*Love Game





……バッカみたい。


あたしは視界の端っこに映る存在に、胸の内で悪態をつきながら目の前の白く濁ったカクテルを煽る。

今日は久々のコンパの話が持ち上がって、特に行きたかったわけじゃなかったけれど、人数が足りないからどうしても来て欲しいと頼み込まれて渋々やってきた。

本当は今日、玲の家に行くつもりだったのに。

勘違いしないように言っておくけど、玲に会う為じゃなくて、アイツのおばあちゃんに会う為に。

あれから何度か玲の家に呼ばれて、夕飯をご馳走になっていたあたし。

最初は嫌々あたしの携帯に電話をしてきて、ばーちゃんが呼べって言うから。と言う玲の姿がおかしくてたまらなくて、からかいついでに行ってやろうってぐらいにしか思っていなかった。

おばあちゃんから玲の情報を色々入手できるとも思ったし?

だけど、玲の家に行く度に、嬉しそうにあたしを招き入れて、たんとおあがり。って色んなおかずを出してきてくれたり、今日の仕事はどうじゃった?って、色々話を聞いてくれるおばあちゃんの事がいつしかあたしは好きになっていた。

温かい雰囲気、小さな体で大きくあたしを包んでくれるような、そんな雰囲気が居心地がよかったから。

「家庭」という空間に、暫く身を置いていなかったあたしには新鮮だったのかもしれない。

だから、玲がいなくてもいつでもおいで。と言ってくれたおばあちゃんの言葉に甘えて今日行こうと思っていたのに。

少し楽しみを奪われた気分で、気乗りしないコンパにやって来たのだけど…

席に座って、目の前に並ぶ面(つら)を一通り眺めてゲンナリする。


ロクなヤツいないじゃない…


まあ、それなりの面構えだとは思う。でも、それだけで中身は大した事はない。

話す内容と言ったら低俗な下ネタばかりだ。

あたしの隣りに座る友人達は、お酒が入ってるのもあってか妙に盛り上がっている。

何が面白いのかと一人ため息を漏らしつつ、ふと何かに呼ばれるように飛ばした視線の先に、ある見知った姿が映って、ギョッとした。


……玲!?


一歩先にあたしに気付いていたらしかった玲は、眉間にシワを一瞬寄せて目を細めた。

なんでお前がここにいるんだ。と言うような視線であたしを見てから、そのままあたしの周りに座る人物達を流し見て、口の端を微妙に上げてから更に目を細める。


なによ、その目。男アサリでもしに来たのかって言いたいわけ?

あんたと違って、あたしはそこまで切羽詰まってないわよ。


そんな意味合いを込めて視線を送り返し、ふん。と、鼻を鳴らしてタバコに火を点ける。

あたしは玲の家に行く度に、ここぞとばかりにヤツの身体を弄くり倒してやった。

それこそ爆発する寸前の所までね。

玲は平静さを装っていたけれど、健全な男なら欲求不満が溜まってもおかしくはない。

ましてやヤツは血気盛んな高校生の男。

たまったもんじゃないでしょうね。

だから女アサリ?あたしに手を出せないもんだから、どの女ならぶち込めそうか必死なワケだ。


クスクス…可哀想。

せいぜい満足出来ない身体に搾り取ってもらえば?

あんたの前に座る子はみんな、あんたに抱かれたくて目をギラギラさせてるみたいよ。


そんな事を思いつつ、心のどこかでこの状況を面白く思っていない自分がいるのに気付く。

何が?と、自分に問いかけても、漠然と「面白くない」としか浮かんでこなくて、自分の吐き出したタバコの煙を追いながら、視界に映った光景に俄かに自分の眉間にシワが寄る。

向こうの席では、コンパ恒例の席替えが行われたようで、玲の隣りにお色気ムンムンの女がべったりと寄り添うように座っているのが見えた。

ちょうどその女に引っ張られるように玲が耳を寄せる体勢になった時、ヤツと視線が合ったような気がして慌てて視線を逸らしてしまう。


なんであたしが慌てなきゃいけないワケ?


玲はそれからあたしに当て付けるように、隣りに座る女と囁き合って笑い合う。

直接見なくとも、視界の隅っこに映る姿で、ヤツが意識的にコチラに視線を飛ばしているのは分かる。


……バッカみたい。

他の女とイチャつく姿を見せつけて、あたしに嫉妬心でも起こそうって事かしら?

高校生が考え付きそうな事だわね。

陳腐すぎて笑っちゃう。


あたしは鼻先で小さく笑って、また新しいタバコに火を点けて煙を吐き出す。


「ねえ、唯ちゃんって結構ヘビースモーカー?」

「は?」


いつの間にコチラも席替えをしたのか、あたしの隣りにはニヤけた面をした男が座っていた。

このメンツの中では、一番整った面をした男だ。

結構遊んでるわね…この男。そう、直感的に悟る。

怪訝そうに眉間にシワを寄せると、相手はそれに臆する事無く更に話かけてくる。


「何か仕事で嫌な事でもあった?すごい勢いでさっきからタバコ吸ってるけど…気分悪くならない?」

「別に」

「そう?さっきからイライラしてるように見えたからさ。仕事で嫌な事があったんなら、俺でよければ聞くけど?」


イライラしてた…あたしが?

どうしてあたしがイライラしなきゃいけないワケ?


そう思いながら、タバコの煙を吐き出しつつ、灰皿にそれを押し付けようとして、既に言われたように結構な量の吸殻がそこに溜まっているのに気付く。


いつの間にこんな…


あたしは大きく息を吐き出してタバコを灰皿に押し付けて火を消すと、目の前のカクテルグラスに口をつける。


「別に…聞いてもらうような話はないわ。イライラもしてないし」

「そうなんだ?よかった。ちょっと話しかけづらかったんだよね、実は。怒ってるのかなぁっとか思ったりしてさぁ。ね、ところでさぁ。唯ちゃんて彼氏とかいたりすんの?」


隣りに座った男は、あたしの返事に安心したのか、急に馴れ馴れしく話しかけてくる。

鬱陶しいと思いつつ、彼氏なんていない。と、素っ気無く答えると、やりっ。と、小さくガッツポーズを見せた。


「こんなに綺麗なのに彼氏いないんだ?もしかして彼氏と喧嘩して機嫌が悪かったのかなぁとかってのも思ってたんだよねぇ」

「彼氏なんて特定の人間は、鬱陶しいだけだからいらない」

「うわーっ。すげーカッコイイ台詞。なんか唯ちゃんが言うとサマになるよね、その台詞も」


男はそう言っていやらしい笑みを浮かべると、そっと身を寄せて耳元に囁いてくる。


――――特定のヤツがいないんだったらさ、俺とかでも…相手してくれたりする?


それは遠まわしに、今晩俺の相手してよ。と言うニュアンスが含まれていることはわかっている。

いつもなら、まあコイツでも楽しめるか。とか思いながら、適当にその言葉に乗っかってやるんだけど。

正直、今日に限っては全然乗り気じゃなかった。

このコンパ自体、あたしの楽しみを奪われた気がして気乗りしなかったんだから。

だけど、それとは別の何かがあたしの「ソノ気」を無くさせている気もする。

一体なんなのよ…


玲のおばあちゃんの優しい笑顔を思い浮かべつつ、それに重ねるようにつと飛ばした視線の先。

それを見た途端、思わず自分の顔からニヤリとした笑みが漏れてしまう。


なあに?その表情(かお)。

もしかして、あたしを煽るつもりが逆に煽られちゃったのかしら。

やっぱりいくらスレてるって言っても、所詮は高校生のガキね。

あからさまに表情に出てる。

玲…気付いてる?

あなたの今の表情(かお)、大事なオモチャを取られたって時の顔をしてるわよ。

確か、身体からじっくり犯してやるって生意気なこと言ってたわよね。

先に犯されちゃったのはそっちなんじゃないの?

ねえ、どうする?

あなたの中で群を抜いた身体が他の男に取られちゃいそうよ?


あたしは胸の内で、クスクス。と、笑いながら、挑戦的に視線を飛ばす。

きっとヤツにも、あたしが隣りの男から何を囁かれたのかっていうのは分かるはず。

だからその表情(かお)を見せたんだものねぇ?

視線の先の玲は、何かを考えるように下唇の端を少し噛んで視線を斜め下に落とす。


どう出てくるのか楽しみにしてるわ…玲。


あたしは気付かれないように口の端を上げると、隣りの男に囁き返した。

「いいわよ。今晩、相手してあげる」



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