*君の あなたの 微笑に




「――――・・はぁぁ。」

「ちょっとぉ、ちぃ?何よぉ朝っぱらから大きなため息付いちゃって。これでもう3度目よ?あなたらしくない。元気な千鶴さんはどこ行ったのかなぁ?お〜い、狭山 千鶴(さやま ちづる)さ〜ん?もぅ、ちぃってば、聞いてるの?!」

「うぇ?」

私は朝から、教室に入って自分の席に着くなり両腕をだらんと下げて顎を机につき、突っ伏せていた。

朝からじゃないの・・・昨日のあの公園以来、私の口からはため息しか出てこない。

目を瞑れば優しい彼の笑顔が浮かび上がってくる。

その度に私の口から漏れる大きなため息。

私は体を起こさず、生返事と共に視線だけを優実の方へと向ける。

彼女・・・高山 優実(たかやま ゆうみ)は高校に入ってから知り合った一番仲のいい友達。

1年の時にクラスが一緒で意気投合して、「親友」と呼べるまでの間柄になった。

2年の時はクラスが離れちゃったんだけど、3年の今年、また優実と一緒のクラスになれて2人して飛び上がって喜んだんだよね。

「『うぇ?』じゃないわよ。どうしたのよ、昨日帰ってから何かあったの?塾の成績が下がったとか?もう受験間近だもんね・・・私もさぁ成績が・・――――」

「恋しちゃったみたいなんだよね。」

「――――・・・はぃっ?!」

優実は私に話しかけながら、前の席に座ろうとした所でずり落ちそうな仕草を見せる。

私はそんな事もお構いナシに視線を遠くの方へやると、再び一つため息を付く。

「だからね・・・昨日会った男性(ひと)に一目惚れしちゃったみたいなの。」

「・・・・・どこで?」

「公園。」

「・・・なんで?」

「笑顔を見たから。」

「・・・・・いつの間に。」

「突然。」

凄い単刀直入な会話・・・そんな事を思いながらも、それはいつもの事でちゃんとお互いに意味が通じてるから不思議。

普通なら「どこで出会ったの?」・「なんで惚れたの?」・「いつの間にそんな事になってるのよ。」でしょう。

「あぁ、びっくりぃ。」

「私もびっくり。」

「でも、ちぃにしては珍しいよね。いつも好きな子がいても「好きかも?」ぐらいなのに・・・今回はため息が出ちゃう程の男だった訳?」

「ん〜・・。そうなのかなぁ。面食いの優実は多分「うわぁ。ぶっさいくぅっ!!」って言うかも。」

「ちょっと・・・その言葉何だか聞こえが悪い。別に私は面食いじゃございません。好きになった人が偶々カッコイイってだけで・・・。」

「だからそれが面食いだって言うの。」

「ぐふっ。ん、まぁそれはともかく・・・名前とか住所とか聞いたの?」

・・・・・・・・・・忘れてた。

ず〜ん、と私が暗い顔をしていると、それを見て優実がクスクスと笑い声を立てる。

「ドンくさいわねぇ。しっかりそういう事は聞かなきゃダメじゃない。」

「だって・・・ドキドキしてたんだもんさ。」

「そうなのかいさ。でも、ちぃの家の近くで見かけたんならその近くに住んでるって事でしょ?またいつか偶然に会えるんじゃない?」

「あ・・・・・・。」

そう言えば、あの公園の近くのマンションに最近越してきたって言ってたような・・・?

ん〜・・でも、あの辺って結構マンション建ってるからなぁ。

実際、私もその数ある中の一つのマンションに住んでるわけなんだけど。

優実が言うように、また偶然彼と会う事ができるのかな。

私が、ふとそんな事を思った時、ガラガラッ。と教室のドアが開いた。



「は〜い。みんな席に着いて。今日はこのクラスの担任の竹中先生が産休に入られたので、産休の間このクラスを受け持ってくださる先生を紹介します。」

女性教師が手を、ぱんぱん。と叩きながら席に着くことを促し教室に入ってくる。

そっか・・・竹中先生、産休に入ったんだ。忘れてたよ・・・。

私は先生が入って来ても身が入らず暫く机に突っ伏せた状態でいた。

「こちら今日からこのクラスを卒業までの間受け持ってくださる事になった早乙女先生です。」

「えっと・・・はじめまして。今日から卒業までの1年弱の間ですがこのクラスを竹中先生の代わりに受け持つことになりました・・・早乙女 恭一(さおとめ きょういち)と言います。教科は英語を担当します。どうぞよろしく。」

黒板に、カツカツッ。とチョークの滑る音が聞こえてきて新しい先生の声が私の耳に届く。

・・・・・・なんか・・・どこかで聞いたような声。

私はゆっくりと頭を擡げ、顔をそちらに向ける。

――――・・・えっ?!

ガタンッ?!と椅子がずれる音と共に、私は無意識に立ち上がっていた。

教室内の視線を一気に集める私・・・だけどそんな事は全然頭に入らなかった。

だって・・だって、今教壇に立ってるのって・・・

「あれ?君・・・確か・・・。」

「あら?早乙女先生、狭山さんとお知り合いですか?」

「あ、いえ。ちょっと昨日偶然知り合いまして・・・そっか、君この高校の生徒だったんだ。これからよろしくね。」

あの公園で見せられた笑顔を向けられ、再び私の胸がきゅん。と高鳴る。

・・・・・どうして。

「狭山さん?いつまで立ってるの。」

「あっ・・・すっすいません。」

私は今の状況に遅ればせながら気が付き、真っ赤になって俯くと席に座った。

教壇に立った女性教師が、このクラスをよろしく頼みます。と、彼に向かって微笑んでから、今日の連絡事項を伝えはじめる。

・・・・・どうして。

私の頭の中ではこの一言がグルグルとまわる。

偶然会えたらいいな、とは思ってたけど・・・どうしてこういう形なの?

彼の名前が分かった事、再び会えた事に嬉しさはあったものの、それ以上に彼は高校の・・・私のクラスの担任として再び現れた事のショックの方が大きかった。

私が一目惚れした彼は――――私のクラスの担任の教師。




←back  top  next→