*Love Game Side-Rei





なんでアイツが関わると、俺の思い通りに事が運ばないんだよ!


俺はイライラっと込み上げてくる感情を、理性で何とか落ち着かせていた。

大いに楽しみ出していたハズの俺。

ところが自分では気付かないうちに、俺の調子はまた狂いはじめていたらしい。

それはアイツが隣りに座っていた男から何か囁かれたのを見た辺り。

男が何を囁いたのかなんて、聞かなくとも大体の想像はつく。

そして、唯がどう返事をしたのかも。

それを見たところで何も感じないハズだった。

あんなヘボい男に抱かれて、哀れみさえ感じてやるぐらいの余裕があるハズだった。

だけど…


なんだよ…お前のその表情は…


視線の先に映った唯の顔。

それはまるで勝ち誇ったような、ほくそえんだ表情を浮かべてこちらを見ていやがる。

それはつい今しがたまで自分が浮かべていたそれと同じものだ。

その表情の意味が俺には分からなかった。

何故、唯がそんな表情を浮かべることができるのか、と。

先ほどまでの唯の様子から考えると、俺の方が有利に事が運んでいるハズだった。

唯のことだ…あんなヘボい男の誘いに乗ったのは俺へのあてつけの為だろう。

だけど俺を煽るためだとしても、あんなにもハッキリと一変させるなんて、向こうに何かしらの勝算が得られたからだ。

何故だ…

じっと視線を唯に向けたまま、暫くそんな事を考えてると、隣りの女がコソっと俺に耳打ちをしてくる。


「ねえ…あっちの席に座ってる女の人って…玲クンの知り合い?」

「え?」

「もしかして彼女とか…」

「は?」

思ってもみなかった言葉に、思わず訝しげに自分の眉を寄せてしまう。

「あ、違うならいいんだけど。ずっとさっきからあっちばっかり見てるし、なんか今の玲クン、もの凄く複雑そうな表情してあの人の事見てたから。もしかして彼女とかで、隣の男の人にヤキモチ妬いてるのかなぁ、なんてちょっぴり思っちゃって…」

まぁ、あの人が玲クンの彼女でもあたしは全然関係なく楽しめるけど。と、ワケの分からない事をほざき、身を寄せながらそっと手を俺の脚に添えてくる。

その手を払いのけたい衝動を何とか堪え、女から言われた言葉を頭の中で反復する。

この女が俺を見て、そう取れたというならば、唯だって同じように取っただろう。

だからあんな表情を見せやがったのかと、ようやく合点がいく。

だけど、理解しただけで納得などできるはずがない。


この俺が、複雑な表情(かお)をしてアイツを見てただと?

隣りの男に嫉妬心を抱いていただと?

冗談じゃねえ。そんな事があるハズないだろ。

俺はそんな感情など持ち合わせていない…

誰かに執着する気持ちなど、とうの昔に捨て去ったことだ。

執着すればするほど、捨てられた時に受ける絶望感は誰よりも俺自身が知っている。

母親に捨てられ、父親に見捨てられ、そのことで仲良くしていた小学校の友人にさえ罵られた。

だからあの時に全て捨てたハズなんだ。

誰かを信じることも…誰かを愛することも…

たった一人、俺を護ってくれたばーちゃん以外は。


俺は視線を床に落とし下唇を少し噛んで、僅かな間自分の殻に閉じこもる。


――――嫉妬心


確か以前にも自分の脳裏に浮かんだこの言葉……そうだ。街で唯が男に迫られてるのを助けてやった時だ。

いつもなら素通りするハズの場面に事もあろうか自分から首を突っ込んだ、あの時。

嫉妬…この俺が?

唯に言い寄ってくる男にこの俺が嫉妬心を抱いた?

この俺が唯に特別な感情を抱いているとでも言うのか…

冗談じゃない。

ぜってぇ、認めない…そんな事。


ムシャクシャする…何もかもが気にいらねぇ。

自分の中に渦巻いてることも、あの唯の挑戦的な視線も。


――――どうする、ボーヤ?あたしが他の男に取られちゃうわよ。


そんな声が乗っていそうな視線だった。

だから?

別にそれならそれでいいんじゃねえの?

俺には関係ない事、唯が誰に抱かれようが知ったことじゃない。


あの挑戦的な唯の視線…俺がどう出てくるか楽しみにしてるってところだろうけど。

俺が2人の間を割って引き止めるとでも思ってるのならとんだ見当違いだ。

唯は俺にとってなんでもない。

ただ、少しばかり上玉の女…それだけだ。


そう自分に言い聞かせるように目を閉じて頭(かぶり)を振る。

全てを否定的に捉えたけれど、このあとその思いが覆されることになるとは、この時の俺は思ってもいなかった。


ムシャクシャする気持ちを抱えたまま、完全無視という形を取って俺は唯の出方を見ることにした。

動くならお前の方からだ…唯。

俺の背後を男に肩を抱かれたまま通り過ぎる唯。

気配だけを感じ取り、2人の後姿にそっと視線を送る。

ヤツはコチラを振り向きもせず、男に誘われるがままに歩いて行く。

それにさえも、何故か苛立ちが募る。


コンパで一緒だった連中が、それぞれに散らばって行くのと一緒に、俺も隣りにいた女の腰に手を添えたまま歩き出す。

あとで感想聞かせろよ?と言う、連れの冷やかしを耳元で聞きながら。

それに愛想笑いで返し、女の耳元に、どういう場所がいい?と囁くと、締まりのないニヤけたツラを浮かべて、どこでもいい。と、返してきやがった。


どこでもいいじゃねえよ…尻軽女め。


夜の賑わいを見せる繁華街の細長く一直線に続くこの道。

俺が歩く随分先に、肩を抱かれて歩く唯の姿が見える。

隣りからは浮かれた女の、はしゃぎながら、今まで出会った中で玲クンが一番〜♪などという、猫なで声が聞こえてくる。

まだ、この時の俺はいつも通りだった。

ムシャクシャしつつも、唯のこの先の行動を想定しながら、仮面をつけていられたのだから。


「クスクス。そうなんだ?なんか、嬉しいなぁ。おねえさんぐらい美人だと、色々男が寄ってきて大変でしょ」

「そうなの。鬱陶しい男が多くって、困ってるのよねぇ。可哀想だから一応は相手してあげるんだけど、全然でさぁ」

「そうなんだ。何人ぐらい相手してあげたの?」

「ん〜。何人だったかなぁ…あとからあとから来るから覚えてられなくってぇ…」


そう得意げに返事を返してくる女に、記憶の奥底に残る母親(あいつ)の面影が重なって虫唾が走る。


いい気になってんじゃねえよ。

たかがヘボい男に言い寄られたぐらいで。

こういう女がいるから、親父みたいにバカな男が騙されるんだ…


そう思いつつ、大変だね。と、心にもない事を返すと、そうなの!と、また得意げに今までの遍歴などを語り出す。

顔がいいだけでテクが全然ない男が多かったとか、アブノーマルで攻められて困ったけど、あれはあれで結構ハマったなどと。

コイツの頭の中は男とのセックスしかないのか、と、俺さえも思うほど次から次へと聞いてもいないのに話し出す。

唯へのあてつけの為だけに選んだようなこの女だけど、正直それだけの為でもこの女を選んだのは間違いだったと後悔した。

唯のことが無ければ、絶対に選んでいない女だ。


クソッ。めんどくせえ…

なんで俺がこんな女を使ってまで、躍起になって唯に対抗しなきゃなんねえんだ。

ここまで必死になる理由が俺にはないハズだろ…

それに、こうして唯の後を追うような形でこの女と歩いているけど、一体この先俺はどうするつもりなんだ。

もし、唯があのまま何も行動を起こさず男とホテルにしけこんだら?

それを見届けて……で?


最初からこの女とヤるつもりなど毛頭ない。

あの男から唯を奪って…なんて、アイツの思い通りにしてやるつもりもない。

だったら何故自分はこの女とホテルに向かって歩いているのか…。

自分の無意味な行動に、呆れて苦笑が漏れてくる。


なにやってんだ、俺は。


小さくため息を吐き出し、気分が変わったから今日はやめる。と、やんわりと口から吐き出そうとした瞬間だった。

随分前を歩いていた唯が隣りの男に引き寄せられ、コメカミ辺りに唇を押し当てられて立ち止まる様子が視界に映る。


プツン…


俺の中の何かが切れた。

正直言って、それからのことはあまりよく覚えていない。

急激に押し寄せる感情に押されるように、俺は一点だけを見据えて歩き出す。


焦燥感…?喪失感…?


遠い昔に捨て去ったハズの感情に、駆り立てられるように動いていた。


……俺からまた大事なものが奪われて行く。

……俺の傍からまた誰かが離れて行く。


封印していた感情がまた再び呼び起こされようとしているのを、自ら中に押し込めて気付かないフリをした。

俺はもう、あの頃のガキじゃない。

感情も何もかも捨てて生きてきたんだ。

何にも囚われない、何にも執着しない…心を頑なに閉ざして生きてきたのに。


なんなんだよ、一体!!

なんで俺はこんなにも焦ってんだっ。

なんでだよ…クソッ。


急に腰から手を離し、無言で歩き出す俺を不審に思ったのか、女が窺うように後ろから追いかけてくる。

「え、ちょっと待って。ね、ねえ…玲クン!急に…どうしたの?」

「……………」

「ねぇ、玲クンってばぁ。聞いてる?どうしたの、急に…怒ってるの?」


「うるせえ…お前はもういらねえから失せろ」


今までの声とは一変して、低く唸るように呟くと、女の顔が凍りつく。

それでもお構いなしに歩き続け、唯に辿り着くまでにあともう少しのところで、まだ後ろからついてきていた女が、俺のシャツの裾を引っ張った。

「え…なん…で?何か悪いことでもした?ねえ…なに怒って…ひゃっ?!」

俺は一旦立ち止まり、俺のシャツを掴んだ手を払いのけ、そのまま女の顎を掴んで冷やかな視線で見下ろす。

「お前はもう、いらねえって言ってんだよ。用済みだ…失せろ」

「え…で、でも…」

「聞こえなかったのか?いらねえって言ったんだ。お前はただの手駒にすぎねえんだよ」

「手駒って…」

恐怖からか、女の目に薄っすらと涙が浮かんでいるのが見て取れる。

それでも俺は表情を変えることなく言葉を繋ぐ。

「俺がお前のような尻軽女を相手にするワケねえだろ。ヤった数を得意げに言いやがって、バカ丸出しだってのがわからねえのか?ぶち込まれた数が多いほどいい女だって思い込んでるヤツほど、ロクでもない女が多いんだよ…お前みたいにな」

「そんな…」

「とっとと失せろ。これ以上俺に声をかけてきやがったら、何するか分かんねえぞ」

刺すような視線を向け、俺は突き放すように顎から手を離すと、その場に立ち竦む女をそのままに体を翻して歩を進める。

唯側もまたモメているようで、視線の先には体を突っぱねて抵抗する唯を、無理矢理に引っ張って連れて行こうとする男の姿が映った。

それを見て、またカッと自分の頭に血が上る。

理性では抑えきれない感情だった。


――――俺の…


そう一瞬浮かんだ言葉は、「無」に近かった俺の頭には残る事はなかった。

その男から奪い返すように、唯の手を引き腕の中に納める。


「……この女、俺が貰うから」


一番したくなかった行動だ。

自分でもおかしくて笑いが込み上げてきそうなこの行動に、唯は自分の思い通りになってさぞかし気分がいいだろうよ。

そう思って、俺の声に反応して見上げてくる、ほんの僅かに見せた唯の表情に、一瞬視線が止まる。

その表情は、俺をあざ笑うでもなく、ほくそえんでるでもなく、心底ホッとしたような表情に見えた気がした。


「な…んだよ。おまえ、唯ちゃんの弟…か?」


目の前の男の声で、ハッと我に返る。

そして瞬時に幾分か取り戻した理性をフル回転させて平静さを装う。

「まさか」

「だったら…カレシ?」

「それも違うな」

「じゃあ、なんだよ…」


――――ただのセフレ。


そう簡単な言葉で済ませられるハズなのに。

何故か俺の口からはそう出て来なかった。

そう口にする事を拒んでいる自分がいる事に戸惑っている俺がいる。


「……なんだっていいだろ。あんたには関係ない」


俺の何かが狂ってる。


「言っとくけど、どんな方法を取ってもあんたじゃこの女は満足させられねえ。コイツの身体は俺しか反応しない…そうだよなぁ、唯?」


こんな、自分のモノだと主張するかのように、行動に移している事も。

唯の体を後ろから抱きしめるようにまわした腕に力が篭った事も。


全てが唯によって狂わされて行く。


初めて出会った時からずっと……


俺の中で保たれていたモノが、少しずつ音を立てて崩れはじめていた――――



←back top next→