ほんのり恋の味






「加奈子、ちゃんと映画見てた?」

映画を見終わって、今は近くの喫茶店。

そこで向かい合わせに座りながら、テーブルに置かれたティーカップに砂糖を放り込んで篤がおかしそうに笑う。

「見てた……」

……と、思う。

あんな状況でマトモに映画が見れる訳も無く、半分恐怖で後、半分は何だか分からないモノに支配されてた私。

篤と同じように砂糖を自分のカップに入れて、スプーンでかき回しながら力なく呟く。

「なんだよ、元気ないじゃん。そんなに怖かった?」

「怖かった…ような?」

「なにその、びみょーな答え」

「だって、篤が…」

「俺が?」

抱きしめたりするから!そう続けようとして、口をつぐむ。

だって、何か悔しいから…意味はないけど。

「何でもなーい」

「なんだよー。気になる言い方。でも、すっげぇ可愛かったなぁ。映画見てる時の加奈子」

テーブルに片肘を付き、そこに頬を乗せてニコッと笑う篤に暫く見惚れてしまう。

――――『こんなカッコイイ子が自分に惚れてくれてるんだぁ、って幸せな気分になっちゃうから』

昨日言われた美佳子からの言葉。

それが不意に脳裏を過る。

……確かに。篤はカッコイイかもしれない?

マトモに正面から見た事無かったからあれだけど。改めてこう見てみると…、

うん、ちょっと納得。

じーっ。と篤を見ていると、不思議そうな表情で篤の首が傾く。

「何?そんなに見つめられっと照れちゃうんだけど?」

「げっ!みっ、見つめてなんてない!!」

「げっ。て、おぃ。何、その反応」

「別にー?」

「変なヤツー。で、これからどうしよっか?」

「ん?これから…どうするの?」

「ゲーセンでも行ってみる?」

「わぁ!私、ゲーセンって行った事ない。篤はあるの?」

「んー、まぁたまに。行った事ないなら行ってみる?」

「うん、行ってみたい」

「じゃぁ決定だな」

そうニッコリと微笑むと、篤は紅茶をクイッと飲み干した。




*** *** ***




すごく楽しいかもしれない。

篤と一緒にUFOキャッチャーでぬいぐるみを取ったり、カーレースで競ってみたり。

色んなゲームをして、その度に盛り上がって。

こんなに笑ったの初めてかもしれない。くらいの勢いで私は篤と一緒になって笑っていた。

帰る頃には両手いっぱいにぬいぐるみを抱きしめ、上機嫌にそれを袋に詰めて篤に手を引かれて歩く。

「すっげぇ上機嫌だな、加奈子」

「えー、だってこんなに可愛いぬいぐるみが沢山取れたんだよ?篤、すごいね。こんなに取っちゃうなんて。才能あるんじゃない?」

「あははっ!才能って。そんなのコツだって。コツを掴めば加奈子だって簡単に取れるよ」

「ほんとにー?」

「あぁ、マジマジ」

「じゃぁ、次はそのコツ教えてよ?」

「いいよー。でも、授業料は高いからな」

「えー、お金取る気? 私が付き合ってあげるんだから、それで充分でしょ?」

「あらら、随分と強気に出たね?」

「そりゃぁ、ねぇ?」

意地悪く篤に対して笑って見せると、篤は、負けました、とでも言うように、おっしゃる通り。とおかしそうに笑う。

篤に手を引かれながら歩き、こうやって彼の横で笑ってるのも悪くないかもしれない。

そう篤の笑顔を見ながらそんな事を思う。

居心地がいい気がする。ずっと一緒にいたい気がする。

こういう気持ちが『好き』って気持ちなのかな。

掌から伝わる篤の温もりに、体全体が温かく優しい気持ちに包まれた。

私の家に着く少し手前で篤は急に歩を止める。

「篤?」

「加奈子、今日はサンキューな」

「え?」

「ほら、デートしてくれて。すっげぇ楽しかった」

「私も、すごく楽しかったよ?」

「今日で益々加奈子に惚れちまった、俺」

ニッ。と笑って見せる篤の笑顔に、きゅん。と自分の胸が高鳴る。

「あー…と、私は……」

「いいって、いいって。加奈子はゆっくりと俺を見てくれたらいいからさ。だけど、今日で少しは俺の彼女として居てやってもいいと思った?」

「んー? いてやってもいいかな、って思ったかも?」

「ぐははっ!!そっか、それ聞いてちょっと安心した。結構内心ビクビクもんだったからさ、加奈子に嫌われたらどうしよーとかって」

「あんなに、豪語してたくせに?俺の事を好きにさせてみせるとか何とかって」

「それはもちろん自信あるぞ?絶対加奈子は俺の事を好きなるって。だって俺がこんなにも加奈子の事を好きなんだぜ?」

好きになんなきゃおかしいっしょ?と、おどけて見せる篤に、胸がキュンキュンとなって痛いくらいに締め付けられる。

あぁ、ダメだ。やっぱり変。おかしいよ、私。

ぐっと胸元を握り締める私に、急に篤が真顔になって近づいてくる。

「なっ、何?」

「加奈子、帰る前にキスしていい?」

「なっ?!はっ?!!キ……えぇ??」

ちょっと待って。キスって何よ…何で近づいてくんの?私は…どうすればいいわけぇえ??

私はこの状況にどうしていいのか分からずに、挙動不審に視線を泳がせる。

「ほら、加奈子。目を瞑って」

「えっ、えっ、何で?」

「キスできないじゃん?それとも、加奈子は目を開けたままキスするわけ?」

「えっ…ちょっ……待っ……」

たじろぐ私の両肩を掴んで、篤の顔が徐々に自分に近づいてくる。

わっ!わっ!!どうすんの?どうすんの??どうするのよ、私?!

もう後僅かで何かが触れてしまうという距離で、条件反射のように自分の目が自然と閉じる。

ぎゅっと瞑った目と、頬に柔らかな感触が伝わったのが同時だった。

ゆっくりと篤の気配が顔から離れて行く。

多分すんごく真っ赤な顔をしてると思う。

私はその顔のまま篤を見上げると、そこには眩しいくらいの爽やかな笑顔があった。

「ほら、唇にすんのはまだ早いだろ?加奈子がちゃんと俺の事を好きになってくれてから本当のキスを貰うよ」

「あの、えと…」

「その真っ赤な顔もすんげぇ可愛いよ。……じゃな、また月曜に学校で」

篤はそうニッコリと笑い、手を振ってから私に背を向け帰って行った。

私は呆然とその姿を見送り、まだ篤の唇の感触が残る頬に手を添える。

なによ、ちょっと。 ドキドキしすぎて動けないじゃない。



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