ほんのり恋の味
私は頭の中が真っ白なまま、篤に手を引かれて映画館に入る。
入り口で何か篤が言ってきたけど全然頭に入ってこなくて、空返事をして席に着く。
「加奈子、何か飲み物買ってこようか?」
「え?あ、うん。じゃぁ、ウーロン茶で」
「オッケー。ポップコーンも食べる?」
「あ、うんうん。食べるー!!」
「……何か、食いモンの時だけヤケに返事がよくねぇ?」
「気のせいじゃない?」
篤は苦笑を漏らしながら売店まで行くと、程なくして席に戻ってきた。
そりゃ、色気より食い気ですから?返事がいいのは当たり前でしょー。
篤が買ってきてくれたポップコーンを頬張りながら、上映までの時間をたわいない話で盛り上がる。
……結構篤と話すのも楽しいかも。
そう思いかけてた頃辺りが暗くなり、スクリーンが大きく開く。
「あ!始まる!!ね、そういえばどんな映画?」
「ホラー映画」
「へ? 嘘!? ちょっと聞いてない!そんな、無理だって!!私、ホラー苦手なのにぃ!!!」
「えぇ!入る前に確認したじゃん。恋愛もんかホラーしかやってねぇから、ホラーでいいか?って聞いたら、うん。って言ったじゃんか」
しまった……。あの空返事した時だ。
頭が真っ白でそんな事全然聞こえてなかったってぇ。
ヤバイって、マズイって…私、絶対泣くよ?絶叫するよ??どうすんのよーーーー!!
「どうする?止めとくか?」
「いや…勿体無いから見る…ケド…」
始まる前から手に汗握り、顔を強張らせていると心配そうな声で篤が私を覗き込んでくる。
「加奈子…まだ始まってないって。今からそんな緊張しててどうすんだよ」
「て……」
「え?」
「手…握ってもらってていい?何かに掴まってないと、私絶対失神するから」
「そりゃ願っても無い申し出だけど。ほら……って、うわっ!すげぇ手に汗かいてる!!」
「そりゃそうでしょー。怖いもん、絶対泣くよ?絶対絶叫するからね?」
「その時は俺が抱きしめてやるよ」
普通の場合なら突っ込む所だけど、今の私にはそんな事を耳に入れる余裕はない。
私はとりあえず、その時はよろしく!と、篤の手をぎゅっと握りしめた。
「ひゃぁぁっ!おっ、音がでかい!!」
「どわぁぁっ!!なななんでそこでそう出てくんのよ!!!」
「ぎゃぁぁっ!!!ダメダメダメ…あぁ、もぅ泣きそう」
大きな音が鳴る度に私の口から絶叫らしきものが出て、その度に横からクスクス。と笑い声が聞こえてくる。
人が泣きそうになってんのに、何笑ってんのよ!
「ちょっ、ちょっと…な、なに笑ってるのよー」
「いや…マジで怖いんだって思って。握ってる手、力入りすぎ」
「だってだって怖いでしょうが。 きゃぁっ!!あぁ、もうダメ…怖すぎて涙出てきたー」
「あははっ!これで怖いって言っててどうすんだよ。まだ中盤だぞ?」
「嘘ー。もぅ無理ー。絶対今晩夢に出る…怖すぎる〜」
「じゃぁ、こうしててやるよ」
「…へ?」
耳元で篤の声が聞こえたかと思ったら、繋いだ手を離してそのまま私の肩にまわすと、ぐいっと引き寄せられる。
引き寄せられたお陰で、私のおでこが篤の頬に当たり肩が胸元に納まる。
「こうしてたら少しはマシじゃない?」
少し顔の角度を変えて篤が耳元で囁くと、途端にそこからサワサワッとした震えが全身を駆け抜ける。
あまりにも近い距離。
今日は肩まで伸びた髪をアップしてるから、むき出しになった耳に篤の唇が触れた気がした。
マシかもしれないけど…マシじゃない!!
こんなの、映画どころじゃなくなっちゃうじゃない。
どーすんのよコレ。ドキドキ心臓が鳴っちゃって収集がつかないわよ。
「加奈子?」
「なっ、何?」
「怖くなくなった?」
「あー…うん?」
「微妙な答えー」
そんな事言われてもね、何か言う度に篤の唇が耳に触れて、その度に心臓が高鳴って…マトモに返事なんてできないっつぅの!!
やだやだ、もー。心臓が口から飛び出してきそう。
|