*Love Game side-Rei





――――待ってるよ。唯が帰ってくんの…


それは俺の素直な気持ちだった。

ばーちゃんを亡くし、親戚からも疎外され、たった一人残された俺にとって、どれだけ唯の存在が大きかったか。

こうして気落ちしながらも、普通に生活できているのは、唯のお陰だと言っても過言じゃない。

唯だって、同じように気落ちしてるはずなのに、無理矢理自分を奮い立たせて、普段通りの姿を見せようとしてくれているのは肌で感じ取れていた。

それがなによりも有難かった。

同情されて、情けの言葉をかけられたりするよりは。

それに、日に日に感じる唯の変化。

それがより俺を支えている原因かもしれない。

ばーちゃんが死んで見送った日の夜に、初めて抱きしめられたことも、あれから毎日家に来て何かと世話をしてくれる姿も。

唯の温もりや優しさが伝わってくる度に、より一層、失いたくないと感じてしまう。


俺にはもう、失うものなんてないから……唯、以外…


なあ…唯?

俺たちが進むべき道は、互いの心を粉々に打ち砕こうとする破滅の道しかないのか?

互いに必要だと思っているのは、俺の思いあがりなんかじゃないハズだ。

共に生き、共に支えあうことはできないんだろうか。

ずっと、そんなことばかり考えている。

だけど、それを確かめることが出来ない俺は、やっぱり弱虫な男なんだよな。情けねえけど。

この空間を壊したくない。唯をも失いたくない。

そう思うと何も口に出来なくなる。


俺にとって、唯はそれだけ大切な存在に変わってしまったから。

もしも、唯まで失くしてしまったら…

俺には、もう…――――。



唯との電話を終えて暫くしてから、突然鳴り響く携帯の着信音。

誰専用という使い分けをしていない俺は、ディスプレイ部に表示された名前を確認する。

《 唯 》

そう表示された名前と番号。

なんの疑いもなしに、普通に電話に出た俺。


『もしも〜し。玲クン…だっけ?』


その聞き覚えのない妙に引っかかりの覚える男の声に、訝しげに自分の眉間にシワが寄る。

………は?

確かに唯の番号だった。間違いはない…だとしたら…

「誰だおまえ…」

『クスクス。俺?さあ〜、誰でしょうか。当ててみなよ』

「わかるわけねえだろ。誰だって聞いてんだよ」

『声だけじゃわからないかなぁ?前に一度お会いしてるんだけどねぇ』

「知らねえし、覚えてねえよ。なんで唯の携帯からかけてきてんだよ」

『ん?それはぁ〜俺が唯とぉ、一緒にいるからに決まってんじゃん』

どこかしら挑戦的で耳障りな声。

ムカムカと苛立ちが募ってくる。

大体、唯と一緒って…どういう意味だよ。

俺は平静さを装い、相手の動向を窺う。

「へえ。で、俺になんの用?」

『相変わらず、お前の声はイチイチ癪に障ってくるよなぁ。聞いてるだけでムカムカしてくるぜ!』

先ほどの声とは一変して、急に声を荒げてくる男。

相変わらずと言われても、誰なのか俺にはさっぱり検討もつかない。

俺は軽くため息を吐き出すと、携帯を持ち変えて反対の耳にあてる。

「あんたにお前と呼ばれる筋合いはねえよ。聞きたくなきゃ電話なんてしてくんな」

『生意気なクソガキがっ!お前にはちょっとした借りがあるんでな。返そうと思ってよ』

「俺にはねえけど」

『俺があるんだよ!今すぐ指定した場所に一人で来い』

「嫌だと言えば?」

『別にそれでも構わないがな。個別に制裁を加えるまでだし?』

クスクスと笑いながら吐き出された意味深な言葉。

何故かその言葉に妙な胸騒ぎを覚える。

個別に制裁…どういう意味だ。

「なに企んでやがる」

『言ったろ、制裁を加えるってな。俺をコケにしやがって…ぜってー許さねぇ。お前も、この女も』

「この女って…まさかお前っ!?」

ドクン。と嫌な鼓動が心臓を打つ。

俺は無意識に立ち上がり、ギュッとこぶしを握りこんでいた。

『あははっ!おーおー。急に反応良くなったなぁ?俺の睨んだ通りだな。お前にとってこの女は特別なんだろ?そんじょそこらにいる女とは格が違うもんな。わかるよーお前のその気持ち』

「てめぇ…」

『クスクス。来る気になったか?…』


――――…玲!来ちゃだめっ…来なくていいから!!


携帯を通して微かに届いた、唯の叫び声。

同時に数人の男らしき声が沸きあがっているのも耳に届く。

ザワザワと俺の胸がざわめき、瞬く間に鼓動が高鳴る。

「唯!!…てめぇっ!唯に何かしやがったらただじゃおかねえ!!」

『ぶははっ!やっぱお前の弱点はコイツか。さっきまでの冷静さはどこへ行ったのかなぁ?玲クン』

「るっせぇ!!唯に指一本でも触れてみろ…そん時は…」

『クスクス。あぁ、お前が来るまでは触れずに待っていてやるよ?とりあえず先に、お前をボコボコにしなきゃ俺の気が済まないんでな。第3東倉庫…すぐ来い…プツンッ…プープープー…』

「クソッ!!」

俺は携帯を閉じ、そう言葉を吐き捨てると同時に家を飛び出した。


なんなんだよ、一体!!

あの男は誰なんだよっ!!

確か、俺に借りがあるって言ってたよな。

そんなもの、過去を振り返れば俺に恨みを持ってる人間など腐るほどいるっつうの。

だけどあいつは、俺にも唯にも恨みを持っていそうな口ぶりだった。


――――俺をコケにしやがって…


俺と唯が一緒に関わった人間。

だとすると、思い当たる男はアイツか…アイツ。

俺は浮かび上がってきたそれぞれの男を思い出しながら、指定された場所へと急いだ。


唯…頼むから無事でいろよ。



***** ***** ***** ***** *****




第3東倉庫。

そこは家からさほど遠くない場所にある、港に近い工業地帯の一角にある倉庫だ。

夕方の6時をまわる薄暗くなったこの辺りに人影はない。

俺は息を弾ませ汗を額に滲ませながらその場所に辿り着く。

入り口の大きなシャッターが閉まっていたため、脇のドアから勢いよく中に入ると、両側の側面と奥には、背の高い鉄製の箱が積み上げられ、それを運ぶためのものらしき小型のクレーンや台車などが点々と存在しているのが視界に映る。

静まり返った無機質な場所。

その中央のクレーン車がある場所に、唯の姿とそれを囲むように数人の男たちが座り込み、談笑している姿があった。

唯は後ろ手に縛られてクレーンに括りつけられているのか、唇を噛み締めその場に立っている。

それを見ただけで、カッと頭に血が上った。


「ゆいっ!!」


俺はありったけの声を張り上げ唯の名前を呼ぶ。

その声に反応して、唯が不安そうな表情を浮かべながらこちらを向く。

「玲っ…どうして、なんで来たのよ…」

どうしてって?

そんなもの、決まってんだろ。

「よぉ、玲クン。意外に早かったなぁ。そんなに、この女のことが大切か?」

一人の男が立ち上がり、薄ら笑いを浮かべてそう俺に声をかけてくる。

以前、関わったことのある男。

俺が思い浮かべた男のうちの一人。

「おまえか…やっぱり」

「クスクス。その反応…俺のことを覚えていてくれたんだ?光栄だねぇ。俺、タケシっつうの…以後、お見知りおきを」

「こんな真似してただで済むと思ってんじゃねえだろうな」

「あ?この状況を見て物を言えよ。お前に勝ち目があるとでも思ってんの?」

「泣きべそかいて気絶するようなやつと、そんなヤツのお仲間さんには負ける気がしねえけどな」

「あんなものっ!ナイフを突きつけられりゃ、誰だってああなるだろうがっ!!」

「あぁ、ナイフって…このこと?」

俺はポケットから鍵の束を取り出し、その中の一番長いものを摘んでヒラヒラと振ってみせる。

「クスクス。おまえってよっぽど肝っ玉小せえんじゃねえの?これがナイフに見えるなんてさ」

「なっ?!おまっ…どこまで…どこまで俺をコケにしやがるんだっ!!」

みるみる男の顔が、屈辱と怒りで真っ赤に染め上がる。

どこまでコケにって…勝手にお前が思い込んだんだろうが。

しれっとした顔で鍵をポケットになおし、首を傾けながら鋭い視線をタケシに向ける。

「唯を放せ。こいつにはなんの関係もねえだろ」

「お前も、この女もぜってー許さねえ。俺をコケにしやがって…俺の技術まで全否定しやがって。ぜってー許さねえ!ぜってー許さねえ!!」

「クスクス。なんだ、ホントの事を言われただけじゃん。それで逆上するなんてさ、益々自分が惨めになるってわかんねえの?」

「うるさい、うるさいっ、うるさいっっ!!そうやって生意気な口を叩けるのも今のうちだからな。なあ、このガキ。すげえ生意気だろ?一度シメテやんなきゃ俺の気が済まねえんだよ」

タケシはそう周りの奴らに零す。

ったく。つくづく…

「情けねえヤロウだな。助っ人に頼らなきゃいけないなんてさ。タイマン張る勇気もねえくせに、こんなことしてんじゃねえよ!」

「るせぇっ!どんな形でもいいんだ。お前をボコボコにして、泣きっ面を見れば気が済むんだ。こいつらは俺のダチでな。手伝ってくれる謝礼に、この女を輪姦(まわす)って約束したんだ。みんな、気に入ったらしいぜ?お前の大事な唯ちゃんをよ」

その言葉に唯の表情が一瞬にして強張り、身を硬くしたのが分かった。

周りの奴らも、ニヤニヤとした笑みを浮かべ、舌なめずりまでしそうな表情で唯を見上げている。

俺の肌に痺れが走る。怒りが頂点にまで達しそうだった。

「な…んだと?」

貫くような視線と、低く唸るように響く俺の声。

それに若干顔を引き攣らせながらも、タケシは口の端をいやらしくあげた。

「アハハ。6対1…大事な女を護れるのかな?」

「てめえ…卑怯な真似してんじゃねえよっ!!」

「言ったろ!どんな形でもいいってよ…お前をボコボコにして、次はお前の目の前でこの女をめちゃくちゃにしてやるよ。楽しみだろ?自分の目の前で6人の男に大事な女を犯されるってさ。クククッ。どんな裏AVよりも刺激的だと思うぜ?なにせ、ナマで見られるんだからなぁ?」

モザイクもナシだし?と、付け加え、周りの奴らと一緒になって笑う。

ブチンッ。と、音を立てて血管が切れたような気がした。

「ぶっ殺す…ここにいるヤツ全員、一人残らずぶっ殺してやる」

「玲っ!バカなこと言ってないで。あたしなら大丈夫だから…放って逃げてよ!!」

「んなことするわけねえだろっ!…全員ぶっ潰す…」


おまえを護るために。

おまえには指1本触れさせねえ。

唯は…俺が護る。


ゆっくりと腰をあげて、ニヤけた面を浮かべながらこちらに向かって歩いてくる5人の男を迎えうつ。

負ける気がしない。

どいつもこいつもナリばかりで、強がっているだけのやつらになんて。

お前らより、数倍喧嘩には慣れてるっつうんだよ。

案の定、そう時間もかからないうちに殆どのヤツらを地面にねじ伏せてやった。

荒く息を吐き出しながら、ギリギリと歯軋りの音が聞こえてきそうなほどの形相で俺を見上げ、睨みつけてくるやつら。

それを尻目に、俺は鋭い視線を唯の隣りに立っているタケシに向ける。

「覚悟…できてんだろうなぁっ!」

タケシはその声にビクッと体を震わせて、定まらない視線を俺に向けながら身構える。

そして次の瞬間…

「うっ…動くな。こ、この女がどうなってもいいのかよ…」

そんな言葉と共に、タケシは腰の辺りからあるモノを引き抜くと、それを唯の前に翳して見せた。

「おまっ…」

唯と俺、そしてこの場に一瞬にして、緊張が走る。

俺の動きが止まったのを確認すると、脂汗を額に浮かべながらもニヤリと口角をあげるタケシ。

「おぉおまえが言ってたんじゃねえか…じっ自分の身は自分で守らなきゃってよ。護身用に、俺も持つことにしたんだよ…案外っ…早く役に立ちそうだよな」

「てめえ、バカじゃねえの?!お前みたいな腰抜けが、そんなもの持ってんじゃねえよっ!!」

「うるせえっ!こいつを傷つけられたくなかったら動くんじゃねえ…」

タケシはそう言って唯に近づくと、手に持ったナイフの先を唯の頬に押し当てる。

ヒッ。と小さく悲鳴を上げて、唯の顔に恐怖が宿った。

「唯っ!クッ…卑怯な真似しやがって…」

「クククッ。大人しくやられちゃいなよ。おい、今なら思う存分やれるぞ。やっちまえよ」

それを合図に、床に這いつくばっていた男たちが仕返しとばかりに俺に掴みかかってくる。

「さっきはよくもやってくれたなぁ!」

「すげー痛かったぞ、倍にして返してやっから覚悟しとけっ」

そんな言葉を口々に吐き出しながら、何も抵抗しなくなった俺に容赦なく襲い掛かってきた。

みぞおちに数発、脇腹にも数発。思わず胃液を吐き出しそうになる。

右の頬を殴られたかと思えば、すぐに左の頬に鈍痛が走り、ぶはっ。と口から血の塊が飛び出し地面にピチャピチャッと、赤黒いシミを作る。

脚を蹴られて膝が折れる。地面に落ちそうになる体を無理矢理引き上げられ、また数発拳が体にめり込む。

サンドバック状態の俺。徐々に視界が霞み始め、意識も朦朧としはじめる。


「やめて!もう、やめてよっ!それ以上したら玲が死んじゃう…だから、やめてっ!お願いだから、それ以上玲を傷つけないでよっ!!!」

悲鳴にも似た唯の叫び声。

切れかけた俺の意識が繋がる。

……唯。

「おやおや、唯ちゃん。他人の心配なんてしてても大丈夫なのかな?」

「えっ…」

「自分の身の安全を心配したほうがいいんじゃないの?」

そう言ってタケシは唯の前に立つと、手にナイフを持ったまま何を思ったかビリビリッと、彼女の衣服を掴んで左右に引き裂いた。

途端に露になる、唯の透き通るような白い肌。

きゃぁあっ!という唯の悲鳴と、おぉぉ!という、男達の歓声。

薄れ掛けていた俺の意識が、一気に覚醒される。

「て…めえっ!なにやってんだよっ!!唯に触れんじゃねえ、唯に触るんじゃねえよっ!!」

「クスクス。あ、まだそんなに吠える元気あったんだ?すげーね、そこまで惚れてんだ?この女に。でも、その恋心もいつまで続くかな?目の前で犯された女をこの先も愛せていけるかなぁ?」

「どこまで卑怯なんだよ、てめえはっ!!ぜってー許さねえ…てめえだけは絶対ぶっ殺す!!」

飛び掛る勢いの俺の体を男たちが押さえつける。

クソッ…離せっ!離せよっ!!

「クスクス。だってさ、唯ちゃん。あんたも随分愛されたもんだね?どんな気分?自分の身を犠牲にしてまで愛してくれる男の前で犯される気分ってのは」

ナイフをちらつかせながら、唯の露になった肌を舐めるように見るタケシを、唯はグッと睨みつける。

「あんた、本当に最低な男ね!あんたに犯されるぐらいなら、死んだほうがマシよ!刺しなさいよ。あたしが憎いんでしょ?そのナイフであたしを刺して殺しなさいよ!!」

「唯っ!何、バカなこと言ってんだよっ!そんな事…俺がぜってー許さねえから。ぜってーそんな事させねえからなっ!!」

「玲…だって…嫌なんだもん!玲以外の男に触られるのなんて絶対嫌なの!あたしのこの体は玲以外には触らせない。絶対に触らせないからっ!!」

唯は、グッと唇を噛み締めてタケシを再度睨みつけると、更に言葉を繋げる。

「あたしがあんたみたいな男にひれ伏すとでも思ってんの?手も足も出せない、か弱い女だと思ってんの?舐めてもらっちゃ困るわね。手は縛られて出せないけど…脚ぐらいなら出せるんだからっ!!!」

そう言うと、唯は思い切りタケシの股間を蹴り上げた。

視線の先で、床に這いつくばって悶絶するタケシの姿。

玲!!そう、俺を呼ぶ唯の声に導かれるように、残っている力を振り絞って周りの奴らを蹴散らした。


「クッソ…このアマッ…」


唯の元へ駆け寄る俺の視線に、タケシがジリジリと体を起こしながら、床に転がったナイフを手にしたのが映った。


ヤバイ…


そう、直感的に危険を感じた。

なんとしても、唯だけは助けなければ。

もう…誰も俺の傍から消えて欲しくないから。

唯は俺が護る。


この命に変えても…俺は、唯を護り抜く――――。


唯の元へ走る俺。

ナイフを持って、唯目掛けて走りこんでくるタケシ。


ドクンッ…ドクンッ…。と、自分の鼓動の音がリアルに耳に響く。


「唯っ!!」


そう叫んで唯の体を覆ったのと同時だった…

ドンッ。と体当たりされた衝撃と、腰の辺りに言いようの無い感覚がめり込んできたのは…



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