*Love Game Side-Rei





一人になりたかった。

あのまま唯のいる空間にいたくはなかった。

だから俺はその場から逃げるように、言葉少なめに部屋を出た。

情けねえと思う。だけど、そうでもしなければ己が崩壊しそうだったから。

いつものようにすぐにリセットできるほど、あれは軽い出来事じゃないんだ。

俺にとっても、唯にとっても。


ホテルからの帰り道。

途中まで俺の頭の中は真っ白だった。

何も浮かんでこない。何も考えつかない。

ただ、自分の唇に残る感触と、部屋を出るときの唯の表情だけが脳裏に焼きついて離れなかった。



夜の闇に包まれた道を、ポツ、ポツと、間隔をあけて哀しげに外灯が照らしている。

その光りは弱く、闇に負けてしまいそうなほど儚い。

俺は魂が抜けたように、その光りを辿るように無心のまま歩き続けた。

頼りない道しるべ。

まるで、今の俺の状況みたいだと思った。


この先に続く道はどこに繋がっているのか。

俺はどこに向かって歩こうとしているのか…。

俺の道しるべもまた頼りない。


俺は一旦足を止め、唯の温もりが残っている気がする自分の唇を手の甲で押さえた。

確実にあの時、俺も唯も無意識だった。

だけど、キッカケを作ったのは多分俺だ。

俺が先に唯を求め、距離を縮めた。

それに応えるように、唯もまた唇を寄せてきた。

確証はない…だけどそんな気がする。

例えそれが逆であったとしても、結果としては同じところに行き着いてしまう。

あれは不慮の事故だなんて言えない。

無意識であっても、明らかにある意志によって突き動かされていた。

2人ともが、だ。

もう、特別視なんて言葉では収まりきらない。

それを遥かに超えた領域に踏み込んでしまっている。


唯も、そのことにきっと気付いているだろう。

それでもあいつはGameをやめないと言い張るんだろうか。

あいつは…自ら破滅の道を選ぶんだろうか。

このままGameを続けても、嫌というほど思い知らされてしまうだけじゃないか?

自分たちが否定し続けてきたものを…


俺は口を押さえていた手を力なくおろすと、自嘲の笑いが漏れた。


俺は一体何を考えてんだよ。

なにを恐れてんだよ、俺は。

なんで唯の心配までしなきゃなんねんだ。

俺らしくねえだろ、こんなの。

さっさと終わらせてしまおうぜ、こんなくだらねえGameなんて。

唯をこのまま溺れさせりゃいいんだろ?

簡単な事じゃねえか。



……なんて。


簡単にいけば苦労しねえっつうの。

こんなにリスクを伴うGameだなんて思ってなかったよ。

甘く考えすぎていたのかもしれない。


こんなはずじゃなかったのによ…。


俺は、これからの術(すべ)を見つけることも出来ずに、再び夜の闇を歩きだす。

頭の中はこれからのこと、そして唯のことでいっぱいだった。


家の前に辿り着くまでは――――



いつも俺が帰る時には、家の灯りは全て落とされて真っ暗だ。

8時頃に寝床に着くばーちゃんを見届けてから、俺が灯りを消して家を出るから。

今日もそうして家を出てきた。

今現在、午前0時を迎えようとしている。

普段ならとっくに寝入っているはずなのに、何故か台所の明かりが点いている。

起きてるのか?

そう疑問に思いながら、鍵をあけて静かに引き戸を開ける。

ガラガラッと、静かながらも独特の音が闇夜に響く。

中に入ると真っ暗な玄関に、台所の灯りが洩れていた。


「ばーちゃん、起きてんのか?」


そう声をかけながら台所へ向かった。


……正直、そこからの記憶があまりない。


台所を見渡し目に飛び込んできたのは、シンク前の床にうつ伏せに倒れているばーちゃんの姿。

それを見た途端、ドクドクドクッ。と、急激に激しく打ち出す俺の鼓動。

一気に体から血の気が引いていくのがわかる。


「ばーちゃんっ!!」


慌ててその場に駆け寄り、半ば悲鳴のような声をあげて、ばーちゃんの小柄で華奢な体を抱き起こす。

シワが深く刻み込まれた血色の悪い、蒼白い顔。

額には脂汗が浮き出ている。


なんだよっ…一体なにがあったんだっ!?

ばーちゃんっ!頼むから目を開けてくれよっ!!


何度呼びかけても返事がなく、反応さえも皆無に等しい。

更に蠢く俺の鼓動。自分の額にも嫌な汗が浮き出てきた。


「ばーちゃんっ!…ばーちゃんっ!!」


俺はジーパンのポケットから携帯を取り出すと、震える手でボタンを押した。




***** ***** ***** ***** *****





気がついたら病院だった。

ばーちゃんが救急車に担ぎこまれ、そこに一緒に乗って搬送される間、俺はどこか夢のようで現実味がなかった。

長椅子に座る俺の視界には、赤いランプが点いているのが映っている。

それが「手術中」という文字だということも、今の俺には理解できていない。

暫くの間放心状態のまま、どこを見るわけでもなくボーっとどこかを見ていた。

そして何かに突き動かされるように徐に席を立つと、非常口に向かって力なく歩いた。

重い扉を開けて外に出ると、ヒヤッとした夜の風が俺の頬を撫でていく。

風の音と、頼りなく切なげに鳴く虫の声が余計に不安を駆り立てる。


思い出したくない記憶が蘇っていた。

母親に見捨てられ、父親に置き去りにされ、ばーちゃんが迎えに来てくれるまでどうすることも出来ずに、ただ泣き続けた毎日。

不安で不安でたまらなかった。

部屋の隅っこで膝を抱え込み、いつも小さくなって怯えていた。


一人取り残されたという恐怖感に――――。


そんな俺を優しく抱きしめ、ちっちゃな体で支えになってくれていたのが、ばーちゃんだ。

弱かった俺を。泣き虫だった俺を。

だから強くなろうって心に決めたんだ。

自分の弱さを硬い殻に封じ込めて、ばーちゃんに心配をかけまいと創り上げてきたのが今の俺だ。

だけど、今しがたの衝撃的な出来事で、脆くもその殻にひびが入ろうとしている。


弱い俺が顔を出そうとしている……


俺はポケットから携帯を取り出すと、ボタンを操作して通話ボタンを押す。

なぜだかわからなかった。

だけど、無性に声が聞きたかった。

傍にいて欲しいと思ったのかもしれない。

不安に押し潰されそうな俺を、支えて欲しいと思ったのかもしれない。

なぜそれがアイツだったのか…


数回のコール音のあと、アイツが電話に出る。

『もしもし…』

「……唯?」

『うん、なによ…』


「ばーちゃんが……倒れたんだ…」



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