*Love Gameあたし達はその夜、シングルベッドという狭い空間の中で、互いの肌の温もりを感じながら、身を寄せ合って眠った。 朝、目が覚めると、先に目覚めていたようだった玲から、おはよう。と、声がかかる。 あたしはそれに、少し気恥ずかしさを感じながらも、おはよう。と、返して何となく笑った。 それから暫くの間、あたし達はその場から動こうとはしなかった。 何をするわけでもなく、ただお互いの肌の温もりを感じているように、ベッドの中でまどろむ。 あたしはそこで、幸せというものを噛み締めていた。 こんなに穏やかな気持ちで、ぐっすり眠れた夜は初めて。 眠っているときも、目覚めたときも、すぐ傍にいてくれるという安心感。 あたしはもう、一人じゃないんだと改めて実感することができる。 そして何よりも、愛する男の温もりに包まれて眠るということが、こんなにも自分を満たしてくれるものだとは思ってもいなかった。 これがきっと、幸せというもの… ずっと、このままこうしていられたら…… そう思いながら、視線をそっと玲に移す。 それまで天井を眺めていた玲が、あたしの視線に気付いたのか、ふと顔を向けてくる。 そして、穏やかな笑みを浮かべると、あたしの頬に手を添えて囁いてきた。 「なあ、唯。このまま…一緒に暮らさないか?」 「……え?」 「唯が嫌なら別に構わないけど…俺は、唯とずっとこうしていたいと思ったから。一緒に暮らせたらって思ってさ」 「玲…」 同じこと…思ってたんだ。 ほんとに、どこまであたし達って似てるのかしら。 その玲の言葉が嬉しくて、思わず笑みが漏れてしまう。 「ちょうど…あたしも同じことを思ってたところよ。ずっと、このままこうしていられたら…って。もうっ!なんであたしよりも先に言っちゃうのよっ!!」 「あはははっ!まあ、それは…俺が唯よりも上だから?」 「ムカツク…何が上だっつうの」 その言葉におかしそうに笑う玲を睨みつつ、またフッと小さな笑みが洩れた。 一緒に暮らす…か。 玲にあのGameを持ちかけたとき、まさかこんな展開になるだなんて思ってもいなかった。 どちらかが勝者で、どちらかが敗者。 白黒はっきりつくものだとばかり思っていた。 もちろん、あたしは負けるつもりもなかったし、玲だってそのつもりだっただろう。 お互いに、誰にも惚れたり靡いたりしないという自信があったから。 だけど、いつしか互いに惹かれあって求め合うようになって…気付けば愛する心を持つようになっていた。 不思議なめぐり合わせだなって思う。 もし、あのコンパで玲と出会っていなければ、今のあたしはここにはいない。 愛することに心を閉ざし、自分の居場所を探し求めて今も彷徨い続けていただろう。 だから、あたしは玲と出会えたことに感謝すべきなのよね。 彼と出会えたからこそ、こうして自分を変えることができ、一歩踏み出すことができたんだから。 そして、これからが本当のあたし達の物語のはじまり。 2人で一緒に、幸せを掴むために―――― でも、ただ単に寄り添って生きていくだけじゃ、あたし達らしくないと思わない…? あたし達なりの幸せの掴み方。 きっと、これが一番あたし達にあってるんじゃないかしら? あたし達の運命を変えてしまったキッカケのもの。 それは… 「ねえ…玲?」 あたしの呼びかけに、何?と、玲が視線を合わせてくる。 あなたはきっと、これに乗ってくるはずよね。 あたしと一緒で、超がつくほど負けず嫌いな男だから… 「あたしと…ゲームしない?」 「………え?」 玲は、突然のあたしの申し出に、訝しげに眉を寄せながら首を傾げる。 あたしはそれに、ニヤリとした笑みを浮かべると、少しすまして顎を上げた。 「あたしとあなた…どっちが相手を幸せにできるかっていうゲーム」 それを聞いた玲が、少しの間を置いて、クスクス。と小さく笑い出す。 「なにそれ?」 「言葉どおりの意味よ?相手をより幸せだと思わせたほうが勝ち」 「あははっ!なんでも勝負なんだな、唯の場合…まあ、おまえらしいけどさ」 「あたりまえじゃない。人生そのものが勝負だもの…あたしは全てにおいて負けたくないの。でもね、 この件に関しては、ちょっとだけその矛先が変わったわ。自分からあなたに…」 「俺に?」 「そう。今までのあたしなら、迷わず『どっちが先に幸せになれるか』って言ってたと思うわ。でも今は、あなたを誰よりも幸せにしたいって思ってる。世界中の誰よりも…」 「唯……」 玲の顔に浮かんでいた笑みが消える。 きっと、あたしが真剣な眼差しを彼に向けたから。 「このゲームに玲が乗っても乗らなくてもどちらでもいいわ。でも、あたしはそのつもりで、あたしが幸せだと思う以上に、あなたを幸せにしてあげるから」 あたしの言葉を聞き終えた玲は、一旦視線を外してから再びあたしへと戻す。 少し、口の端をニヤリとあげて。 「随分な自信だな。なあ…それを聞いて俺が乗らないと思ってる?」 「もちろん。乗ってくると仮定して話しているけれど?」 「ふーん。ということは、俺に勝つつもりでふっかけてきてるわけだ?」 「あたりまえでしょ?勝つ見込みのないゲームは、最初からやらない主義なの、あたし」 「クスクス。でも、後悔するぞ?その言葉。俺、唯にだけは絶対負けたくねえから」 「お互い様。あたしだってあんたに負けたくなんかないわ。だから提案したんじゃない。玲…これは、死ぬまで続くLove Gameよ?あなたに、気持ちが維持できるかしら?」 「俺を見くびってもらっちゃ困るな。その言葉、そのままそっくり唯に返してやるよ」 「と、いうことは…このゲームに乗るってことね?」 「あたりまえだろ。俺たちらしくていいんじゃね?ただ、俺にとってこのゲームは、お遊びなんかじゃねえから。全身全霊をかけて、本気で挑んでやるよ」 玲はそう言って意味深な笑みを見せてから、上半身を起こしてベッド下に脱ぎ捨ててあったトレーナーのズボンに手を伸ばす。 「あら、誰もお遊びなんて言ってないわよ?本気で挑んでくれなきゃ張り合いがないじゃない?」 その玲の姿を視線で追いながら、あたしも同じような笑みが浮かんだ。 そう…これは死ぬまで続く、あたし達のLove Game… それは、誰にも理解してもらえないものかもしれない。 バカらしいと言われるかもしれないけど、だけど、あたし達はいたって本気で。 純粋に相手の事を想い、相手をより幸せにしたいと思っている。 互いに求め、互いに支えあい、互いを思いやるこの気持ち。 それをゲームに仕立ててしまうなんて、多分、あたし達にしか分からない愛の形。 だから、他人(ひと)がどう思おうが構わない。 きっと、人の数だけ愛し方があるだろうから。 不器用だけど、これがあたし達の幸せの掴み方なの。 「ねえ、どの方法であたしを幸せにしてくれる?」 あたしの言葉を聞きながら、ズボンを履いた玲がゆっくりとベッドからおりて立ち上がる。 「バーカ。最初から手の内を見せるわけねえだろ」 それにつられるように、あたしも脱ぎ捨ててあった借り物のTシャツを被り下着に手を伸ばす。 「ふーん、面白くないわね。ちょっとぐらい教えなさいよ。あたしはとりあえず、戦闘体制から整えなくちゃだわ…どこに行っても玲のお姉さんなんだもん。あんたの隣りにいてもつりあうように若返りをはからなくちゃ!」 「ぶっ!若作りからはじめんのかよ…」 「……若作りじゃなくて、若返りだっつうの」 「同じ事だろうが」 「ぜんっぜん、ニュアンスが違うわよ!ほんっとにもう。女心がわかってないヤツね!!」 「クスクス。そんなに目くじら立てて怒ってっと、シワが増えんぞ?あ…1歳老けたんじゃね?」 むっ… 「ムカツクっ!!」 思わず反射的に自分の眉間のシワを指先で伸ばしながらそう叫ぶと、玲はおかしそうに声を立てて笑う。 「あははははっ!まあ…俺のためにって思ってくれてんだろ?だったら俺はそのままでいいから、あまり無理すんなよ」 「無理…は、しないけどさ…」 「お前が若返るっつうことは、今以上に綺麗な女になるってことだろ?ほどほどにしてくんないと、俺が困るから…」 「……え?」 「誰にも渡したくなくて、嫉妬に狂う」 「やっ…え??」 「それでなくても、今まで散々お前に触れた男にぶち切れそうになったのによ…これ以上、俺を嫉妬で狂わす気?」 そう、少しだけ顔をコチラに向けて意味深な視線を投げかけてから、玲はフッと笑みを漏らすと服を取り出す為に押入れの方へ足を進めた。 やだ、ちょっと…なんか胸がキュンキュンしてるんだけど? え…なに?あたし、悦んでる? 玲の言葉が嬉しかったりする? 思わず不気味にニヤケそうになる自分の顔を引き締める。 でもダメ…口の端が上がってそう… 「俺さ、なんとなく気付いたんだけど独占欲強ぇから。多分、ガキの頃に受けた大切なものを失った恐怖感から、人一倍失いたくないものに対しての執着心が強いみたい…大変だな?唯」 「…へ?」 「今、俺が一番失いたくないものが唯だから…」 やっばい…グッときたかもしれない。 先ほどからの玲の言葉のジャブに、打ちのめされそうになってるあたし。 何か言葉を発そうにも、何故か上手く言葉が出てこない。 え…なに、コレ。玲の作戦?それとも…素?? ――――もう、唯の前では仮面を被るのやめたから ふと、昨日玲が言っていた言葉が脳裏を過ぎる。 そういえば…これからは素の俺を見せてやるよ。なんてことも言ってたっけ? もしこれが素のままの玲の姿だとしたら… カナリ強敵かもしれない…今まで以上に。 そんな不安が横切ったのを知ってか知らずか、玲は更に追い討ちをかけてくる。 「そういえば…俺さ、唯に一つだけまだ言えてないことがあったんだ」 「な、なに…」 「ほら、アイツに刺されたとき…俺、何か言う前に気を失っただろ」 「あ……」 ふと、あたしの脳裏にあの時の忌まわしい記憶がよみがえる。 そういえばあの時、キスをされて何かを言いかけた玲が倒れこんできたんだっけ。 ドタバタで気が動転してて、そこまで頭が回らずに忘れてしまってた。 何を言いたかったの?って。 「あの時さ、俺、死ぬかもって思ったんだ。ハンパねえくらい自分の体から血が流れてんのがわかったし。でもまあ、それで唯が助かるならそれでもいいやって思ってて。でも…死ぬ前にこれだけは伝えたいって言葉が一個だけあった。それが何かわかる?唯」 そう聞かれて、あたしは首を横に振る。 あたしにはわからない…そんな極限状態の中であたしに伝えたい言葉だなんて。 なにがある? 玲は横目であたしの返事を確認すると、押入れの中の引き出しから服を出してそのままあたしの方へ歩み寄ってくる。 そして腕を伸ばしてあたしの頬に手を添えてくると、ニッコリと綺麗な笑みを見せた。 「愛してる」 ――――…え… 「唯のことを愛してる…それだけはどうしても伝えたかった。それを伝えるまでは死ねるかってのも思ってたんだけどな。よかったよ、こうして伝えることができて…」 完全にあたしの言葉は失われていた。 ただ呆然と玲を見上げ、なんの反応もできなかった。 その様子にクスクスと小さな笑い声を立ててから、そっとあたしの額に顔を寄せて軽く唇を触れてくる。 「愛してるよ、唯。この気持ちに気付かせてくれて、ありがとうな。お前と出会えて本当によかったよ。 まだまだ頼りないクソガキかもしれないけど、これからは俺がずっと傍にいて護ってやるから。もう、お前を一人になんかさせないから。俺の一生を懸けて…お前を最高に幸せにしてやるよ」 ……玲。 あたしの頬を一筋の涙が伝って零れる。 愛してる…あたしも玲のことを愛してる。 そう、口にする前に塞がれた唇。 触れるだけの短いキス。 だけど、今まで以上に温かく優しい口付けだった。 ゆっくりと唇が離れ、彼の温もりが残るそこを優しく風が撫でていった気がした。 「もう…ズルイ。先にそういうこと言わないでよ…」 そっと彼の首に腕をまわして身を寄せると、玲の腕があたしの体を包み込む。 「だから言ったろ、後悔するぞって。お前に対する気持ちが大きい分、幸せにしてやりたいって思う気持ちも大きいから…いつまで経っても俺の上には立てねえと思うぞ?」 「そんなことないわよ…だって、まだはじまったばかりだもん」 「じゃあ、楽しみにしてるよ…お前がどうやって俺を幸せにしてくれるのかってね」 「クスクス…楽しみにしてなさい?でもとりあえず、こうしてあたしが傍にいるだけでも幸せでしょ?」 「あぁ、そうだな。つーか、それはお前だってそうだろうが」 「いーっ…バレたか」 「バレたかじゃねえよ、バーカ」 玲は、クスクス。と笑いながらあたしの額を小突き、これから準備してばーちゃんの墓参りに行こうぜ。と、優しい声で付け加えてくる。 あたしはそれに、ぷくっと頬を膨らませて額を撫でてから、バカって言わないでよバカっ!!と、言葉を放ちながらも、いそいそと出かける支度をしはじめた。 本当に、6つも年下と思えないほど大人びた生意気なクソガキ。 だけどあたしは、このクソ生意気なガキを心の底から愛し始めてる。 きっと玲が社会に出たら、その年の差もいずれ感じなくなるだろう。 そして、いつか社会的な立場も逆転してしまうかもしれない。 だけどこの気持ちだけは、玲よりも上でありたいと思っている。 だから…まだ声に出して言えずにいる『愛している』という言葉を、もう少し温めようと思った。 これからもっと大きくなっていくであろうこの気持ちを糧に、玲を誰よりも幸せにしてあげたいから。 もう少しだけこの言葉は封印して。 「ねえ、玲?」 「…ん?」 「あたし…玲のこと、だ〜い好きっ!!」 その言葉に一瞬驚いたような表情を見せてから、瞬く間に耳まで真っ赤に染め上げて、バーカ。と呟きこの部屋を出て行こうとする玲に、あたしはこみ上げてくる笑いを堪えるのに必死だった。 死ぬまでわからない新たなLove Game。 それは、勝敗で決着がつくものだなんて思ってはいない。 だけど最期、幸せだったと思えるのは、あたしか、玲か… 願わくはあたしが幸せだったと思える以上に、玲に幸せだったと思ってもらいたいから… あたしが、あなたを誰よりも幸せにしてあげる。 あなたを…心から愛しているから―――― ――――ねえ、おばあちゃん…見てくれてる? おばあちゃんが玲に伝えたかった言葉、しっかり玲に届いているよ? ひとを愛する心を持ち、ひとを護る力を持とうと頑張ってる。 少しずつ、彼は強くなっているから。 少しずつ、成長して護れる男になろうとしているから。 だから、任せて…おばあちゃん。 あたしももう、大丈夫。 玲を愛する事を恐れたりしないから。 おばあちゃんに代わって、あたしが玲の支えになるから。 あなたの望みどおり、あたしと玲と一緒に支えあって生きていくから… だから、ずっと見守っていて… あたしたち、誰にも負けないくらい幸せになるからね――――。 |