*君の あなたの 微笑に




「あ、あの。先生?」

「ん〜?・・・狭山さんどうしたの?」

書き物をしていた先生が、顔を上げてから微笑みかけてくる。

あぁ・・・やっぱり好きだな。この笑顔。

「えっと猫ちゃん・・・なんて名前にしたんですか?」

「それがね、まだ決めてないんだよね。「タマ」でもないし「ミケ」って言う感じでもないからね。悩みどころ。」

「クスクス。先生、それって単純すぎる。」

「え〜、そうかなぁ。猫って言えばそういう名前でしょ?」

「もっと可愛い名前にすればいいのに。例えば「クロ」とか「ミミ」とか。」

顎に人差し指を当てながら呟く私に、先生はおかしそうに口元に手を当てて笑う。

なに・・・何か私変な事言った?

「俺の言った事とあまり変わらない気がするけど?」

「うっ・・・。あ、先生!また自分の事『俺』って言いましたよ。」

「あっ、ヤベ。ついつい気を許すと出ちゃうね・・・って、話を摩り替えたな。」

「えへへ。バレました?」

こんな他愛もない話だけれど、私の心は凄く踊っていた。

先生と話せる事・・・傍にいて微笑みを見れる事に。

「でも、狭山さんて本当に猫好きなんだね。」

「え?」

「だって俺と話す時って必ず猫の話が先に出るもんね。」

「そうでしたっけ?・・・でも、気になるんです。どうしてるかな?って。だってすっごく可愛かったから。あの、また見せてもらってもいいですか?」

よし、我ながら上手いこと話を持っていけたぞ。

自画自賛しながら先生の次の言葉に期待を馳せる。

「ん〜。さすがにね・・・見せてあげたいのは山々なんだけど。俺、一人暮らしだからさ。男の一人暮らしの所に女の子を呼ぶわけにはいかないかな。それに狭山さんは生徒でもあるわけだし・・・。」

「あ・・・そっそうですよね。私ってば何言っちゃってるんだろう。ごめんなさい、先生。変な事言っちゃって。」

申し訳なさそうな顔で見られて、慌てて首と手を同時に振る。

やっぱり・・・そうだよね。私は先生の生徒なんだよね。

もろくも私の期待は音を立てて崩れて行く。

「あ〜っと・・・狭山さんって携帯持ってる?」

「へ?あ、持ってますけど・・・それが何か?」

「実物を見せてあげられないから、携帯で撮った画像を送ってあげるよ。あ、それは狭山さんがよかったらの話だけどね。」

うそっ!嘘、嘘ぉ!!

私は信じられない展開に有頂天になる。

「えっ!えっ!!いいんですか?送ってもらっちゃっても・・・先生のアドレス分かっちゃいますよ?」

「まぁ、あの子猫と出会えたのも狭山さんのお陰でもあるし。特別って事で。でも、この事は誰にも言わないでね。こんなのバレたら、大変だから。」

「はい!それは、もぅ。絶対誰にも口が裂けても言いません!!うわぁ〜。嬉しい。」

「クスクス。口が裂けてもって。あ、このノートの端にアドレス書いてくれる?」

そう言って差し出されたノートとボールペン。

先生が使ったボールペン。持つとまだ先生の温もりが残っていて少し温かかった。

それだけで、私の心も自然と温かくなっていく気がする。

どうしよう・・・先生と話す度どんどん「好き」って気持ちが大きくなっていく。

先生の一言で幸せな気分になれたり、落ち込んでしまったり。

まだ先生の事、何も知らないくせに「好き」って気持ちだけが一人歩きしていく。

ノートの隅っこに自分のアドレスを書くと、はい。と言ってボールペンを返す。

「クスクス。狭山さんの字って女の子って感じの字だね。」

「え、そうですか?私、字を書くの苦手で。下手だから人前で書くの恥ずかしいんですよ。」

「そうかな。可愛いと思うけど。」

「あっありがとうございます。」

私はその言葉に真っ赤になって俯く。

バカね。何赤くなっちゃってるのよ。先生は「字が可愛いって」言っただけなのに・・・自分の事を言われてるようで何だか恥ずかしかった。

――――私って自意識過剰だったの?

「あ、狭山さんて俺と同じメーカーの携帯なんだね。何使ってるの?」

アドレスを見た先生が、ぼそっ。と呟き、私の方を見る。

「えぇ!ほんとですか?私は最近新しくでたヤツの一つ前のを持ってます。デザインが気に入ってずっと使ってるんですよ。」

「うっそ。俺も一緒。あのボディーが少し変わったヤツでしょ?俺もデザインが変わってて気に入ってるんだ。何色にした?」

「シルバーです。」

「クスクス。全く一緒・・・驚いた。」

「ほんとに?ほんとに?!うわぁ〜。すご〜いっ!!私もびっくりです。」

なに、なに〜!すっごい偶然!!

小さな偶然だけど、私にはとてつもなく大きな奇跡だった。

先生も私と同じ携帯を持ってる・・・しかもデザインも色も全く一緒のモノ。

最近携帯を新しく買い換えようかと思っていたけど、ヤメ。

先生が変えるまでは私も同じ携帯を持つ事に決めた。

――――私って何て単純なんだろう。

そんな事を思うと自然と苦笑が漏れてくる。

「あ、狭山さん。もうすぐ次の授業が始まる時間だよ?俺は次の授業入ってないから大丈夫だけど、君は行かないとマズイんじゃないかな?」

「うわっ!ほんとだ。もう、こんな時間!!あ、ごめんなさい。先生の邪魔しちゃって・・・。」

「クスクス。いいよ、楽しかったし次の授業時間にも出来るからね。」

「すいません、じゃぁ教室戻ります。」

「はい。頑張ってね・・・・・あ、狭山さん?」

「はいっ?」

急いで教室に向かおうと、走りかけた所で背後から先生の声が呼び止める。

「今度の授業でも映画見ながらプリントで進めるから、今度はちゃんと映画見てね。」

「うぇっ!!」

・・・・・ばっばれてた?!




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