*君の あなたの 微笑に




「あ、そう言えば先生。もう明後日って先生の誕生日だね。」

夕食を食べ終えて、後片付けをした後2人並んでソファに腰を下ろしながらテレビを見ていて、ふとそんな事を思い出す。

「あぁ。そういえばそうだっけ。今日って8月の23日?後2日で誕生日かぁ・・・忘れてた。」

「ねぇねぇ。先生の誕生日に私、手料理作ってあげる!!」

「えぇ!千鶴が?!・・・大丈夫?」

「・・・・・ちょっと。」

驚きすぎじゃないですか、それ。

おかしそうに笑いながら私の顔を覗きこんでくる先生を軽く睨む。

ふんだ。どうせね、私は全く料理できませんよ?でもね、先生と付き合い始めてから少しずつだけど料理するようになったんだから!!

「クスクス。でも嬉しいよ。千鶴の手料理か・・・何が出てくるのかな?」

「えっとねぇ・・・それは当日のお楽しみ♪」

「胃薬用意しといたほうがいい?」

「もぅ、先生!!」

「あははっ。嘘、嘘。すっごく楽しみにしとく。」

先生は足元に寄ってきたチーを抱き上げながら、銀縁の眼鏡の奥の瞳を細めておかしそうに笑う。

「胃薬がいらないようなモノを作りますぅ。」

「もう、だから冗談だって。いつもそんなに頬っぺたを膨らませてたら、そんな顔になっちゃうよ?」

「誰のせいですかぁ!誰の!!」

「ん、俺?」

とぼけた表情を見せる先生の頬をむにっ。と軽く摘みながら、他に誰がいるんですか!と唸る。

「あ、そうそう・・・先生って欲しいものとか何かある?」

「欲しいもの?ん〜・・別に無いけど。どうして?」

「プレゼント。お小遣いもらってるから、高価なモノは無理だけど少しくらいならプレゼントできるかなぁ。って思って。」

「その気持ちだけで充分だよ。お小遣いは貯めて、自分の好きな物買ったらいいよ。」

「だけど・・・。」

「いいの。俺は千鶴が作ってくれる料理だけで充分だから、ね?」

「ん〜・・。何かプレゼントしてあげたかったんだけど・・・ん、分かった。」

「それよりもさ、千鶴。」

「なに?」

「・・・・・いつまで頬っぺた摘んでるつもり?」

今度は先生が私を軽く睨む。

「たははっ。だって、先生の頬っぺたツルツルで触り心地がいいんだもん。」

「あのね、だからってずっと摘まれてたら痛いでしょ?」

「痛くしてないでしょ?」

私のその言葉を聞いて、先生は突然顔を顰めると抓っている私の手の上から自分の手を当てる。

「・・・・・イタタッ!」

「嘘!?痛かった?・・・ごっごめんなさい!!」

慌てて手を引っ込めて、先生の顔を窺うと、にこっ。と彼の口元が上がる。

「うん、嘘。」

「・・・・・。」

・・・コノヤロウ。



***** ***** ***** ***** *****




「――――・・やだぁ。もう帰る時間だぁ。」

ふと時計を見ると、もう時刻は夜の11時近く。

両親に先生と付き合う事は認められたけど、それまでには無かった「門限」と言うものが付いてきた。

もぅ、家もすぐそこなんだから門限なんていらないのにぃ!!

「はぁ、時間経つのが早いね。でも、ちゃんと門限は守らないと。また明日塾が終わったらおいで・・・って、あ。明日は俺、学校に行く日だ。」

「えぇ〜。帰って来るの遅くなる?」

「ん〜・・かも。ごめんね、帰って来たらメールするから。」

先生はそう言いながら、申し訳なさそうな顔で私の頬を人差し指の背で撫でる。

「うん。仕方ないよね、仕事だもん・・・家で勉強して待ってる。」

「クスクス。よろしい、いい心がけ。」

「誰かさんが勉強、勉強ってうるさいから仕方なくです!!知恵熱出たら先生のせいだからね?」

「あぁ〜、その時は俺が看病してあげるから、死ぬ気で頑張りなさい。」

「もぅ、すぐそうやって『先生』の顔になるぅ。」

ぷくっ。と頬を膨らませると、撫でていた指でそのまま頬を抓られる。

「あははっ。職業病ってヤツかな?でもね、俺と付き合った事で志望校に受からなかったらご両親に会わせる顔がないからさ。少しでも時間のある時は嫌かもしれないけど頑張って?英語で分からない所があれば教えてあげるから、いつでも連絡して。」

「うん、分からない所がなくても連絡する。」

「クスクス。ん、待ってる。」

玄関まで辿り着くと、私は自分の靴を履いて先生を見上げる。

「先生?」

「ん?」

「本当は帰りたくないよ?」

「うん、俺も帰したくないけど・・・今は我慢。・・・お休み・・・千鶴。」

先生はそう言って少し寂しそうな笑顔を浮かべて、私の頬を両手で挟んで軽くちゅっ。と唇にキスをする。

・・・・・今は我慢・・・か。

「・・・・・お休みなさい、先生。あのっ・・・。」

先生からのキスが物足りなく感じて、思わず声が漏れる。

「どうしたの、千鶴?」

離してほしくないのに・・・どうしてすぐに唇を離しちゃうの?

その言葉をぐっと呑み込み、ううん。と小さく首を振ってからドアを開けてもう一度、おやすみなさい。と告げてから先生の家を出た。

もっともっと傍にいたいのに・・もっともっとキスして欲しいのに。

そう思ってるのは私だけ?先生は大人だから我慢できちゃうの?

教師と生徒だから、何もかも我慢しなくちゃいけないの?

そんな言葉が次々と頭の中に浮かびあがる。

ねぇ先生・・・私、少し寂しいよ?




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