。天使…いいなぁ、何でもアリで(笑)

携帯サイトからそのまま移行して繋げただけなので(汗)所々変な箇所で切れてるかも?!しれませんが…
ご愛嬌って事で…(何)
お楽しみいただけたら嬉しいです♪

H17.9.6 神楽 茉莉




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