*君の あなたの 微笑に




次の日、私は腫れぼったい瞼のまま教室に入った。

先に来ていた優実が驚いた顔で私を見てくる。

「ちょっと、ちぃ。どうしちゃったの?昨日泣いた?目が腫れてる気がするけど・・・」

「はぁ・・・泣きました。」

「どうして・・・」

「失恋。」

「もう?!」

目をまん丸くして驚く優実に、少しおかしくなって、ぷっ。と吹き出してから、うん、そう。と呟く。

ほんと・・・『もう?』だよね。

一目惚れしてからまだ4日しかたってないのに・・・。

「まるで100階建てのビルの98階まで一気に駆け上がって、足を滑らせて一気に落っこちた気分。」

「上手いこと言うね。」

「いや、上手くないし・・・。はぁ・・・すっごい落ち込む。」

「・・・・・ねぇ、何があったのよ。」

心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗きこんでくる優実に、昨日の出来事を伝えた。

塾の帰りに偶然会った事、先生とマンションが一緒だった事。先生の家に行って一緒にご飯を食べて帰ってからメールを送った内容まで。

「・・・・・って言うか、あなた達ってすごい偶然の重なりよね。偶然が重なるとそれは運命の人だって聞いた事があるんだけどなぁ。」

「それ、何かの聞き間違いじゃない?だって、現に私フラれちゃったし・・・。」

「フラれたって・・・それはちぃが『早乙女先生は私の担任ですもんね。』みたいなメールを先に送っちゃったからなんじゃないの?そう言われれば、先生だって『大事な生徒だ。』って言うしかないじゃない。携帯のメルアドにしても、家にご招待してくれたのも、少しは先生も、ちぃの事を気に入ってくれてるからなんじゃないの?」

「でも、冗談でもそんな事言っちゃダメだって言われたもん。それって先生を好きになっちゃダメだよって事でしょ?それじゃぁ・・フラれたのと同じだよ・・・・・。」

「ちぃ〜・・。」

私はまた半泣き状態になりながら、机に両腕を乗せてその間に頭をうずめる。

優実が私の頭に掌を乗せた所で、教室のドアが、ガラッ。と開き、先生が教室に入ってきた。

――――嫌だな。今は先生の顔を見たくない・・・かも。

私は頭を持ち上げて、先生の方を見ないようにずっと俯いていた。

「おはよう。みんな揃ってるかな?・・・じゃぁ出席を・・・取り・・ます。」

声の方向が私の方に向かって発せられた時に、明らかに言葉に詰まった先生の声が耳に届く。

私がちらっと先生の方に視線を向けると、心配そうにこちらを伺い見る視線とぶつかる。

うわっ。ヤバッ・・・思いっきり視線が合っちゃったよ。

私は気まずくて、即座に視線を逸らした。



***** ***** ***** ***** *****




私はそれから2週間、ずっと元気が出ない状態だった。

こんなに・・・こんなに先生の事が好きになってたなんて。

一瞬にして好きになった先生の微笑み、それが今では微笑まれる度に切なくて悲しくなってくる。

自分に向けられているその微笑みは、私が先生の生徒だから。――――そう思うとやり切れなくて。涙が溢れ出してきそうになる。

それでも諦めきれない先生の事。どうしたらいい?どうしたら先生の事諦められる?

この2週間の間に1度だけ先生からメールが届いた。

『元気ないみたいだけど大丈夫?』というような内容。

『ぜ〜んぜん、大丈夫ですよ。ちょっと風邪引いたみたいで・・・元気ないんです。』と、嘘のメールを返した。

先生も先生だよ・・・私の事を生徒としてしか見てないなら、そんな優しい言葉なんてかけてくれなくていいのに。

――――だから、余計に諦められないんだよ?

好きになれそうだった英語の授業も上の空。

何もかもがどうでもいい気がしてきて力がはいらない。

「・・・ちぃ、まだ元気出ない?」

「ん〜・・・ボチボチ。」

「重症だね。」

「重症みたいです。」

「そこまで好きなんだったらさ、もう一回頑張ってみたら?」

「えぇ〜。またビルの上から落っこちるの?もぅ嫌〜。」

「でも、ちぃってきちっと告白した訳じゃないじゃない。ちゃんとフラれた訳でもないんだからさ。早乙女先生だって、あれから結構ちぃの事気にしてるよ?授業中も、ちぃの事見る回数増えてるしさ。先生も何だか元気ないみたいだし・・・。」

「それは優実の気のせいでしょぉ〜。」

まさか、先生まで元気がないなんて・・・そんな事ある筈がない。

だって先生には落ち込む理由なんてないんだから。

「そっかなぁ。気のせいかなぁ?」

「気のせいでごわすぅ。もぅいいよ。このまま熱がさめるの待つ。」

「待つって・・・早乙女先生の事、諦めるって事?」

「ん〜?ん、まぁそういう事。最初から無理だったんだって、教師と生徒なんだから。」

――――最初から叶わない恋だったんだ・・・。

新しい恋でも探すよ。とため息まじりに呟いた所で、カバンの中で携帯が、ブルルッ。と震えた。

「あれ、誰だろ。メール・・・・・っ!?」

そう独り言のように呟きながら、携帯の着信を確認して、ドキンッ。と胸が高鳴る。

『恭一先生』

先生・・・どうして?どうして新しい恋を見つけようと決心をしようとした所でタイミングよくメールをしてくるのよ。

私は溢れ出しそうな涙を奥歯を噛み締めて押しとどめると、メールを開いた。


           5/31 15:35
          =ロングメール=
           恭一先生
           kyou-sa_0825@x.xxxxx.ne.jp
           [件名] 
           [本文] もう帰る所かな?
                まだ帰ってなかったら視聴覚室まで
                来てくれると嬉しいんだけど・・・。


どうしよう・・・会ってしまえば自分の気持ちが抑えられないかもしれない。

私は携帯を閉じて、暫く考えてから優実に、ちょっと行ってくるね。と伝えてから教室を出た。

今、会ってしまったら・・・。




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