*Love Game





月日が流れ行くのが恨めしいぐらいに早い。

もっとゆっくりと思うほど、時は倍の速度で過ぎていく。


ここ暫くは、おばあちゃんの容態も安定していて、何事もなく穏やかな時間を過ごせていた。

玲と、おばあちゃんも交えて3人で交わす談笑。

時に笑ったり、時に冗談を言ったり。

あたしにとって、そこは心地よい空間だった。

記憶の奥底にしまい込んでしまったモノに触れさせてくれるような、温かい場所。

だから、ずっと続いて欲しいと思った。

ずっとこのままの時間が続いて欲しいと願った。

3人で過ごすこの時間が…。

だけど、その願いをあざ笑うかのように、招かざる客は突然やってくる。

あたし達の知らないところで、じわじわと詰め寄り、なんの前ぶれもなく突然襲ってくる。


あたし達から、大切なものを奪うために――――



あの一件から、頻繁に玲と一緒におばあちゃんのお見舞いに行くようになっていた。

あたしから連絡を取ってだったり、逆に玲からだったり。

確実に変化しているあたし達の関係。

玲との距離が急速に近づいているのが感じられる。

それでも、嫌な気はしなかった。

戸惑いも焦りも感じなかった。

むしろ受け入れようとしているあたしは、きっと変わってしまったんだろう。

それでもいいと思えるようになった。

穏やかになりつつある自分を受け入れられそうな気がした。

そうさせたのはきっと玲だ。

何が変わったわけでもない。

喋り方も態度も、今までと何ら変わりないものだったけど。

彼から醸し出される雰囲気が、今までになく穏やかで温かいものだったから…。


そう感じるようになったのは、玲が素に近い姿をあの車の中で見せてから。

少し、今まで感じたものとは何かが違う変化。

一体玲の中で、どんな変化がもたらされたのかあたしには分からないけれど。

あの時、何かを吹っ切ったようにも思えた。

玲自身で変わろうとしてるようにも思えた。

そう感じずにはいられなかったけど……

だけどもし、これも玲の策略の一環だとしたら?

変わったのは実はあたしだけだとしたら?

玲が変わったと感じたのも、お互いの距離が近づいていると感じたのも、全てあたしの思い込みだとしたら?

強(したた)かに、あたしの心を粉々に打ち砕く日を待ちわびているとしたら……

あたしはこの先どうしていいのか分からなくなる。


確かに、Gameを持ちかけたのは他でもないこのあたし。

負けるのが悔しくて、どうしても見返してやりたくて躍起になっていたけれど。

玲を通しておばあちゃんと出会い、色んなことを感じて考え方が変わってきている。

おばあちゃんだけじゃない、むしろ玲と出会ったことのほうがあたしには影響してきていると思う。

最初は、小憎(こにく)たらしいガキだと思った。

あの、ヒトを見下したような態度が気に入らなかった。

イチイチ人の神経を逆撫でするような言葉にムカついていた。

だけど、「塩谷玲」という男のことを少しずつ知っていく中で、彼に対する見方が変わってきている。

日に日にあたしの中で玲の存在が大きくなってきている。

感じてしまった、心のよりどころ。

おばあちゃんと同じように、玲もまたあたしの中で大切な存在へと変わってきている。

それはただ、玲のことを自身と重ね合わせて見ているだけかもしれない。

自分の支えとなる存在を失おうとしている玲に、同調しているだけかもしれない。

同じ価値観、同じ過去を持ち、同じ生き方の男だから。

だけど、多分それだけじゃない。

あたしの中に芽生えたもの…まだ、言葉に出して表現できない感情があたしの中にはある。

失いたくないと思った。

この空間も、おばあちゃんも、そして…玲も。


『愛する事を知らない唯がそれに目覚めたとき、奈落の底に落とされるのは相当な痛手だと思うよ?
また泣いちゃうかもね』


以前、玲に言われた言葉が、フッと脳裏を過る。


そうね。そうかもしれない…

もう、泣くだけじゃきっと済まされない。


あの頃は、自分がこんな立場に立たされるだなんて思ってもいなかった。

先にイカされたのがただ悔しくて。

プライドと意地をかけて、遊び半分で持ちかけたGameだったのに。

玲という存在に翻弄され、おばあちゃんという存在に触れて、あたしという存在が変わってしまった。

いつの間にかこの空間が居心地が良くなって、いつの間にか自然に笑えるようになった。

満たされているんだと思った。今のあたしは。


だから……怖い。

今は、この場所を失ってしまうことがすごく怖い。

こんな弱気になるのは両親に見捨てられたあの頃以来だった。

これから先、玲に対する気持ちをあたしは自身で誤魔化すことはできないだろう。

だけど、隠しとおさなければ。と思った。

玲がGameに拘っているにしろ、いないにしろ…理由はただ…


――――怖いから。


***** ***** ***** ***** *****



「ねえ、玲。明日あたし会社が休みだから、昼からお見舞いに行こうと思ってるんだけど」

あたしからかける、何度目かの玲への電話。

最初は少しぎこちなかったものも、最近では自然にできるようになった。

それが少し不思議な感覚で、ほんのちょっぴり笑えてしまう。

『あぁ、定休日だっけ?俺も明日で学期末のテストが終わるから、昼過ぎには病院に行けると思うし、
先に行っといてよ』

そう、自然に返ってくる玲からの返事。

こんな何気ない言葉も、携帯を通して耳に届く玲の声も、何故かあたしを安心させ、心を穏やかにさせる。

そんなことを感じながら、あたしはフッと小さく笑みを漏らし、ゴロンとベッドの上に寝転がった。

「そう。じゃあ、病院で落ち合うことにしようか。クスクス。でも、テストかぁ。懐かしいなぁ」

『ぶっ。どーせ唯のことだから、テストっつっても勉強なんてしてなかっただろ』

人を小バカにしたような物言い。玲特有のもの。

きっと、今も口の端をあげているに違いない。

「あ、バカにしてもらっちゃ困るわね。これでも成績優秀だったんだからね?今でもあんたよりはいい点数を取れる自信はあるわ」

『ま、口では何とでも言えるからな。とりあえず聞いといてやるよ』

そう言って、クククッと、含み笑いをする玲。

なんとなく、どんな表情をしているのか想像がつく。

「なっ?!ムカツク、その言い方。そういうあんたこそ中の下の成績なんじゃないの?」

『今まで一度もトップの座を譲ったことねえけどな?』

「ふーん…へーぇ…すごい、すご〜い」

『………ムカツク』

その玲の言い方に、今度は、あはは!と、声を立ててあたしが笑う。

最近多くなった、玲と交わす何気ない会話。

その間、あたしは色んな玲を思い浮かべていることに気付く。

玲の表情、玲の仕草を感じ取ろうと、自分の意識が携帯の向こう側に集中している。

玲の声に穏やかになり、玲の言葉で笑わされて。

なんていうんだろう…心が浮き立っているように思える。


もう、本気でヤバイかもしれない。と、思った。

抑えていられるのも時間の問題のような気がする。

今にも溢れ出してしまいそうで……


そう感じると、意味も無く涙が込み上げてくる。

あたしはそれを押さえ込むように腕を目元に押し当て、悟られないようにワザと明るく振舞った。

いつまで持つかわからないけれど…まだ気付かれるわけにはいかないから。

「クスクス。じゃあ、テスト勉強を頑張った玲クンには、おねーさんからご褒美をあげようかしら?」

笑い声に紛らせ、鼻を啜る。

上手く誤魔化せてるか心配になる。

『ナニ上から目線でモノを言ってきてんだよ』

その玲の返しに少しホッとした。

多分大丈夫。いつも通りの玲だ。

「あら。仮にもあたしはあんたよりも年上だけど?」

『あー、悪い悪い。そういや唯は俺よりも、6・つ・も年上だったよな?クククッ。ガキみてえだからすっかり忘れてた』

「ムカツク。年齢の部分だけ強調しないでよね!しかも何?ガキみてえって…バカにしてんの?」

『あ、わかった?さすが。頭の良いおねーさんは違うな』

「あんったねぇぇ〜〜〜」

『あははははっ!!まあ…ご褒美ね。折角だから貰っとこうかな。記念にさ…』

「玲…?」

少しトーンの変わった声に、意味深な言葉。

記念にって…どういう…

あたしが対応に戸惑っていると、暫くの沈黙のあと、なあ…唯?と、玲が呟く。


『……久々に、ヤる?』


その言葉に思わず鼓動が高鳴った。

久々に…。

そういえば、もう随分と玲と体を重ねていない事に気付く。

快楽を求め、その場が楽しければと相手を変えてはベッドを共にしていたあたしだったのに。

玲に出会ってからは、玲以外の男とも寝ていない。

寝ようとも思わなかった…玲以外とは。


そうか…。


あたしは快楽を求めていたわけじゃない。

その場が楽しければという言葉で誤魔化してきただけ。

ずっと、あたしはこれを探し求めていたんだ…。

それに気付いた瞬間、ため息と共に笑いが漏れた。

こんなことに今更気付くなんて…


玲が、なんの意味でその言葉を言ったのかはわからないけれど。

あたしにとってのその言葉の意味は…

「クスクス。そうね。あたしが上でもいいなら考えてあげてもいいけど?」

次に体を重ねたら最後…

『バーカ。譲るわけないだろ?この俺が』

あたしの心はきっと折れてしまう。

「たまには譲りなさいよ。あたしがあげるご褒美なんだから」

玲が言うように、これは記念になる…

あたし達の関係の最期という意味で。


――――堕とされるのは確実にあたし。


そっと、胸の内で覚悟を決めようとしたあたしだけど、次の日には新たな覚悟を強いられることになるとは、この時のあたしは思ってもいなかった。



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