ほんのり恋の味






キーンコーンカーンコーン♪

お昼を知らせるチャイムがシーンと静まり返った教室内に響き、今日の授業はここまで。その声を合図に途端に教室がざわめき始める。

「よ〜っし!今日は私の『ハムレット』奪いに行くわよ!!」

私は急いで教科書を机の中に片付けて財布を握り締めて勢いよく席を立つ。

「なぁに、加奈子。今日もお弁当ナシ?」

私の隣りの席に座る内村 美佳子(うちむら みかこ)が、カバンの中からゴソゴソとお弁当を出しながらそう言って笑う。

「そうなのよー。暫くお母さんが仕事で朝早いから、お弁当ナシなの。困っちゃう」

「だったら自分で作ればいいのに?」

「無理!私の作ったお弁当なんて、マズくて食べらんない」

「もぉ。そんな事言って。加奈子だって女の子なんだからお弁当くらい自分で頑張って作りなよ。彼氏出来た時に困っちゃうよ?」

「彼氏ー?あぁ、そんなのいらない、いらない。それにね、女の子だって得意分野と不得意分野があるのよ。料理は私にとって不得意なの」

「あっそ。じゃぁ、何が得意なわけ?」

「食べる事!あっ!!もー、こんな所で時間潰してたら私の『ハムレット』が誰かに奪われちゃう。じゃねっ、ちょっと行って来る。あ、先にみんなと食べ始めててもいいよ?」

「もぅ、加奈子は。そんなに細いクセに食欲だけは旺盛なんだから」

そう言って苦笑を漏らす美佳子に背を向け、私は校舎の外にある売店へ急ぐ。




私がここまで急ぐには理由がある。

私が通っている高校は公立で、私立のように学食とかそんな洒落たものがないから、小さな売店に売ってる食料を買わなくちゃいけないの。

小さな売店だから、早く行かないとすぐに人だかりが出来てしまう。

おまけにそういうのって早いもの勝ちだから、大抵人気のあるモノはすぐに誰かに取られちゃうのよね。

そう、私の大好きな『ハムレット』と言うパンもその人気のある内の一つ。

パイ生地のようなサクッとした食感のパンにハムが乗っていて、マヨネーズソースでコーティングされているそれ。

その3つの絶妙なハーモニーが堪らない!

いっつも寸前の所で誰かに取られてしまって、悔しい思いをしてるから、今日こそはって意気込んでるって訳。

息を弾ませながら売店に辿り着くと、もうそこには少しずつ人だかりが出来始めていた。

「うわっ!やばっ。早く行かなきゃ私のハムレットが…」

急いで駆け寄り、人垣の間から売店を覗き込む。

(あった!最後の一つだ…早く取らないと……)

私は人と人との間からぐっと手を伸ばし、求め続けていたモノに指先が触れ、やった!とニンマリと笑った瞬間、ひょいっとそれが指先から離れて宙に浮く。

「はれ?」

掴み損ねた私の口から、マヌケな声が漏れて口をあんぐりとあけながらそれを見つめる。

「おばさーん、俺コレとコレね。はい、お金。…あぁ、腹減ったぁ」

「はいはい、ありがとね」

私の頭上を通り過ぎ、『ハムレット』の袋は無残にも目の前で開けられて、勝ち取った生徒の口の中へと運ばれていく。

私の…私の……

「私のハムレット!!」

気付けば私はその愛しのパンを持つ腕を掴み、そう叫んでいた。

「ふぁ?」

掴まれた子も、早速パンの袋を開けてかじりついてたもんだから、くぐもった声を私に向ける。

「私が買おうと思ってたのにぃ…」

「ぁ…和久井 加奈子」

「…へ?」

…ワクイカナコって……何で私の名前を知ってるの?

160cmの自分よりもう少し背が高く、少し長めの綺麗なストレートな髪は若干色を入れてるのか陽に照らされてオレンジ色に輝いている。

顔は…んー。美佳子達の言葉を借りれば『可愛い顔』って言うのかしら?母性本能をくすぐる顔って言うの?

私にはそういった事全然分からないけど…多分、こういう顔がそういうんだと思う。

私はそんな見覚えが無いのに自分の名前を呼ぶ彼に首を傾げる。

「前にどこかで会ってたっけ?」

「あ、いや…えっと…私のハムレットって?」

目の前の彼はパンから口を離すと、言葉を濁して話を逸らす。

「あっ!そうだ。もぅ、そのパンずっと前から狙ってたの!!今日こそはって思って急いで売店に来て、指先が触れた所であなたが横から持ってちゃったのよー」

「ぶっ。そっか。それは、ごめん」

ぶっ。って…笑ったわね、今。

私は小さく笑う彼を少し睨みながら、ぷくっと頬を膨らます。

「ちょっと、笑う事はないでしょ?あなたは知らないかもしれないけど、そのパン結構人気なのよ?それを手に入れる為にこっちは毎日必死なんだから!!」

「ぶははっ。そうなんだ? ごめんごめん。あまりにも言い方が可愛かったからさ…毎日これを狙って買いに来てんの?」

「ん、まぁ。ここ最近なんだけど…暫くはお弁当がないから。はぁあ。仕方ない明日頑張るわ…あぁ!それよりも今日のご飯!!」

こんな所で話をしてる場合じゃないのよ。

私はくるっと体を翻し、男の子に背を向けると必死で人垣を掻き分けて売店の争奪戦に参戦した。




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