*Love Game





玲が入院して約1ヶ月。

若さゆえにか、傷の治りも早く、めでたく本日退院することができる。

あとは、通院して傷の具合を見る程度で済むらしい。

一時はどうなることかと不安に押し潰されそうだったけど、ようやく安心することができる。

入院している間、玲のところに何度か警察の人間が事情を聞きにきていた。

どんな状況で、誰に刺されたのか…。

だけど、玲は襲われそうになったあたしを無我夢中で助けただけで、顔は覚えていないと言い張った。

あたしも同様、怖くて顔は見ていないし覚えていない、と。

面倒な事に巻き込まれるのも嫌だし、事の発端はあたし達の言動が招いたことだ。

せめてもの報いのつもりで…

タケシが自首でもしない限り、この件はいずれ闇に葬られるだろう。

立証できないものを、警察も事件として扱うことはないだろうから。



今日の玲の退院を祝うように、見事なまでに空が綺麗に晴れ渡っている。

清々しい気分だった。

あたしは有休を使って3日ほど会社を休み、病院まで玲を迎えに行き、彼の家へと車を走らせる。

途中で、車のラジオから流れる曲に乗って鼻歌まじりに口ずさむと、珍しいじゃん。と、玲に笑われた。

珍しい…か。

そうね。もうここ何年と忘れていたもの、こんな気持ち。

心が弾んで楽しい気分になって、自然と口ずさむなんてこと。

あたしがこうなれたのも玲と出会ったからこそだと、今は思うことができる。

途中のスーパーで食料などを買い込み、家に戻って一番に、玲はおばあちゃんの部屋にある仏壇の前に座って手を合わせる。

脇の壁にはおばあちゃんの写真と、その隣りにはおばあちゃんの最愛の人…おじいちゃんの写真が掲げられている。

幸せそうに笑っている2人の写真。


『じーちゃんはばーちゃんの最愛の人。やっとまた一緒に暮らせる。きっとおまえたちも、そう思えるから… 』


そう言って微笑んだ、おばあちゃんの顔が印象的だった。

ねえ、おばあちゃん?そっちでおじいちゃんと幸せに暮らしてる?

あたし達も…そうなることができるかしら?

死ぬ間際まで、そう言えるほどの存在に。

そっと、写真に向かって心の中で問いかけてみる。

心なしかおばあちゃんが笑ったように思えた。


おまえ達なら大丈夫じゃよ――――。


そう、言っているみたいに。



病院で浴びたシャワーだけでは気持ち悪いから。と、玲がシャワーを浴びに行っている間に、あたしは入院の際に使っていたものを片付けることにした。

この1ヶ月間で随分と玲の家の勝手にも慣れた。

玲の部屋は特に、何もないと言っても過言ではないほどだったから、把握するのは容易で。

そこで手際よく片づけをしていると、シャワーを浴び終えた彼が、髪の毛をタオルで拭きながら入ってくる。

何故かその様子に、トクン。と、高鳴る鼓動。

あたしはそれを隠すように、慌てて立ち上がると、

「あっ…と。お腹、空いたでしょ?ご飯…作ってあげる…」

そう言って、玲の脇を通って足早に部屋を出ていこうとしたけれど、寸前で、腕を掴まれ部屋に引き戻される。

「まだ、腹減ってないからいいよ」

「そ、そう?じゃあ…片付けの続きでもしようかしら」

体の向きを変えて動きだそうとするあたしを、掴んだままの腕が阻止する。

「それも俺があとでやるからいい」

「そ?じゃあ…」

「唯…なにソワソワしてんだよ」

「え?あたしが?べ、別に…ソワソワなんてしてないわよ」

なんて、明らかな嘘。

玲が言うように、さっきから自分の鼓動がざわめいて落ち着いてくれない。

なぜ?なんて考えなくても、もうわかる。

病院とは違い、誰にも邪魔されることのない玲との2人だけの空間。

それを意識しただけで胸が熱くなる。

これはそう、きっとアレね…玲のことを一人の男として認識し、特別な存在だと認めた証。


――――恋する乙女…か。


やや遅咲きだけど。なんて自分で思いながらも、それが少しだけくすぐったく感じる。

こんな自分になるだなんて思ってもいなかったのに…あたしも堕ちるところまで堕ちたわね。

「クスクス…らしくねえな」

あたしの考えていることが伝わっているかのように、玲はそう言って小さく笑いながら、掴んでいたあたしの腕を引き寄せると後ろから抱きしめてくる。

ふわっと香るシャンプーの匂い。

玲はそのままあたしの髪をかきあげ、首筋に唇を這わせてきた。

久々に肌に感じる玲の感触。

ゾワゾワっと体に痺れが走り、一気に肌が粟立つ。

「ぁっ…れ、い…」

「意識してんの?俺のこと…」

玲の唇が首筋を伝って耳元まで辿りつき、耳朶を甘噛みされ、ペロッと耳を舐められる。

熱い息が耳に吹きかかり、ビクッと体が震える。

悔しいけれど…

意識しちゃってるわよ、思いっきり。

あり得ないくらいドキドキしてるわよ、あたしの心臓。

「なっ…によ…悪い?」

「いや、全然?唯も変わったんだなって思っただけ…」

玲に言われるまでもなく、自分でも認めてしまうほどの変化。

だけど、そうさせたのはあなたなのよ、玲。

あたしの中に入り込んできて、いつの間にか居座ってしまった。

こんな、一人の男だけを愛する人間にだけはなるまいと頑なに誓ってきたのに。

今のあたしは、あなたでいっぱいなのよ…玲。

「なんか…すごい悔しい。余裕ないの…あたしだけみたい…」

「俺に…余裕があるとでも思ってんの?」

「あるじゃない…いつだってあたしより余裕綽々でさ…今だってっ…」

そうじゃない。と、言葉に出る前に、後ろから顎をクイッと掬い上げられる。

絡まる玲との視線。

その真剣な眼差しに、トクン。と、また一つ鼓動が高鳴った。

「…ねえよ」

「……え?」

「余裕なんてカケラもねえよ…」


――――唯と出会ってからずっと…


そう言って、熱く唇を塞がれる。

その瞬間、心臓が何かに掴まれたように萎縮し、体が急速に火照り出す。

「約束してたもの…今からもらうから」

「んっ…やくそく…って…」

「試験勉強を頑張ったっつう褒美…記念に貰うって言ったろ?まあ…あの時の意味とは違うけどな…」

「褒美って…でも、まだ退院したばっか…んっ」

「んなもん、関係ねえよ」

そう言って玲は角度を変えてまた唇を塞いでくる。

あたしの中の留め金が外れた瞬間。


――――なあ…唯?……久々に、ヤる?

――――クスクス。そうね。あたしが上でもいいなら考えてあげてもいいけど?

――――バーカ。譲るわけないだろ?この俺が

――――たまには譲りなさいよ。あたしがあげるご褒美なんだから


いつかした約束。

あの時、あたしはこの関係が、最後になるかもしれないという覚悟を持って、言葉を交わしていたけれど…

お互いの心が通じた今、これはいい意味で記念になるかもしれない。と思った。

あたし達の新たな出発点として。


そういう意味でしょ?…玲。


あたしは玲とキスを交わしながら体の向きを変えると、腕を彼の首の後ろにまわして引き寄せる。

口内深くで交わる互いの舌。

玲もまた、あたしの後頭部に手を添えて激しくキスを求めてくる。

この時、あたし達の間に言葉なんて必要なかった。

ただ、全身で求められ全身で求め返す。

それは、ずっとあたしが探し求めていたもの。

もし、こうして玲と出会わなかったら、あたしはそれに気付きもせずに、今も色んな男たちとベッドを共にしていただろう。

なにを求めているのかも分からずに、彷徨い続けて。

玲は、あたしにとって運命の男。

出会うべくして引き合わされたんだ。と、そう感じずにはいられなかった。


お互いに身に纏っているもの全てを脱ぎ捨て、ベッドの上で絡み合う。

玲の唇があたしの肌を撫でる、あたしの指先が玲の肌を滑る。

策略もなにもなく、本能に突き動かされるままに。

あたしは、玲を求めている。

玲も、あたしを求めてくれているのが感じられる。

互いが互いを求め、重なり合う空間。

なんて満たされるんだろう。と、玲から与えられる快感の波に酔いしれながら思った。

前戯がなくとも、滴り落ちるほど蜜で潤っている秘部から、玲が指と舌を使って更に蜜をかき出す。

あたしも、硬く反り返っている玲自身を口に頬張り、音を立ててそれをしゃぶる。

お互いの息があがり、汗ばんだ肌が重なる。

2人の口から洩れる吐息…2人の秘所から洩れる卑猥な水音。

それらがあたしを刺激して、更なる欲に駆り立てる。

もう、限界が近い。

玲と早く繋がりたくて、自分の腰がいやらしいほどに動く。

「ゆい…」

そう、掠れた声で呼ばれて、振り返りつつ顔をあげる。

そこには色っぽく切なそうな表情を浮かべた玲が、余裕なさげにこちらを見ている。

こんな表情を見たのは初めてだった。

「玲…」

「上…乗れよ」

「え、でも……ひゃっ」

少し戸惑いを見せると、クイッと腕を引っ張られ、上半身が彼の胸元に納まる。

間近に映る、玲の整った綺麗な顔立ち。

玲はあたしの髪を優しく指で梳き、そのまま手を頬に添えてくる。

「…譲ってやるよ。これは唯から貰う褒美だからな…今日は大人しく抱かれてやる」

「クスクス。なにそれ…超ナマイキ」

「そんなの、今にはじまったことじゃねえだろ?」

「まあ、ね?いいわ…傷のこともあるし。今日はあたしが抱いてあげる」

あたしも玲の頬に手を添えて、2.3度親指でそこを撫でてからゆっくりと体を起こして彼の体を跨ぐ。

そして彼自身を自ら秘部にあてがい、徐々に腰を沈めていく。

「あっ…」

「んっ…」

久々に自分の中に感じる玲の存在。

内壁を押し分け、ググッと奥へ這入りこんでくる。

玲と出会うまでのあたしの定位置だった、この場所。

この場所から相手を見下し、情けないほど必死になって腰を振って突き上げてくる男たちを見ながら
あざ笑っていた。

バカな男…そう思いながら。

だけど、本心はそうじゃなかったんだ…って、やっと気付くことができた。


ギシッ…ギシッ…、と、あたしの体が跳ねるたびに、ベッドのスプリングが軋む。

弾む胸を玲の手が下から包み込み、優しく揉みしだき、指先で蕾を摘みながら刺激を与えてくる。

ピリピリッと、小さな痺れが肌を走り、あたしの体が仰け反る。

「あぁっ…玲っ…いいっ…あぁっ…んんぁっ…」

「唯っ…クッ…ぁあっ…はぁっ…」

玲の体にあまり負担がかからないようにと気をつけながらも、快感の波にあわせるように腰が動く。

もっと見たい…玲の表情(かお)

色っぽく艶っぽい表情を浮かべ、あたしを求めている玲をもっと見ていたい。

だけど…もう、ダメ。

あたしの中に蠢く玲を感じようと、自然と瞼が閉じていく。


初めて玲と繋がった時は、意地の張り合いだった。

先にイクまい、先に果てろと。

でも、もうその必要はない。

「あぁっ…ああぁっ…いやっ…イクッ…ダメ…もっ…イッちゃうっ…」

「はぁっ…んっ…いいよ…俺もっ…いきそ…」


意地なんて張らなくてもいい。

プライドなんてものも必要ない。

心が通いあってるからこそ得られる究極の快楽。


「あぁんっ…玲っ…やっ…あぁっ…あぁぁっ…」

「あぁっ…はぁっ…わかってる…唯っ…んぁっ…」


――――…一緒に…


そう、2人同時に呟くと共に、最大限に高まる律動。

玲があたしの腰を持ち激しく中を突き上げる。

あたしは玲の腕を掴んで、そのリズムに乗って淫らに舞う。

肌が悦で痺れていく。

意識が一点に集中し、頭の中が白く霞んでいく。

「あぁぁっ…ああぁぁっ!!」

「あぁあっ…んぁっ!!」

腰を強く掴まれ、自分の中で玲の熱いしぶきが解き放たれるのを感じながら、あたしも体を仰け反らせて共に果てた。


震えが残る体を感じつつ、荒く息を吐き出しながらゆっくりと体を玲に預けるように倒すと、彼も肩で息をしながら優しく髪を撫でてくる。

そして、顎を指先で持ち上げられ、玲の柔らかな唇があたしの唇に触れた。

愛しむように唇を啄ばまれ、あたしも同じように彼の唇を啄ばむ。

キスではじまり、キスで終わるセックス。

今までになく満ち足りた感覚があたしを覆う。

これは、今までの相手では、決して得ることができなかったもの。

これこそが快楽かもしれない…。と、玲の胸元に頬を寄せながら思った。


「傷…痛くない?」

「あぁ…大丈夫、心配ねえよ」

「そっか、よかった」

情事のあとのまどろんだ空間。

少し体に残る気だるさを感じながら、あたしはふとある事を思い出し、ねぇ?と、切り出す。

「…前に、どうして演技をしてまで色んな男とヤるんだって聞いたわよね?」

玲はなんとなしにか、自分の胸元に納まるあたしの髪を撫でながら、あぁ。そんなこと聞いたことあったっけ。と、クスクス。と小さく笑う。

「ずっと引っかかってたのよ、あの言葉。あなたに言われるまでそんなこと考えたこともなかったから。でも、ようやく答えに辿り着くことができたわ。あたしね、きっと…嬉しかったのよ。両親に見捨てられて、誰からも必要とされていない存在だと思っていたから…誰かからあたしという存在を求めてもらうのが嬉しかったんだと思う」

「唯…」

「だから、求められたら寝た。でも、特定の相手に絞らなかったのは両親のこともあるけれど、一番に
あたし自身が臆病だったから。自分が愛した男に裏切られて捨てられたら?また、置いていかれたら?って思うと前に進めなかったのね。でも、心のどこかでいつもあたしは求めていたんだと思う…誰かに求められ、そして自分も求める存在を…今思うと、そうなれるかもしれないって男を無意識に選んでいたのかもしれない」

そして、あたしはそれに出会ってしまった。

あの日あのコンパで。

塩谷玲という、この男に。

だから、他の男と寝なくなった…寝ようとも思わなかった。

むしろ玲以外の男に抱かれたくないと体が拒んだ。

「あたし、気付いたのよ。両親のことに拘っていたのは否定ではなくむしろ逃げなんだって。あの人たちのことを盾にして、誰かを愛することから逃げていたんだって。だからね…」

「これからは両親のことに拘るのはやめる…」

「玲…」

あたしの言おうとした言葉を先に言われて、目をまるくして玲を見ると、彼はおかしそうに笑った。

「ホント…似てるよな、俺たち。考えることもすることもさ…。俺も、同じようなことを思ったんだ。あいつらのことは決して消し去ることはできないけれど、俺は母親でもないし父親でもない…あいつらと俺は違うんだって。両親のことに囚われず、俺は俺の足で自分の人生を歩きゃいいじゃんって思ってさ」

「うん…あたしも、そう思えるようになった。きっと…おばあちゃんのお陰よね」

「ずっと言い続けてたからなぁ、ばーちゃん。だけど、俺はそれを理解できたのは、唯と出会えたからだと思ってるよ」

「……玲」

「唯と出会わなければ、きっと今も理解できずに囚われの身のままだっただろうし、前に進むこともできなかったと思う」

「そうね…あたしもきっとそう。玲の存在があったからこそ、おばあちゃんの言葉に耳を傾けることができた。おばあちゃんの言葉を理解できたから…あなたの傍に自分の場所も見つけることができた…」

どちらもあたしにとって欠けてはならない大切な存在だった。

おばあちゃんはもうこの世にはいないけれど、本当に大切なものをあたしに残してくれた。

あたしが、あたしらしく自然でいられる大切な場所を。


「唯?今日…このまま泊まっていけよ。明日も会社休みだろ?」

「休み、だけど…どうしたの?急に」

「なんとなく…そんな気分だから」

玲はそう言って言葉を濁す。

だけど、彼が言いたいことは何となくあたしにもわかる。

きっとあたしと同じでこんな気持ちだろうから。


――――このまま寄り添って、温もりを感じていたい。って…


あたしは玲の言葉を受けて、ニッコリと微笑み返す。

「うん。あたしも、ちょうどそんな気分だったから泊まっていく。ねえ、そういえば…玲と一緒に眠るのって初めてじゃない?」

「あぁ…そういえばそうだな。つーか、誰かと一緒に眠ること自体、俺は初めてなんだけどな?」

「クスクス。そうなんだ?じゃあ、今日はあたしと一緒に眠れて嬉しいでしょぉ〜」

からかい気味に、玲の胸に顎を乗せながらそう言って笑うと、意外な反応が返ってくる。

「あぁ。すげえ嬉しいよ」

「なっ…」

今度は玲が、クスクスと笑う番。

彼は、意表をつかれた表情のあたしを見て笑いながら、

「もう、唯の前では仮面を被るのやめたから」

なんて事を宣言する。

「玲…」

「お前には俺の全てを曝け出したから、仮面を被る必要がもうないだろ?意地を張ることも、見栄を張ることも…唯の前では必要ない。だから、これからは、素の俺を見せてやるよ」

そう言って笑う玲の姿に、あたしもフッと笑みが漏れる。

「そう…。変わったわね、あなたも」

「お前が変えたんだよ、俺を…」

「クスクス。お互い様ね。あぁ…でもこれって、おばあちゃんの望みどおりの結果よね」

「夢に出てくるぐらいだからな…今頃あっちで喜んでんじゃねえの?」

「もしかして…こうなるってわかってたとか」

「かもしれねえな。やたらと勘が鋭かったからな、ばーちゃん」

自然に、2人の視線が天井へと向く。


――――ばーちゃんは、ずっと2人を見守っとるからね…

――――必ず幸せになるんじゃよ?…玲と唯さんと、一緒に支え合って


「報告…しに行かなきゃね」

「そうだな…」

あたし達はそう言って微笑みあうと、どちらからともなく身を寄せて、互いの体を強く抱きしめた。



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