*あなたの温もり 私は川村君に手を繋がれて、夜の街を歩く。 こんな夜に出歩いた事なんてないし、男の子と手を繋いで歩くのもユキちゃん以外とはした事がない。 だからすごく緊張しちゃって、心臓がバクバクと高鳴る。 みんなとの別れ際、沙智がコッソリと『頑張ってね。』なんて耳打ちしてきたけど・・・何を頑張ればいいの? 私が俯き加減で歩いていると、くぃっと繋がれた手を引っ張られる。 「えっ・・ひゃっ!!」 「クスクス。葵ちゃんて男と付き合った事ない?」 引っ張られた反動で体が川村君に当たり、そのまま肩を抱かれる。 「うっうん。」 「だろうなぁ。そういう初々しいとこがまた可愛い。こ〜んなに可愛いのに、誰にも告られなかった?」 「そっそんな。可愛くなんてないよ・・・誰も私なんて相手にしないもん。」 「そうかなぁ?少なくとも今日のメンツはみんな葵ちゃんの事気に入ってたぜ?ま、俺がいただいちゃったから誰も口にしないけど。」 「いっいただく?」 「ん?クスクス。ま、こっちの話。さぁてどこ行こうかな。」 川村君は意味ありげな笑みを浮かべながらそんな事を呟く。 その笑みに首を傾げながら、川村君の歩くままに歩を進める。 「ん〜と、葵ちゃん?」 人気の少ない細い道を歩く途中で、足を止めると川村君が私の顔を覗きこんでくる。 「えっ・・なっ何?」 川村君の顔があまりにも近くて、思わず自分の顔を引く。 「ね、キスしていい?」 「あ、はい?」 突然の言葉に理解できず、思いっきり首を傾ける。 「俺さ、葵ちゃんの事結構本気で好きになっちゃったみたいなんだよね。だから葵ちゃんが嫌じゃなきゃキスしてもいいかな?」 「あの〜・・・その。」 嫌か?と言われたら嫌ではないんだけど・・・でも、そんな会ってすぐにそういう事をしちゃってもいいものなの? それに、私はまだユキちゃんの事が好きなわけだし・・・。 『――――他の男の子に目を向けたら?』 今朝の沙智の言葉が不意に脳裏を過ぎる。 川村君だったら、ユキちゃんの事忘れさせてくれるかな? 話したかぎりでは悪い人でもなさそうだし・・・。 一緒に話してて楽しいし。私も川村君の事好きになれる・・・かな。 私は暫く考えてから、コクン。と頷く。 川村君は安心したような笑みを浮かべてから、肩にまわした手を引き寄せると、そっと私の唇に自分の唇を重ねてきた。 柔らかい感触が唇を伝う。 ・・・・・ファースト・キス。 ユキちゃんじゃない人と・・・。そう思うと、心の隅がズキンと痛んだ気がした。 「じゃぁ、行こうか。」 唇を離して、川村君は微笑むとゆっくりと私の肩を抱いて歩き出す。 ふと、目の前に映ったもの。 「え・・・行くって?」 「ん?そりゃ、葵ちゃんも俺の事気に入ってくれたんだろ?じゃぁ行くとこって言ったらここっきゃないよね?」 「こっここって・・・。」 「愛を育む場所。」 愛を育むって・・・ラブホテル?! うっ嘘!!どうして・・・なんで? 「えっえっ・・・そんな急に・・・。」 「急にって、時間なんて問題じゃないじゃん。お互いが好きあってるなら別にいいんじゃねぇ?葵ちゃんだって俺の事好きなんだろ?」 「やっ・・・まだ好きだとは。」 「え〜。さっきキスしたじゃんか。いいだろ?ここに入ればもっと俺の事を好きになるって。」 「え、でも・・・ダメだよ。」 「いいっていいって。」 「ごっごめんなさい。やっぱり私・・・帰る。」 「何を今更。」 川村君から離れようとすると、ぐいっ。とまわされた腕に力が入る。 途端に言いようの無い恐怖が体を駆け巡った。 こっ怖いよ・・・誰か・・・誰か助けて・・・キ・・ユキちゃん!! 「ユキちゃん・・助けて。」 無意識に私の口から漏れたユキちゃんの名前。 その名前を聞いて、俄かに川村君の眉間にシワが寄る。 「ユキちゃん?誰それ。こんなところに誰も助けになんて来てくれないって。ほら、行くよ。」 「嫌っ!はっ離して!!」 「だ〜から、無駄だって言ってんだろ?葵ちゃんは処女だからやさし〜くしてあげるから。ね?」 「やだやだっ!!ユキちゃん、ユキちゃん!!!」 ユキちゃん、怖いよ・・・ユキちゃん・・・助けて。 「・・・っるせぇな。何回も人の名前を呼ぶんじゃねぇよ。」 突然背後から聞きなれた声が耳に届く。 「・・・ゆっユキちゃん?!」 「ユキちゃん?」 川村君が眉間にシワを寄せて振り向いたと同時に、鈍い音がして川村君が地面に崩れる。 「・・・・・っ!なにすんだよ、てめぇ!!」 「何って殴ったんだけど?お前、K高の川村だよな。そのカッコいい顔に傷を増やされたくなかったら、とっとと消えろ。」 「お前・・・相田?っち。分かったよ、今日のところは消えてやるよ。けど今度は邪魔すんなよ。」 「こいつ以外なら邪魔はしねぇよ。」 「なんだよ、お前の女か?」 「んなわけねぇだろ。ただの幼馴染だよ。」 ――――『ただの幼馴染』 その言葉が大きく私の上にのしかかる。 ・・・だよね。そうだよね、ユキちゃんにとって私はただの幼馴染なんだよね。 私は暗い気持ちと震える体を抑えながら、川村君が立ち去るのを黙って見ていた。 川村君の気配が消えると、ユキちゃんは軽くため息をついてから視線を私に向けると低く呟く。 「ったく、お前は何やってんだよ。」 「ごっごめんなさい。」 「ほいほいあんな男についてきてんじゃねぇよ。」 「すっすいません。」 私はただただ、俯いてユキちゃんの言葉に対して謝る。 「・・・竹下。今日はヤメ、お前一人で帰れ。」 「ごめんなさ・・・え?」 ユキちゃんから発せられた名前に、ここにきて初めてユキちゃんが彼女を連れていた事を知る。 竹下先輩もユキちゃんの突然の言葉に驚いた様子で彼を見る。 「え、だって相田先輩。」 「帰れっつってんだろ。その気が失せた。」 ユキちゃんは冷たく言い放つと、竹下先輩を見る事なく私に近づいてくる。 竹下先輩は言いようのない表情を浮かべながら、私を睨みつけると踵を返して走り去って行った。 うわっ。思いっきり睨まれた・・・って私のせいだよね。 しゅん。と肩を落として俯いていると、ペチッ。と音を立てて頬に微かな痛みが走る。 「バカか、お前は。」 「・・・・・ごめん・・・なさい。」 「・・・んだよ、その顔。似合わねぇ化粧なんてしてんじゃねぇよ。」 「だって・・・だって・・・。」 少しでもユキちゃんの彼女みたいに綺麗になりたかったんだもん。 その言葉は私の口から発せられる事無く、涙にかき消された。 ユキちゃんは私の手を取ると、帰るぞ。とだけ呟いて歩き出す。 久しぶりに感じるユキちゃんの温もり。 私はその温もりだけを感じ、ユキちゃんの後を歩く。 |