*恋は突然に…




私達はレストランの奥にある個室に案内された。

部屋に入った途端、目に映りこんだもの――――。

「わぁっ・・・・・きれい・・・。」

思わず口からため息まじりに声が漏れる。

大きなガラス窓に広がる一面の夜景。

まるで宝石をちりばめたように、真っ暗な中に街のネオンが遠くの方まで光り輝く。

夜景が私の真正面にくるように引かれた椅子に腰を下ろすと、秀も続いて席に着く。

「本日はお連れ様の大切な日だとお聞き致しましたので、こちらの個室の方をご用意させて いただきました。お料理の方もトマトが苦手とお聞きしておりますので、そちらを除いたもので 特別にご用意いたしておりますがよろしかったでしょうか?」

「はい、結構です。宜しくお願い致します。」

「では、只今よりご用意させていただきますので少々お待ちくださいませ。」

そう言うと、ゆっくり頭を下げてから部屋を出て行く。

ドアが閉まるまで待つと、堰を切ったように私は秀に問いかける。

「秀・・・どういう事?今日は雑誌社からもらった食事券で来たんじゃないの?大切な日って何よ? しかもっこんな個室でなんて!!」

「クスクス。驚いた?」

「驚いたってもんじゃないわよっ!何が何だかさっぱり分かんない。頭混乱しちゃってる。」

「今日は智香さんの26回目の誕生日だろ?忘れてた?」

秀は肘掛に肘を付いて、手の甲に顎を乗せながらおかしそうに笑う。

あ・・・・・忘れてた。

高級ホテルに来れるってだけで有頂天になってて、すっかりこんこん忘れちゃってたわよ。

そう言えば今日は私の誕生日だったんだ・・・だから?

「だからって、何もこんな高級な所にしてくれなくても・・・それに何で雑誌社から食事券をもらった なんて嘘を付くのよ。」

「まぁ、嘘を付いたのは悪かったよ。だけど本当の事を言ったら、絶対智香さん来てくんないだろ? そんな贅沢しなくていい。とか言ってさ。」

「うっ・・・・・まぁ。」

「だから来てもらえるように、雑誌社からもらったって言ったんだ。実際本当にもらったんだよ? まぁ、食事券じゃなくて何かの優待券だったけどね。」

「それにしてもこんな・・・・・。」

「してあげたかったんだ、俺が・・・・・たまには俺にカッコつけさせてよ。」

これじゃあカッコつけすぎでしょ?とため息まじりに呟くと、そう?と嬉しそうに秀が呟く。

こんな事を特別にしてくれなくても、私は一緒にいられるだけで充分幸せなのに・・・・・。

「まったく、あなたって人は・・・。」

そう呟く私だけど、顔から笑みがこぼれてきてどうしようもなかった。

だって忘れられてると思ってたから。

・・・・・・だから余計に嬉しさが募る。



***** ***** ***** ***** *****




私達の食べる速度に合わせて運ばれてくる料理はどれもこれも本当に美味しいものばかりだった。

私好みの味・・・・・私は舌鼓を打ちながら、料理の味を堪能する。

作法?マナー?・・・その辺はあまり詳しく突っ込まないでね。個室という事で大目に見て。

「ねぇ、智香さん。美味しい?」

「うん、もうすっごく美味しい!だってどれもこれも私の好きな味なんだもん。嫌いなトマトも 入ってないし。ワインだって料理の味にすっごく合ってるし。お肉なんて口の中でとろけちゃうし ・・・魚も白身でクセがないし。ほんと、何て言ったらいいのか言葉が見つからないくらい。」

「よかった。きっとこういう味だったら智香さん好きだろうなぁって思って頼んでおいたんだ。」

ワインを一口飲みながら秀が満足したように目を細める。

「え・・・頼んでおいたって・・コレってメニューにある料理じゃないの?」

「違うよ。さっきも支配人が言ってたろ?今日は大切な日だから何もかもが特別なの。この料理も 智香さんの為に作ってもらったんだって。」

「うっ嘘ぉ。何よ何よもぉっ・・・どうしちゃったの?・・・どうして・・どうしてそこまで 私なんかの為にしてくれるのよ。」

「俺にとって大切な女性だからに決まってるだろ?他に何がある?」

クスクス。っと目を細めてさっきまで笑っていた秀が急に真面目な顔をする。

「・・・・・秀。」

途端に私の頬が赤く染まる。困るのよ・・・突然見せるこの子のこういう真剣な眼差し。

こうやって真っ直ぐな目で見つめられると心臓が高鳴って何も言えなくなってしまうんだもん。

「ま、お楽しみはコレだけじゃないんだけどね。」

「・・・・・・まだ何か出てくるの?」

「クスクス。それはこれからのお楽しみ。」

さっきまでの真剣な眼差しから一転して無邪気に笑ってみせる。

このギャップがまた胸にキュン。と来るところなんだけど・・・それは敢えて言わない事にする。

だって悔しいじゃない・・・大人の頼れる男からかわいい年下の男まで成し遂げちゃうこの子がさ。

「何よ・・・教えてよ。」

「ん?だからお楽しみだって言ってるじゃん。あっ、そうそう智香さん明日会社休んでよね。」

「えぇぇぇ!!また急にそんな無茶な事を言うぅ。」

「いいじゃん。俺も明日休み取ったんだしさ・・・2週間ぶりだぜ?会うの。今日だけじゃ俺の 体が納まらないもん。」

――――・・・・・こういう所は若いわよね。

「おっ納まるとか納まんないとか・・・何を訳わかんない事言っちゃってるのよ!!」

訳分かんない筈がないよね。だって、私だって秀と同じ気持ちだから・・・。

・・・・・私だって、抱きしめてほしいし・・・離れたくなんてない。

わざと分からないフリをする私に対して意地悪く笑うとそっと目線を合わせて呟いてくる。

「――――・・今夜は離さないからね。」

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