*君の あなたの 微笑に




しとしと、と降り続く小雨の中、私は傘を差しながら塾帰りの道を歩いていた。

『・・・・・ニャァ・・・』

丁度公園前の道に差し掛かったとき、私の耳に微かに届く、か弱い鳴き声。

「ん?・・・今、何か鳴き声が聞こえた気がしたんだけど。」

私は声の出所を探りながら公園の中に足を進める。

「・・・・・ニャー・・・」

「わぁっ。子猫じゃない・・・しかも生まれて間もない?」

公園奥にそびえ立っている大きな樹木の根元に置かれたダンボール箱の中には、生まれて少ししか経ってない感じのまだ毛も薄茶色い子猫が毛を逆立てながら、震えて鳴いていた。

ダンボールには『誰かもらってください。』とマジックで書かれた文字。

こんなに可愛い子猫を捨てるだなんて、どういう飼い主なのかしら。

とは言え、自分の母親も猫嫌いなので飼えないのだけれど・・・・・。

私はダンボールの前に蹲って傘を首で支えながら、小さな体を抱き上げてそっと掌で覆う。

片手に納まってしまう程の小さな体。

恐怖と雨に濡れた寒さからか子猫の体が小刻みに震えているのが分かる。

「怖いよね、冷たいよね。大丈夫?誰があなたを捨てちゃったの?」

私は呟きながら、子猫の頭を撫でる。

家に持ち帰った所で、猫嫌いな母親が飼ってくれるとも思えず、かと言ってこのままダンボールに 戻して放って帰る事も出来なかった。

誰か・・・誰かこの子を飼ってくれる人はいないかしら・・・。

私はカバンから携帯を取り出し、メモリーを操作する。

飼ってくれそうな子・・・優実・・は猫アレルギーだったよね・・・幸代・・・はマンション 住まいだから動物飼いたいけど飼えないって前言ってたしなぁ。

あぁ、どうしよう。このままじゃこの子、保健所に連れて行かれちゃうよ。

自分の掌の上で不安そうに震える子猫を温める様に胸に抱きかかえながら、携帯を弄る。

「――――・・君、気分でも悪いの?」



「へっ?!」

突然背後からかかる男性の声に私の体がピクンッと飛び上がり後ろを振り向く。

「クスクス。ごめんごめん、驚かせちゃったね。向こうからこっちに背を向けて蹲ってる姿が見えたから気分でも悪いのかと思って声をかけてみたんだけど・・・。」

「いえっ。あの、違います・・・捨て猫・・みたいで。」

私は立ち上がってその男性の方に向き直り、掌にいる子猫を示す。

「うわっ!かっわいい。こんな小さいのに捨てられちゃった?」

そう呟きながら、私の掌に乗っている子猫を指先で撫で始める。

――――・・優しい顔で笑うんだなぁ。

私は突然声をかけられた男の人を見てそう思った。

決して『カッコイイ顔』という代名詞が付く程の容姿の持ち主ではなかったけれど、何故か笑った顔が私の目に焼きついた。

「生まれて間もないみたいなんですけど・・・ダンボールに誰かもらってくださいって書いてあったんです。でも、うち母親が猫嫌いで飼えなくて誰か飼ってくれそうな人はいないかなって友達を探してた所だったんです。」

「そっかぁ。こんなちっちゃな子猫なのにね。捨てるなんて酷い事するもんだ。」

私は初対面にも関わらず、何故か言葉がスラスラと出てきた。

どちらかと言うと、私って人見知りする方だから初対面の人とはあまり上手く喋れないんだけど・・・この人には何故か自然と言葉が出てきてた。

もしかしたら、さっきの優しい笑顔を見たせいと、ゆっくりとした穏やかな話し方だったからなのかもしれない。

彼は優しい顔つきのまま猫を撫でながら、私に視線を合わせてくる。

銀縁の眼鏡の奥の茶色く透き通った優しそうな瞳が私の目に映る。

その透き通った瞳に吸い込まれそうになっている自分に気づき、一瞬ドキンッ。と胸が打つ。

やだ。私ったら・・・・・何見とれちゃってるのよ。

「この子、俺が貰うよ。」

「・・・・・へ?」

「クスクス。俺ね、最近この先のマンションに引っ越してきたんだけど、ペット可のマンションなんだよね。一人暮らしだから何かペット飼おうかなって思ってた所だったんだ。」

彼は私の素っ頓狂な返答にクスクス。と笑い声を立てながら眼鏡の奥の瞳を細める。

「えっ!えぇ?!いいんですか?本当に??」

「うん。ちゃんと面倒みるからさ。俺に預けてもらってもいいかな?」

「もっもちろんです!!わぁ、よかったね。猫ちゃん、貰ってくれるって!!」

私は自分の掌に蹲る子猫に視線を向けると、ヨシヨシと頭を撫でる。

よかった・・・本当に。この人なら預けても大丈夫かも・・・。

私は、ふと、そんな事を思い、ニコッ。と笑って彼の方に子猫を差し出す。

「ありがとう。大事に育てるよ。」

「はい。お願いします。」

子猫を渡す時に、僅かに手が彼の手に当たり再び私の胸がドキンッ。と高鳴る。

わっ。どうしちゃったの?私ってば・・・すっごくドキドキしてるよ。

自分の体の異変に戸惑いながら、もう一度彼の方に視線を向けると、私の視線に気が付いた彼もニコッ。と微笑み返してくる。

「じゃぁ、この子は確かに預かりました。えっと・・・君の家はこの近くなのかな?暗くなってきたけど大丈夫?」

「あっはい。すぐそこなので大丈夫です。」

「そっか。じゃあ気をつけて帰ってね。この子の事は俺に任せて。立派な猫に育てるから。」

「おっお願いします。」

「それじゃあ。」

彼はもう一度私に微笑みかけると、子猫を抱いたまま公園を立ち去って行った。

私は――――暫くその場を動く事ができなかった。

だって・・・心臓が凄くドキドキしちゃって、痛いくらいだったんだもん。

何、このドキドキ感は?

私ってばもしかして、ううん。もしかしなくてもあの人に一目惚れしちゃった?!

彼に触れた手を胸の前で握り締め、彼の微笑をもう一度思い出してみた。

忘れられない・・・優しい笑顔。

小雨の降る中、一人傘を差して真っ赤な顔で立ち尽くす私。

――――彼とのこの出会いが、私の・・・恋の始まりだった。




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