*Love Game





あたし達が店を出てこの後どうするかというような雑談に入っていると、ちょうど向こうの団体も一先ずの飲み会は終わったようで、一部の人間が騒ぎながら店を出てくる。

狭い道を挟んで、こちら側と向こう側で少し離れた距離に2つの塊が出来た。

ここから大抵ばらけて、カップルになって消える者、数人でカラオケなどに向かう者に別れる。

当然、名前も覚えていない男の誘いに乗ったあたしは消える側。

隣りに立つ男は、もうその気でいるのかあたしの肩に手を置き、スキンシップを図ってくる。

うわー、唯ちゃんお前がゲッチューかよ。と、他の男から叫ばれて、隣りの男はご満悦の様子でニヤリと笑う。

あたしの友人側も、なんでいつも唯ばっかり一番を持ってくのよぉ。と、叫ばれたけど、ちっとも嬉しくなくて適当に愛想笑いを浮かべて返した。

あたし達の他にもう一組消える予定で、あとは適当にばらけると言うことで話が纏まり、それぞれに目的を持って散らばって行く。


「じゃあ、俺たちも行こうぜ」


そう囁かれて、肩を抱かれたままもう一つの塊の前を通り過ぎる。

隣りの男が上機嫌に、自分は喧嘩が強くて負けたことがないんだ、などと自慢話をしているのを聞き流しながら、あたしの神経は一点に集中していた。

ちょうど道路側に立っていた玲の後ろを通過する辺りから、何故かあたしの鼓動がトクトクと逸りだす。

視界の隅にしっかりと映っている玲の後姿。

歩(ほ)を進めるたびに、徐々にその姿が近づき、そして視界の中から消えて行く。

玲は、全くコチラを振り向こうともせず、見る気配も見せずにその塊の会話の中に混じっていた。

そう…腕をさり気なく、隣りに立つあのお色気ムンムンの女の腰にまわして。

そして、あたしが玲の後ろを通り過ぎても、ヤツは動こうとはしなかった。

私の鼓動が、トクトク。というものから、ドクドクっと痛いくらいの鼓動に変わる。


……なんでよ。


そう心の中で呟いている自分の言葉の意味が分からなかった。

何に対しての言葉なのか…


「あー、唯ちゃんに相手してもらえるなんて思ってなかったからさぁ…すげーテンション高いわ、俺。顔に締まりがねぇ〜」

「………え」


目的地に向かうまでのほんの僅かな時間にも関わらず、完全に隣りの男の存在を忘れていたあたし。

男の声で現実に引き戻されて、思わず素で返事を返してしまう。

上機嫌で歩いている男は、そんなあたしの様子に気づく事も無く話を続けてくる。


「ねえ、唯ちゃんて今日泊まりでも大丈夫だよねぇ?明日、日曜だから仕事も休みだし」

「泊まり?」

「嫌だなんて言わせないよ?今日は帰さないから」


そう言ってコメカミ辺りに唇を押し当てられて、反射的に顔を反らす。


「ちょっ…いきなり何すんのよ」

「なにって、キスしたんだけど?本当は今すぐにでもこの唇にキスしたいんだけどぉ」


そう言って、指先であたしの唇を撫でてくる男に対して、急激に嫌悪感が走り出す。

今までこういう仕草をされても、適当にかわしてやり過ごしてきた。

必死になってあたしの唇を奪おうとする姿さえ楽しんでいたのに。

でも、今のあたしは何故か体全体でこの男を拒否している。

いたって平凡な、普通の男よりも少し顔がいいだけの、どこにでもいる男。

今まで身体を重ねた男となんら変わりない男なのに。


この唇を触った指があたしの肌に触れる。

あたしのコメカミに触れた唇が、舌があたしの肌を舐める。

そう連想するだけで鳥肌が立った。


もうあと少し進めばホテルの入り口に辿り着く…その手前であたしは足を止める。


「やっぱりやめるわ」


そう言い切って、男の腕を振り解き、体を翻して歩き出そうとした途端、腕を痛いくらいに掴まれて勢いよく引っ張られる。


「おっと。どこ行く気?ここまで来て、はいそうですか。って帰すわけねーだろ」


今までの声とは違い、トーンを変えて低く呟き態度を一変してくるこの男。

玲や、今までの男達とはまた種類の違う「遊び」を楽しむ男だと瞬時に肌で感じ取る。

この腕の力、苦痛に歪めるあたしの顔を見て、不気味な笑みを浮かべた顔。

こいつは力でねじ伏せて、泣き叫ぶ様子を楽しむような危険な男だ。


しまった…あたしとした事がなんで気付けなかったんだ。


「痛ぃっ…ちょっと…離してよ!」

「誘いに乗ってきたのはそっちだろ。このまま何もせずに帰したら、いい笑いもんじゃねぇかよ!」

「笑われてりゃいいじゃない!嫌なものは嫌なのっ…離してってば!!」

「はっ。気が強え女。噛み付かれて引っかかれちゃたまんねぇからな。猿轡かませて、両手縛ってたっぷり可愛がってやるよ。クスクス…楽しみだよなぁ?この綺麗な顔が、どんな表情(かお)してヨガってくれんのかってよ」


あたしの予感が的中した言葉だった。

男は薄ら笑いを浮かべて、あたしの腕を掴んだまま、ずいずいとあたしを引きずるように歩きはじめる。

女が男に対して抵抗できる力なんてたかが知れてる。

あたしがどれだけ踏ん張って抵抗しても、いとも簡単に動かされてしまう。


冗談じゃない。

こんな変態男にいいように弄ばれるなんて…絶対嫌!

いつもなら気付けたはずのこの男の性癖にどうして気付けなかったのよ。

そもそも、なんであたしは乗り気じゃなかったこの話に乗ったりなんかしたんだ。


サイアク…


アイツ…玲が関わるとロクな事がない。

そう…あたしがあたしでなくなってしまう。

アイツと出会った時から、全てが狂わされている。

なんで?…どうして??

それに、分からないことならまだある。


なんであたしはあの時、あんなにも胸が痛かったのか……


あたしは、頭の中に渦巻くものを振り払うかのように、掴まれた腕を力いっぱい振り解こうとした。

と、突然反対側の腕を、掴まれている腕の力よりも更に強い力で後ろから引っ張られた。

その反動で、するっと男の手から腕が抜け、自分の背中に何かがあたる。

暫くこの状況が、あたしも目の前に立つ男も把握できなかった。


「……この女、俺が貰うから」


そう、頭上から降りてきた聞き覚えのある声に、ハッと顔を上げる。


「玲っ!?」

「れい…?」


ようやく状況が呑み込めた。

あたしは玲に後ろから引っ張られて、今ヤツの胸に背中を預けているのだ、と。


そして、玲の存在を確認しただけで、安堵している自分がいる。


その事に自分で気付かないフリをして、見上げた先に映った玲の顔。

いつものように生意気な笑みは浮かんでいなくて、どこか冷たく無表情のまま、怒っているようにも見受けられる。

あたしでさえも、ぞっとするほどの冷たい目をして。


「な…んだよ。おまえ、唯ちゃんの弟…か?」

未だにこの状況が呑み込めていない男は、気の抜けたような声を出す。

それに対して、玲は少しだけ口の端を上げると、フッと鼻で小さく笑う。

「まさか」

「だったら…カレシ?」

「それも違うな」

「じゃあ、なんだよ…」

段々と表情を曇らせながら問いかけてきた男に対して、玲は少し間を置いてから言葉を吐き出した。

「……なんだっていいだろ。あんたには関係ない」

「関係ないって…俺がこれからその身体を楽しむんだ。横から割って入ってきて、あんだよそれ!」

段々男の声に怒りが含まれてきているのが分かる。

それでも玲は臆する事無く、淡々と言葉を繋げる。

「言っとくけど、どんな方法を取ってもあんたじゃこの女は満足させられねえ。コイツの身体は俺しか反応しない…そうだよなぁ、唯?」

そう言って最後笑いを含めた言葉を耳元で聞かせると、後ろから抱きしめるように腕をまわし、あたしの髪をかき上げるとそのまま首筋に唇を這わせて耳朶を舐めた。


「んっ…ちょっと…やめっ…て…」


信じられないくらい反応をみせるあたしの身体。

先ほどとは全く違って、玲の唇が首筋を這っただけで肌が粟立ち口から吐息が漏れる。


なん…で…


玲はあたしのこの様子に満足そうに小さく笑うと、あたしの肩に顎を乗せて、どうだと言わんばかりに視線を目の前の男に向けたようだった。

玲に触れられても避けようとしないあたしの姿に、男の顔が見る見るうちにシワを浮かべて歪んでいく。

屈辱感を味わわされたような、プライドを傷つけられたような表情(かお)。

更に追い討ちをかけるように、玲は一旦後ろに立ち尽くしている先ほどのお色気ムンムンの女に視線をやってから、また視線を前の男に戻して呟く。


「あんただって、ヤれりゃどんな女でもいいんだろ?だったら、そこに突っ立ってる女を譲ってやるよ。あの女も誰でもいいんだと。さっき得意げにヤった数を教えてくれたよ。よかったじゃん、お互いに不発に終わらずに済んで」

「なっ!?」

「猿轡に両手縛り?あちらのおねーさんも、そういった変態プレイがお好きなようだから、ウマが合うんじゃねえの?」

なあ?と、玲が後ろを振り返って問いかけると、その女はビクッと震えてカバンを抱きかかえた。

これに至るまでに、玲に何か言われたのだろうか。

恐怖めいた表情を浮かべて動けずにいるみたいだった。

いや…あたしでさえもぞっとした程、冷たい視線を間近で見せられたせいかもしれない。


この緊迫した空気に誰も動けずにいる中、玲はあたしの肩に腕をまわすと無言のまま歩き出す。

あたしは肩にまわされた腕に押されるように、それでも抵抗せずに歩いた。


「ちょっ…待てよ!」


怒りで真っ赤にそまった顔をした男が、そう大きな声を出しながら玲の肩を掴む。

それに足を一旦止め、視線を男に流した瞬間に、その男の顔が一気に強張った。

一瞬流れた玲からの空気に、男はその内に秘める力量を悟ったのか、それ以上は何も言わずにスッと手を引いた。

そして玲も何も言わずに、再びあたしを連れて歩きだした。



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