ほんのり恋の味
それからの私は変わったと思う……いや、確実に変わった。
あれだけ渋ってた篤との食事。
1ヶ月経った今じゃもう、美佳子達と食べる回数より俄然篤と一緒に食べる方が多くなってるし、帰りだって最近じゃ美佳子達と一緒に帰る事すら少なくなってきている。
まぁ、美佳子にもつい最近彼氏が出来てあまり相手にしてもらえないって言うのもあるんだけど。
だけど正直私の中の大半を篤が占めているのが事実。
あれだけ友達優先!って言ってた自分だったのに、篤優先の方が増えてきちゃって後ろめたい気持ちにもなる。
美佳子曰く、『それが恋っていうものよ』だ、そうだ。
女の子は特に。
そうなのかなぁ…。少し寂しい気もするけれど、友達とは別の安心できる場所って感じでどうしても篤に気が行ってしまう。
それが好きって気持ちなら、私は多分篤の事が好き……なんだろうなぁ。
まだまだ確かな気持ちじゃないけれど?
「加奈子ー。昼飯一緒に食おうぜ」
「あ、うん。今、行くー。美佳子は今日は?」
「ん?もっちろん、ダーリンと一緒にご飯よ♪」
ダーリンですか…。
私はその言葉に苦笑を漏らしながら、じゃぁ行ってくるね。と手を振り、いつものように外で待つ篤の元へ駆け寄る。
「ほら、久し振りに愛しの『ハムレット』確保してやったぞ」
「わぁー。ありがとっ!最近、ゲッチューできなかったもんね。いつもごめんね、買いに行かせてるみたいで」
「なーに言ってんだよ。加奈子の為ならえんやこらさっさだって」
「なにそれー」
そう笑い合いながら、いつものように誰もいない屋上へ上がり、二人並んで腰を下ろす。
「いっただっきまーす♪」
「ホント、食いモン食う時って幸せそうな顔するよな」
「えー?だって幸せだもん。食べ物食べてる時が一番幸せ」
「んー?じゃぁ、俺といる時は何番目に幸せなわけ?」
意地悪い笑みを浮かべながら顔を覗きこんでくる篤に、ポっと頬が熱くなる。
「んー…2、…番目?」
「2番目かぁ…って、俺は食いモンの次かよ!」
「しょっ、昇格したんだから…嬉しく思ってよ」
5番目ぐらいから。
「ん?っつぅことは、ちょっとは俺に惚れ始めた?」
「……さぁ?」
私ははぐらかすようにパンの袋を開けると、ゴソゴソっと中身を押し出す。
「かーなーこ?」
「なによぉ」
「俺の事好き?」
好き…かもしれない。
「……ねー?」
「ねー?じゃ分かんねぇって。ちょっとは惚れてる?」
惚れてる…かもしれない。
「……かも?」
「ちゃんと言葉で言ってくんなきゃ分かんねぇじゃんー」
多分、私は篤の事が好き。
だけど、まだ恥ずかしいからそんな事は言ってあげない。
だから私は頬を赤く染めて言葉を濁す。
でも、きっと篤にはそんな私のキモチ、気づかれてる。 さっきから、ニーッ。と眩しいくらいの白い歯を覗かせてるし。
「もっ、もぉ!そんな話は後でいいでしょ?いっ、今は愛しのハムレットを味わいたいの!!」
「そっか。でも、その前に……俺を味わって?」
「……へ」
真っ赤になって篤を見上げたら、そんな言葉が聞こえて来て突然目の前に影が差す。
長い長い沈黙と制止。
呼吸ってどうやってするんだっけ?と考えてしまうくらいに私の時間は止まっていた。
篤はそれに、クスクス。と小さく笑いながら体を元の位置に戻すと、自分の分のパンの袋を開けてそれを頬張った。
「加奈子、早く食わないと愛しのハムレット、俺が食っちゃうよ?」
「え…あ、あぁ…うん」
私は真っ赤な頬のまま俯き、柔らかい温もりが残る唇で、パクっとパンを口に運ぶ。
「ウマイ?」
「ん…美味しい」
パイ生地のようなサクッとした食感のパンにハムが乗っていて、マヨネーズソースでコーティングされているそれ。
3つの絶妙なハーモニーと、
――――今日はもう一つ、ほんのり恋の味がした。
+ + 『ほんのり恋の味』 Fin + +
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