*Love Game先ほどまでの余韻を残すように、微かに温もりを感じる気がするシーツにそっと掌を滑らせる。 玲は、あのあとすぐに言葉少なめに身支度を整え、帰るよ。と、言葉を残してここから出ていった。 そのほうがあたしとしてもよかった。 一人になって、色々と整理をしたかったから…。 きっと、玲もそうだったんだろうと思う。 あたし達にとっては、あまりにも衝撃的な出来事だったから。 複雑な心境だった。 今のこの状態をどう受け止めたらいいのか。 あたしはどこに向かって歩き出しているのか。 ふぅ。と、一つ息を吐き、あたしはコロンと仰向けに体勢を変え、天井を眺めながらそっと自分の唇に指先を這わす。 柔らかくて温かかった…初めて感じた他人(ひと)の唇。 この一つの行為がこれほどまでに、自身を揺さぶるだなんて思ってもみなかった。 あの時、自然に触れ合った唇。 そこには何の策略もなく、ただ本能に突き動かされるように。 互いが互いを求めるように、引き寄せられるように極々自然に重ねた唇。 玲がそうなのかは分からない…だけど、あたしはそうだった。 いや…もしかしたら、あたしが先に動いたのかもしれない。 あたしが先に玲を求めたのかもしれない。 そう考えると、益々頭が混乱する。 何故?……どうして? 違う… 本当はもうわかってる… わかってる…ケド、それを認めたくはない。 認めるということは、あたしにとってこの上ない屈辱になるからだ。 あたしは、はぁ。と一つため息を吐き出すと、素肌にバスローブを羽織り、ソファに移動する。 そして、バフッとそこに座り込みバッグからタバコを取り出すと、一本口に咥えてジッポで火をつけた。 肺に煙を送り込み、フーッと、吐き出したそれを視線で追って、そのまま遠くをボーっと見つめる。 まだ、玲の温もりが残っている気がする自分の唇。 唇だけじゃない…あたしの身体の隅々まで玲の存在が残ってる。 あたしの中にはいつの間にかこんなにも…… そう感じた途端、あたしは急激に言い知れぬ感情に襲われて、自分の膝を折ってそれを抱え込み顔を埋めた。 あのとき… 唇が重なった瞬間、もっと、と、求めている自分がいた。 唇が離れると、離さないで、と、思っている自分がいた。 玲が自分の傍から離れ、身支度を整えるのを引きとめようとしているあたしもいて。 玲がドアの向こうへと姿を消すと、いいようのない切なさが込み上げてきた。 同時に、封印したはずの思い出したく無いことまでが溢れ出してきた。 パパ、私とママを捨てないで… ママ、私を一人ぼっちにしないで… 私を捨てないで…私を一人にしないで… 私はパパもママも愛してるのに、パパもママも私を愛してくれていないの? ねえ…一人ぼっちなんてやだよ。 …寂しいよ。 ――――お願い…私を見捨てないで… ポトッと何かを物語るように、煙草の灰が床に落ちる。 あたしは、誰かを愛さないんじゃない。 愛することがきっと…怖い。 人を寄せ付けなくなったのも、心を開かなくなったのも、誰かと心が通じ合い、そしていつか裏切られてしまうのが怖かったからだ。 それに気付いたところでどうしようもない。 もう…引き返せないところまで来てしまっている。 こんなはずじゃなかったのに。 あたしは、少しだけ頭を擡(もた)げると、燃え尽きてしまった煙草を灰皿に押し付けた。 そして再び膝を抱え込むと、そこに顔を埋めてため息を吐き出す。 折れてしまうんだろうか…あたしの心は。 貫き通せるのだろうか…今までのあたしを。 いや…折れるわけにはいかない。貫き通さなければならない。 そうでなければ、あたしがあたしでなくなってしまう。 誰も寄せ付けず、誰にも心を開かず、そうして一人で生きてきたあたしの道。 この先の道にも、愛だの恋だの、そういった感情は必要ない。 誰かに溺れるなんて冗談じゃない。 貫き通してやる…今までのあたしを。 自分に芽生えてしまったものを隠し通してでも演じきってやる。 その姿こそ、あたしが創り上げてきた、桜田唯という女だから。 だから、このGameは絶対やめない。 きっと玲も同じ気持ちだろう。 だって、あたしたちは同じ穴の狢だから―――― そう、心に誓おうとしてもどうしてだろう…不安が心を覆いつくす。 揺れている?あたしの心… そんなはずはない。揺れるわけがない。 だったらどうしてあたしはこんなにも不安なのよ。 もう…どうすればいいのかわからなくなってくる。 あたしは、不安を封じ込めるように、腕に力を込めて更に膝を抱え込む。 認めたくないのに。 封じ込めたいのに。 内側から込み上げて溢れ出しそうになる。 次に玲に会うときは、あたしはどうしたらいいんだろう。 今までのあたしならどうしてた? そんなことさえ悩みはじめているあたしは、自分の道さえも見失いはじめているのかもしれない。 これからどうやって、己を貫き通したらいいのか…。 ねえ、玲…あんたはどうなのよ。 いなくなった存在に問いかけるようにゆっくりと頭を上げたときだった。 静寂を打ち破るように、バッグの中からけたたましく携帯の音が鳴り響く。 ビクッと震えるあたしの体。 バッグの中からそれを取り出し、名前を確認して今度はドクン。と胸が高鳴る。 塩谷 玲 あたしは恐る恐る携帯を開き、通話ボタンを押して電話に出る。 無意識に、高鳴る鼓動を抑えるように胸元をギュッと握り締めていた。 そう…この1本の電話から、急激にあたし達の運命が転がりはじめるとも知らずに――― 「もしもし…うん、なによ………えっ、なっ…うそでしょっ?!」 |