*Obedient You




  3  




なっ、なんで心臓がドキドキしてるのよ。

私は洗面所の前に立ち、意味も無く手を洗ってみたりする。

なに・・・あの熱い眼差し。どうしてあんな目で私を見たりするの?

不覚にも、その眼差しにドキン。としてしまった自分を悔やむ。

もぉ、どうしたのよ恵子。あんな眼差しにやられちゃってどうするの?あれは彼の手なのよ・・・そう、女の子を陥れるための甘い罠なんだから。

でもなぁ、ちょぉっとタイプだったりするのよねぇ。柊 直人・・・って、ダメダメ!あんな遊び人に引っかかっちゃ!!

ふるふるっ。と、今浮かび上がった言葉を取り払うように首を振り、ポケットからハンカチを出して手を拭きながらトイレから出ると、私の目が驚きで見開かれる。

「あれ、柊君・・・どうしたの、こんなところで?」

今、彼の事を考えてただけに少しパニックになりそうな頭を何とか沈めながら、目の前に立つ彼に視線を向けると更なる動揺が彼の次の言葉によって私を襲う。

「・・・ねぇ桂木さん、付き合ってる奴いなかったら俺と付き合わない?」

・・・・・え。今、何て?

確かに聞こえたわよね、『俺と付き合わない?』って。

突然の彼からの言葉に、落ち着かせようとした頭が更に渦を巻く。

「・・・・・何で急に。」

ようやく搾り出せた言葉。それを受けて彼が少し微笑む。

「俺さ、君に一目惚れしたみたいなんだよね・・・っつうか、一目惚れしたんだ。だから、俺と付き合ってほしい。」

突然過ぎてそれ以上の言葉が出てこない。

だって・・・だって、急すぎるでしょ?

私は柊君と今朝初めて言葉を交わしたばかりなのよ?それなのに・・・。

――――・・一目惚れ?この私に?・・・・・どうして?

疑問符ばかりが頭に浮かび、それでもその奥底で少しぐらついている自分がいたりする。

そりゃっ、いい男だしそれが自分の好みだったりしたらさ・・・だけど、待って。彼はプレイボーイよ?

落ち着くのよ、恵子。冷静になって。

暫く頭の中で葛藤をしていると、痺れを切らしたのか柊君が小さく、あの・・・さ。と声をかけてくる。

「あの、ごめん。あまりにも突然だったから・・・でも、ごめん。あなたとは付き合えないわ。」

そうよ・・・これでいいのよ。

こういう事ははっきりと断らなくちゃよね?やっぱり遊び人の彼とは付き合えないもの。

私が彼に向かって、そうはっきりと言うと彼は見るからに落ち込んだ表情を見せる。

あら・・・こうやって誘いを断ったのって私が初めてだったのかしら?

だけど、そんな表情を見せてもダメよ。私はその手には乗らないんだから。

「え・・・何で俺とは付き合えないわけ?」

「・・・・・色々噂を聞くから。とっかえひっかえだとか、遊び人だとか・・・・・私は遊ばれるのはごめんだわ。だからあなたとは付き合えない。」

「ちょっと待てよ。それってただの噂だろ?俺は遊びで女の子と付き合った事は1度もない。周りにいる子とだって学校でしか話してないんだぞ。俺の事信じてよ。」

「信じてよって言われても、私はあなたの事何も分からないもの。信じようがないじゃない?付き合って遊ばれて捨てられるのは嫌。」

「だから、遊んだ事は一度もねぇって。俺の事何も分からないんだろ?じゃぁこれから知っていってくれたらいいじゃん。俺は本気で君に惚れたんだ。本気で付き合いたいって思ってる。」

「そんな事言われても困る。ごめん・・・私、行くね。」

私は柊君の脇をすり抜けて、美菜の待つ図書室へと走った。

あの真剣な眼差し・・・・・本気なの?

ううん、そんなハズないよね。だって、彼は・・・・・。

図書室の入り口付近ですれ違った長瀬 修吾。

一瞬視線が合った気がしたけど、私の方からそれを逸らして美菜の元へと駆け寄った。

きっと、私。今顔が真っ赤だ。




「えぇ!嘘ぉ・・・柊君に?」

駅前のカフェに着いて早々、先程の出来事を美菜に話す。

目の前に座る美菜は、スプーンで掬ったソフトクリームが再び器に落ちるのも構わずに身を乗り出してくる。

「んー。告白された。」

「嘘、嘘!すごーい、恵子。わぁー、美男美女カップルだねぇ。」

「・・・・・って、付き合わないし。」

「えっ?!付き合わないの?どうして?」

「どうしてって・・・だってプレイボーイだもん。」

苺をスプーンで掬って、口に運びながらボソッ。と呟くと、美菜が残念そうにソフトクリームを口へ運ぶ。

「でも、柊君は遊んだ事ないって言ってるんでしょ?だったら本当にそうなんじゃないかなぁ。」

「もぅ、美菜は人を信用しすぎるの!どう見たって遊んでるわよ、アイツ。だって彼女に昨日振られたらしいのに、私に告白してきたんだよ?普通なら考えられないって。」

「一目惚れしたって言ったんでしょ?だったらそういう事があってもおかしくないんじゃないかなぁ。だって、私だって柊君の気持ち分かるもん。恵子に一目惚れしたって言うの。恵子見たら誰だって好きになっちゃうってぇ。」

「あんたね・・・そういう問題でもないでしょ?」

「じゃぁ、どういう問題?」

そう可愛らしく、きょとん。と首を傾げられて、言葉に詰まる。

どういう問題って・・・・・どういう問題?

「あーもー。とりあえず、断ったんだからこの話はナシ!!」

「えぇぇぇ!恵子、もったいな〜い。」

「もったいないって、私が弄ばれて捨てられてもいいっての?」

「そりゃっ、ダメだけど・・・噂は噂でしょぉ?柊君の言葉を信じてみてもいいんじゃないかなぁって。」

信じる・・・ねぇ。

私は一つため息を漏らすと、器の底にたまったイチゴソースをスプーンで掬った。




←back top next→