*君の あなたの 微笑に




私は一歩近づく度に高鳴る鼓動と共に、視聴覚室へと足早に向かった。

「あ、あの・・・早乙女先生?」

視聴覚室の一番前の席で、プリント用紙に何やら書き込んでいる先生の脇に立つと、震える声を隠すように小さく呟く。

「あっ・・・・・ごめんね。学校内でメール打つのも気が引けたんだけど・・・よかったかな?」

いつものように微笑まれて、胸の奥が、きゅん。と締め付けられる。

今はまだその笑顔を見たくなかったんだけど・・・。

――――私自身に向けられるその微笑みを。

「は・・はい。あの・・・用事か何かですか?」

「ん・・・。用事と言えば用事かな。俺自身の・・・。」

「え・・・先生の?」

私が首を傾げると先生は眼鏡の奥の瞳を細めて一つ息を付いてから、視線をこちらに合わせてくる。

その眼差しがいつもとは異なるような気がして真っ直ぐに見られなかった。

戸惑いを見せる私に、先生はゆっくりと口を開く。

「狭山さんが最近元気ないのって・・・もしかして、前に俺がメールで送った内容のせい?」

「えっ?!」

先生の言葉に一瞬体がビクンッ。と震え、心臓が大きく高鳴る。

「俺の家に来た次の日から、元気なかったよね?俺があの日もう家には来ない方がいいって入れたから?大事な生徒の一人だって・・・」

「やっだなぁ、先生。違いますよ・・・そうじゃないです・・・・・。」

「・・・じゃぁどうして泣いてるの?」

「え・・・やだな。私泣いてなんか・・・・・。」

ぽろぽろっ。と頬を伝い流れ出す涙。

やだっ。私ったら知らない間に涙が溢れ出してるよ。

私は自分の気持ちを先生に知られたくなくて、掌で涙を拭い取ると、無理矢理笑顔を作ってみせる。

「えへへっ。やだな・・・何で涙なんか・・・っぇ!!」

舌をぺろっ。と出しておどけたように呟く私の体を先生が突然抱き寄せる。

その勢いで私の体勢が崩れ、先生の膝の上に横座りになるような形で私の腰が落ちた。

――――え・・・えっ?!・・・・・なんで・・・・・?

「せん・・・せ・・・・・?」



先生は暫く何も言葉に出さないまま、私の体を強く抱きしめた。

先生の香りと、私の体を包む感触が全身を覆いサワサワっとした震えが体を走る。

「――――・・・どうして教師になんてなっちゃったんだろうね。教師じゃなきゃこんなに悩まなくて済むのに・・・。」

「えっ・・・あのっ・・・先生?」

私は突然の先生の行動と言葉に頭がついていかずに、ただ先生の腕の中でたじろぐばかりだった。

待って・・待って。どういう意味?教師じゃなきゃって・・・?

それは期待してもいいって事?・・・先生も私の事が・・・・?

なに・・・全然意味が分からないよ。

「もう泣かないで・・・。君にはずっと笑っていてもらいたいんだ。あの公園で見せてくれた笑顔のように。」

「せ・・んせ・・・。こんな事されたら、誤解しちゃいます。私バカだから、先生も私の事好きって思ってくれてるんだ、って・・・だから・・・。」

――――・・だから体を離して。私を抱きしめないで。

そんな思いとは裏腹に、私を抱きしめる先生の腕に力が入る。

「それは君も俺の事を好きって思ってくれてるって事だよね?」

「・・・・・へ?」

君も?・・・「も」って事は、やっぱり先生も私の事を好きって思ってくれてるって事?

「俺の勘違いじゃないんだよね?君の今の言葉も、その涙の訳も・・・。俺の事を好きだって思ってくれてるって自惚れてもいいって事だよね?」

「・・・・・・先生・・・」

頭の中が真っ白になってなにも考えられなくなってくる。

どう解釈したらいいの?先生のその言葉・・・その行動。

「公園で初めて会った時の笑顔が忘れられなくて、いつかまたどこかで会えたらいいな。って思ってた。でもよりによって自分の勤める先の学校の生徒だったなんて・・・愕然としたよ。諦めようと努力したけど、君の笑顔を見る度に会話する度にどんどん惹かれていって自分の中から離れないんだ。」

嘘だ・・・先生が私の事を・・・?

「私だって、公園で会った時の先生の笑顔が忘れられなかった・・・・でも先生は、私の先生なんだもん。だから折角諦めようって、次の恋を見つけようって思ってるのに・・・。」

「諦めなきゃいけないのは分かってる・・・。」

「だったら・・・離して・・・先生。」

離して欲しくない・・・だけど・・・だけど・・・。

「離せないよ・・・離してしまったら、俺はきっと後悔する。自分の気持ちだけだったら諦めもつくけど、君の気持ちを知ってしまったから・・・。」

「先生・・・。」

先生は私の体を少し離すと、正面から私の瞳を見つめる。

レンズの奥に茶色く透き通るような瞳が写る。

「好きなんだ・・・初めてあの公園で出会った時から狭山さんの事が。」

「・・・・・私も・・・あの公園で出会った時から先生の事好きでした。ずっと忘れられなかった先生の微笑みが。優しく微笑んでくれる所も、先生の声も日を追う毎に好きになって仕方なくなって・・・でも、先生は私の担任だから諦めなきゃって思って・・・でも諦められなくて・・・苦しくって悲しくって・・・。」

「諦めなくちゃいけないのかな・・・。」

「私は・・・諦めたくない。先生の事好きだから、これからももっともっと先生の事を知って行きたいから・・・先生の事好きでいたいし、先生の傍にいたい。」

「俺も、諦めたくないし離したくない。例えそれが自分の受け持つクラスの生徒だったとしても・・・。」

先生の視線が真っ直ぐに私を捉え、彼の顔が徐々に私の顔に近づいてくる。

私もそれを受け止めるように、瞳を軽く閉じた。

ゆっくりと重なる2人の唇。柔らかい先生の唇の感触が自分の唇に伝わってくる。

一度離れて視線が絡み合うと、再び唇を重ねられた。

今度はゆっくりと深く長いキス。

先生の気持ちが伝わってくるような、優しいキス。

私はその気持ちを受け止めながら、一筋の涙が頬を伝うのを感じていた。




←back  top  next→