*あなたの温もり




「ったく。なんでお前はコンパになんて行くんだよ。」

久しぶりに入ったユキちゃんの部屋。

懐かしさにふける事無く、私はユキちゃんの言葉に俯く。

「・・・だって。」

「男慣れしてねぇお前がコンパに行くから、こんな事になんだろうが。」

ユキちゃんは、はぁ。と大きくため息をついてベッドに腰を下ろして続ける。

「とりあえず、そのパンダみてえな目のまわり落とせよ。落とすやつも買ったんだろ?・・・出せ。」

私がカバンからマスカラ用のクレンジングを取り出してユキちゃんに手渡すと、ユキちゃんは近くにあったティッシュを引き抜きクレンジングをティッシュに押し出す。

パンダみたいって、泣いちゃったからきっと真っ黒なんだろうな・・・目の周り。

綺麗とは程遠くなってしまった自分の顔が恥ずかしくて俯いていると、座れ。とユキちゃんの低い声が耳に届く。

「あの・・・自分で取るよ?」

「いいから座れって言ってんだろ。」

「・・・・・。」

有無を言わさぬその威圧感に、私は無言のままユキちゃんの横に腰を下ろす。

「目を瞑れ・・・ったく、なんであんなヤローについて行った?」

ユキちゃんは言葉とは反対に、優しく私のマスカラを落とし始める。

――――ユキちゃんの笑った顔に似てたから・・・。

その言葉をぐっと呑み込み、小さく蚊の鳴くような声で呟く。

「・・・いい人かなって・・・思って。」

「お前、男見る目ねぇんじゃねぇの?」

「だって・・・。」

「おまけにこんな化粧までしやがって。似合ってるとでも思ってんのかよ。」

「だって・・・。」

「だって?その先はなんだよ。さっきから『だってだって』ばっかりじゃねぇか。言いたい事があるならはっきり言えよ。」

「だって・・・ユキちゃんの彼女みたいに・・・綺麗になりたかったんだもん。コンパに行ったのだって、ユキちゃん・・・ユキちゃんを諦められるかもしれないって・・・。そう思って。川村君を少しいいなって思ったのもユキちゃんの笑った顔に似てたから・・・だから私。」

「葵・・・お前俺の事好きなのか?」

ユキちゃんの手が止まり、声が少し驚いたような口調に変わる。

両目を閉じてしまってるから表情までは分からないけど・・・でも、もう私の言葉は止まらなかった。

堰を切ったように溢れ出す自分の中のユキちゃんへの気持ち。

「わかってる・・・わかってるよ?私がいくらユキちゃんの事を好きでも振り向いてもらえないって・・・でも、どうしても好きなんだもん。気付いたらユキちゃんの事好きになってたんだもん・・・。」

私の目からユキちゃんへの気持ちと共に溢れ出す涙。

彼からの返事は無く、ただ沈黙だけが部屋を支配する。

私はその沈黙に耐え切れずに、涙を拭い去ると目を開けて無理矢理笑顔を作った。

「ごっごめんなさい・・・変な事言って。ユキちゃんには竹下先輩みたいに綺麗な女の人が似合ってるもんね・・・ごめんね。あの・・・忘れて?私もユキちゃんに迷惑かけないように他の人好きになるから。だから・・・。」

「他のヤツを好きになったら許さねぇ。」

「・・・・・え?」






・・・・・この状況はどういう事?

私は暫く状況をつかめないでいた。

目の前にはユキちゃんの顔・・重なる唇。

って事は・・・・・私、ユキちゃんにキスされてる?

「他のヤツなんて好きになるな。俺だけ見てろ。」

ユキちゃんはゆっくりと唇を離すと、そう囁く。

そう言われても、すぐには私の脳は反応できない。

「でも・・・ユキちゃんには竹下先輩が。」

ユキちゃんはその言葉を聞くと、ポケットから携帯を取り出して徐にボタンを押すと、携帯を耳にあてる。

「・・・竹下?俺、あぁ。もうお前とは終わりだから・・・え?なんでって、俺の本気が手に入ったからお前とは遊んでやれない。付き合う時に言ったよな?俺は本気で付き合わねぇって。泣いても無駄だから・・・そう。あぁ、そういう事。じゃぁな。」

ピッ。と、素気無く携帯を切るとパタンとたたむ。

「これでいいだろ?」

「え・・・ユキちゃんの本気って?」

「お前の事に決まってんだろ。鈍い女。」

「えっえっ?!なんで、どうして私?綺麗くないよ??」

思ってもみなかった展開に、私の脳がついていかない。

「気付いてねぇだけだ、自分の魅力に。俺はずっとお前の事が好きだったよ。だけど、お前は俺の事兄貴のようにしか思ってねぇって思ってたから。ずっと諦めてたんだよ。」

「でもでも、ずっと冷たかったし・・・。」

「そりゃお前。どんどん綺麗になっていくしよ、俺の方が歯止めが利きそうになくなってきたから無理矢理素っ気無くしてたんだよ。ったく、俺が好きなら好きってもっと早く言えよ。」

もっと早く言えって・・・そんな言える状況じゃなかったもん!!

「いっいつから・・・いつから好きでいてくれたの?」

「はぁ?いつからって・・・俺が中坊ん頃。」

ユキちゃんが中学だったら・・・私は小学生?

そっそんな前から?

びっくりだ。そんな前から私の事を好きでいてくれたなんて・・・。

「ユキちゃんだって・・・もっと早く言ってくれればいいのに。私、すっごく悩んだんだよ?ユキちゃんに嫌われちゃったんじゃないかとか・・・。いっぱいいっぱい綺麗な彼女作っちゃうし。それに、川村君と・・・。」

「川村となんだよ。」

ユキちゃんの視線が鋭いものに変わり、私の視線を貫く。

「私のファースト・キス・・・。」

「はぁ?!おまっ・・・川村とキスしたのか?」

「だって・・・。」

ユキちゃんを諦めようと思ったんだもん。

小さく身を縮めて俯くと、大きなユキちゃんのため息交じりの言葉が耳に届く。

「バリむかつく。」

「そんな、だって・・・ユキちゃんが私の事を好きだなんて知らなかったんだもん。川村君ならユキちゃんを忘れさせてくれるかなって・・・諦められるかなって思って。」

「だからって好きにもなってねぇヤローとキスなんかしてんじゃねぇよっ!!」

「ごめんなさい・・・でも、ずっとずっと悩んでたんだよ?」

「俺だって悩んでたっつうの。お前と顔を会わす度どんどん惹かれて行くのに、お前は俺の事を昔と変わらず屈託の無い笑顔で『ユキちゃん』って呼ぶし。触れたら間違いなく襲いそうで怖かったしよ。付き合ったのだってお前を諦める為に仕方なく付き合ってたんだからな。俺の童貞返せ。」

「なっ?!なななんでっ!!そんなの私のせいじゃないもん!!」

「い〜や、お前のせいだ。しかも俺の知らねぇ所で他の男に色香なんて使いやがって。川村のヤロー、絶対許さねぇ。お前もだ、葵・・・これから覚悟しとけよな。たっぷり味あわせてもらうから。」

久しぶりに見るユキちゃんの笑顔は優しいモノではなく、どこか意地悪の入った笑み。

その笑みに自然と自分の顔が歪む。

・・・・・味わうって。

「やっやだやだ。私の知ってるユキちゃんはもっと優しいお兄ちゃんだもん。」

「今だって優しいお兄ちゃんに変わりはねぇだろ?今日だって助けてやったし?感謝こそされても咎められるいわれはねぇ。」

「けど・・・はんっ!!」

私の反論は彼の唇によって遮られてしまった。

意地悪な笑みとは反対に優しいユキちゃんからのキス。

次第に私の体から力が抜けていった。






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