*君の あなたの 微笑に




次の日、朝のチャイムが鳴って暫くしてから先生が教室へとやってきた。

先生の顔を見た途端、昨日のメールを思い出して一人頬が赤くなる。

『恭一』――――メールの最後に書かれた名前。

私と先生との秘密が出来たみたいで、何だかくすぐったい気分になった。

「おはよう。みんな、揃ってるかな・・・じゃぁ、出席をとります。赤井君・・――――」

先生が生徒の名前を読み上げる間も、ずっと彼の顔に釘付けになっていた。

銀縁の眼鏡の奥から送られる優しい眼差し。

ゆっくりと穏やかに発せられる声。

私は、うっとりとその声に酔いしれ瞳を閉じる。

「――――・・山さん・・狭山さん?」

「・・あっ、はっはい!」

「クスクス。朝から、ぼぅっ。としちゃって寝不足かな?」

「あ、いえ・・・すいません。」

まさか、先生の声に酔いしれてました。なんて言える訳がない。

私は真っ赤になって俯き、視線だけを先生に向ける。

先生は私と視線が合うと、ニコッ。と微笑みを返してくれた。

もぅその笑顔だけで充分幸せになりました。

今日一日幸せな気分で過ごせそうな予感を感じながら、先生が諸連絡を伝えて出て行くまでを見送る。

「ちぃ〜。朝っぱらから惚けちゃって。何かいい事でもありましたか?」

先生が出て行くのを確認してから、優実が後ろを振り向きニヤリと笑みを浮かべる。

「え?私、惚けてる?」

「何よ、とぼけちゃって。先生と朝からアイコンタクトなんか送りあっちゃって・・・何かあったでしょ!」

「あっアイコンタクトって・・・別にそんなんじゃないよ。それに何かって・・・。」

私は暫く考えてから、先生から昨日メルアドを聞かれた事と画像と共にメールが送られてきた事、その後もう一回送りあった事を優実に打ち明けた。

「――――・・うっそぉ。すごい進歩じゃない!おぅおぅ。何か盛り上がってきたわね。その調子その調子♪そこから切り開いていくのよ、ちぃっ!!」

「・・・・・優実・・・本当に面白がってない?」

「これのどこが面白がってるっていうのよ。」

いや・・・その顔が。

楽しそうに目尻を下げながら、意味ありげな笑いを浮かべる優実を見て私は軽い頭痛を感じ、目を閉じた。



今日は英語の授業が無い日だから、退屈な一日だった。

先生と会えたのは朝のSHRだけ。

「あぁ〜あ。つまんな〜い。」

今日一日の授業を終え、優実と共に通っている塾も終えると私の口からそんな言葉が漏れる。

「クスクス。愛しのダ〜リンと会えたのは朝だけだったもんねぇ。ちぃ、かわいそぉ〜。」

「・・・・・絶対面白がってる。」

「そんな事ないってばさ。」

「顔が変にニヤけてるってばさ。」

塾の帰り道、電車に乗って帰る優実と途中まで道が一緒なので、肩を並べて歩く。

いつものコンビニまでそんなやり取りを繰り返しながら辿り着くと、いつものようにお弁当を買って店を出る。

「ちぃっていつも一人でご飯食べてるんでしょ?寂しくない?」

「ん〜・・でも、小学校からだからもう慣れっこかな。結構一人の時間って楽しく過ごせるよ?」

「そうなんだ。私と家が近かったら一緒にご飯食べれるのにね。」

「クスクス。ほんとだね。あ、もう駅着いちゃった・・・じゃぁ優実、明日ね。」

「うん、また明日。あ、明日は英語の授業があるからウキウキだねっ!」

「優実ぃ〜。」

「クスクス。んじゃね。」

優実は意地悪い笑みを浮かべながら私に手を振ると、駅の改札口を通って行った。

まったく・・・絶対面白がってるって。

一つため息を付くと、コンビニの袋をぶら下げてトボトボと帰り道を歩く。

先生と初めて出会った公園の前に差し掛かると、カバンの中からメールの着信音が鳴る。

「お?誰だろ・・・。」

私は、ポツリ。と呟き、カバンの中から携帯を取り出すとメールの差出人を見て、慌てて開く。


           5/16 20:05
          =ロングメール=
           恭一先生
           kyou-sa_0825@x.xxxxx.ne.jp
           [件名] 
           [本文] もしかして今公園の前歩いてる?


へ?・・・へ?!・・・えっ??

私は、ドキンッ。と胸を高鳴らせ、携帯を開いたまま辺りを見回す。

「・・・・・せ・・んせい?」

自分より少し後ろの方から歩いてくる男性の顔を確認すると、更に鼓動が早くなる。

「やっぱり狭山さんだったんだ。駅を過ぎた辺りからずっと後ろを歩いててね、何か似てるなぁって思ったからメールしてみた。何かの帰り?」

私の前まで辿り着くと、優しく微笑み私の視線に合わせてくる。

「えっと・・・塾の帰りなんです。」

「そっかぁ。受験生だもんね・・・でもこんな時間に一人で歩いてたら危なくない?」

「う〜ん、今まではそういう危ない目にあった事はないですよ?それに一応防犯ブザー持ってますし。大丈夫かな?」

「ん・・・大丈夫とは言い切れないけど。気をつけなきゃダメだよ?」

「あ、はい。」

私たちはどちらからとも無く、肩を並べて歩き出す。

なんか・・・夢みたい。先生とこうして話をしながら帰れるなんて。

私はウキウキしながら先生との会話を楽しんでいた。

「狭山さん、もしかして手に持ってるのコンビニのお弁当?」

「え?あ、はい。うちは両親が共働きなので、帰りが遅いからいつも塾がある日はコンビニのお弁当なんです。」

「そっか。自分では作らないの?」

「・・・・・ぅ。」

私、料理が全くできないんです。――――そんな恥ずかしい事、言える訳がない。

あははははぁ〜。と空笑いで誤魔化すと、話題を変える事にした。

「・・・先生はこの近くのマンションって言ってましたよね?」

「話題を変えたな・・・まぁいっか。うん、そうだよ。狭山さんもこの近くなんだよね?何だか俺たち偶然が多いよね。」

「クスクス。ほんとだ。」

子猫から始まり、偶然の学校での再会、携帯が同じ、住む所も近くておまけに今日の帰りに偶然出会えるなんて・・・凄い偶然の重なり。

これ以上偶然が重なったら、本当に凄いことが起こりそう。

そんな事を思っていると、自分のマンションの前に辿り着く。

「あ、私ここのマンションなんです。」

「え・・・俺もここのマンション・・・。」

「・・・はぃっ?」

――――・・・嘘でしょ?




←back  top  next→