ほんのり恋の味
…ちっ、チクショー。ロクな食べ物残ってなかったよ。
あの男の子と立ち話をしたお陰でロクなモノが残ってなくて、仕方なくその中から数点のモノを買ってみんなの元へと戻った。
「お帰り、加奈子。今日はゲッチューできた?」
「寸前の所で取られたぁ…悔しい!!」
「加奈子、そんな思いっきり悔しそうな顔しないでよー」
お弁当の大半が無くなりつつある美佳子が苦笑を漏らしながらお茶を飲む。
…だってすんごい悔しいもん。私のハムレット…指先に触れたのに。
思い出すだけで、本当に悔しくなってくる。
絶対明日は取ってやるんだから!!
そう心に誓った時、教室のドア付近からふと自分に声が掛かる。
「あ、いたいた!おーい、和久井加奈子ー!!」
「んあ?」
ちょうど大きな口をあけてパンを頬張った所だったから、その恰好のままドアの方へ顔を向ける。
そこには先程の男の子がニッコリと笑いながら、こちらに手を振って駆け寄ってくる。
それを見た私の周りに座る女の子達は、美佳子をはじめお互いに驚いた様子で顔を見合わせた。
「ほら、これ。半分やるよ」
「え…ハムレット?半分って…くれるの?」
「あぁ、やるよ。さっき、すんげぇ悔しそうな顔してたからさ。なんだか何か申し訳なくて…。だから半分だけど、あげる」
「うわー、ほんとに?ありがとー!半分くれるなら全部欲しかったけどー」
「ぶはっ! それ、ヒトコト余計なんじゃない?」
「あははっ。聞こえた?」
「バッチシ聞こえたっつぅの。なぁ、和久井加奈子は明日もパン?」
「うん、パンだけど。どうして?」
「いや、別に。じゃぁ明日もコレ、狙うんだ」
「当ったり前!明日は半分じゃなくて、全部食べれるように頑張る!!…って言うか、人の事フルネームで呼ばないでくれる?」
「悪ぃ悪ぃ。じゃぁ、加奈子って呼んでいい?」
……いきなり呼び捨て?
私、こやつが誰だか全く知らないんですけどー。
「…別にいいけど…あなた、誰?」
「俺?俺は1年A組の斉藤 篤(さいとう あつし)。篤って呼んでくれて構わないから。と、言う訳で。じゃな、加奈子」
……どういう訳だ。
男の子改め、篤は軽く手を振ってからぽかんと口をあける私を残して教室を出て行った。
「ちょっ、ちょっとちょっと加奈子ー。どういう事?あんた、斉藤君といつ知り合ったのよー。しかも『加奈子』って呼び捨てじゃな〜い」
「ホントホント!びっくりー。でもでも、間近で見ると可愛いねぇ。人気があるのもわかるー」
篤が教室を出て行くのを確認してから、美佳子達は私の顔を覗きこみながら口々にそんな事を言ってくる。
「へ、さっきの?斉藤君って…美佳子達知ってるの?」
「知ってるも何も、結構有名じゃない。可愛いくって2.3年のお姉さま方から人気で、しょっちゅう校舎裏に呼び出されて告白受けてるらしいよ。1年の女の子も狙ってる子、多いって!その斉藤君と加奈子が知り合いだったなんて。驚きー」
「知り合いって…会話聞いてた?さっき知り合ったの。私の愛しのハムレットを横から奪ったヤツなのよ!!」
「ハートも一緒に奪われなかった?」
「は?」
何を奪われるですって?
「……な、訳ないかぁ。加奈子だもんねぇ。あんたさぁ、全然男に興味ナシ?」
「ナシ」
「相手があの、斉藤 篤でも?彼に付き合ってくれって言われたら?」
「今日会った相手にそんな事言う?それに大体ね、付き合うって何よ?そんなのって何が楽しいの?理解できな〜い」
「はぁ、もぅ。この子はぁ。結構モテてるクセに全然その気が出ないんだから、勿体無い。ま、でも加奈子も好きな子が出来たら変わるわよ」
好きな子ねぇ……。
根本的に『好き』って気持ちが理解できてないのに、『好きな子』が出来る訳がないじゃない。
そりゃ、私は人見知りしないタイプだから男の子と話すのだって楽しいけど…女の子達と話してる方が俄然楽しい。
それを差し置いてまで誰か一人の男の子と一緒に日々を過ごす方が楽しいだなんて。
今の私には理解できないなぁ。
「あぁ、愛しのハムレット…やっぱり美味しいわ♪」
私はいびつに千切られたパンをパクっと口に頬張り、至福のひと時に浸る。
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