*Love Game





「ねぇ…美味しいお店に連れて行ってくれるんじゃなかったっけ?」


自分の背後からイヤミったらしく、はぁ。とため息を漏らしながら玲のそんな声が聞こえてくる。


そう…その予定だった。

あの場所から数歩歩き出すまでは。



「し、仕方ないでしょ?残金が無かったから、ATMでお金をおろそうと思って向かってる途中であんな事があったんだから…」

「ふぅん。だから唯の家まで連れてきて、手作り料理でもご馳走してやろうって事?」

「えぇそうよ?有難く思いなさいよね…この家に誰かを上げる事なんてないんだから」

「へぇ〜…誰も上げた事ないんだ?じゃあボクが初のお客様って所かな?」



誰がお客様だ…誰が!

大体、あんたのようなガキに『様』なんて生意気につけてんじゃないわよ。



と、心の中で思いつつ、表ではいたって平然とした表情(かお)を作っているあたし。

残金が心もとなかったあたしは、『ご馳走してやる』と言った手前、それを撤回することも出来ずに、悩んだ挙句こいつを自分のマンションへと連れて来た。

誰も連れて来た事のないこの部屋。

唯一あたしが『あたし』でいられる場所。

どうしてその場所に玲を連れて来たのかと言うと、ただ持ち合わせが無くATMから程遠い場所へと歩いて来てしまっていたからと言う理由だけ。

家に帰れば冷蔵庫の中に何かしら材料があるだろうと思ったし、こいつ如きに高いお金を払ってご馳走なんてしてやらなくてもいいんじゃないか。と思い返したのもあって。

冷蔵庫の在り合わせで作った料理で充分よ…玲には特に。



そう思っていたのに………。



あたしは、玲の大体の反応を予想しながら、はい。と無造作に今作り上げたモノをテーブルに置く。

案の定、玲は、長いなが〜い沈黙のあと、大きなため息とともにお皿に差し込まれているスプーンを手に取る。


「…なにコレ?」

「な、なにコレって…見りゃ分かるでしょうが。どっからどう見てもカレーライスでしょう?」

「だよねぇ……レトルトの」

玲は片肘をテーブルについてその上に顎を乗せたまま、スプーンの先でルーを弄りながら、ククク。と含み笑いを漏らす。


…なによ。仕方ないじゃない……冷蔵庫の中身も空っぽだったんだから。


「唯ってさ、ホントは料理できないんじゃないの?」

「バ…バカ言ってもらっちゃ困るわよ…材料さえあればなんだって出来るっての。あんたみたいなガキにあたしの手料理を食べさすなんて100年早いのよ。あんたにはレトルトのカレーで充分でしょう?ほら…早く食べなさいよ」

「いいよ?そんな意地にならなくても。出来ないなら出来ないって正直に言えばさ」

未だにおかしそうに、ククク。と笑い続ける玲に対してむかっ腹が立ってくる。


だから、できるっつってんでしょうがっ!!


あたしは、ふん。と鼻を鳴らして自分の席に座ると、ガッとスプーンを皿の上に滑らせ、ムカムカと込み上げてくるモノをカレーライスとともに喉の奥に押し込む。

「でもさ。唯の部屋って…ホントこれでもかってぐらい何にもない部屋だよね」

玲はスプーンを持ったまま物珍しそうに部屋を見渡す。

1LDKのこの部屋には、必要最低限のものしか置いていない。

寝るためのベッド、ただついているだけの見もしないテレビ、食器棚、小さな2人掛けのダイニングテーブル。

寝る以外、殆どこの部屋で過ごすことのないあたしには充分過ぎるほどモノが揃っていると思うけど。

「人の部屋をジロジロ見ないでよ。変態」

「ぶっ!変態って…この部屋に連れてきたのは唯のクセにそういう事いうんだ?ふ〜ん…」

「なによ…」

「………ガキ」

「なっ!?」


今、なんつった?

ガキって…このあたしに向かってガキって言った?今。


玲の言葉に、カチンと頭を小突かれて一言言い返してやろうと息を吸ったと同時に、どこかから携帯の着信音らしき音が漏れてくる。

それに反応をしたのは玲の方。

彼は徐にズボンのポケットから携帯を取り出すと、もしもし?と、少し声のトーンを落とす。

先ほどあたしの家に入る前に、どこかにコッソリと電話をしていたらしい玲。

その相手は女で、催促の電話でもかかってきたのかしら?なんて思っていると、玲の表情がみるみる陰り曇っていく。

「あぁ、坂田さん?…え、今はちょっと外なんですけど…はい…えっ!?ばーちゃんがっ!!…」


……おばーちゃん?


玲の口から漏れたその言葉に首を傾げていると、話し終えた玲が携帯を切るや否や慌てた様子で立ち上がる。

「なに…どうしたのよ急に…」

「ちょ…悪い…すぐ車出してくんねーかな…」

「は?」

「いいからっ!早く!!」

先ほどまでの姿とは全く違う玲の言動。

つい今しがたまで嫌味ったらしい笑顔を浮かべていたその表情は、少し強張っているようにも見受けられる。

それに目をぱちくりさせながら半ば強引に玲に手を引かれ、あたしはマンションを連れ出される。

そしてわけの分からないままあたしは玲を乗せて車を走らせた。




玲に言われるがまま車を走らせ、自分のマンションからそう遠くない場所にある古い民家が立ち並ぶ場所へとやってきたあたし。

その中でも少し小さめの平屋の前で車を停めると、玲は何も言わずに助手席を飛び出し中に入っていく。


どこ…ここ…


そう思いながら、なぜかあたしもつられるように車を降りると、玲のあとを追って家の中に入った。


「ばーちゃんっ!椅子から落ちたって…大丈夫なのかよ」

「あぁ、玲。んな血相変えて帰ってこんでもええのに…ただちょっと棚の上のものを取ろうとして転んだだけじゃって。大したことあらせんのに坂田さんが大層に玲に電話しはって…」

「あーもう。坂田さんから電話もらってすげー心配したって…棚の上のもんは俺が取るからっていつも言ってるだろ?」

玲は安堵のため息を漏らしながらその場にしゃがみ込み、ちょこんと椅子に座る小さな存在を見上げる。

白髪のとても小柄なその人物は、見るからに優しそうな顔つきで、「おばーちゃん」という呼び名が相応しい風貌。

あとから追いかけてきたあたしは、この状況を把握できないまま暫くその場に突っ立っていた。


ばーちゃんって玲が呼ぶって事は、この人は玲のおばあちゃん?

……ってことは、ここは玲の家ってこと?


「おや。そちらの可愛らしいお嬢さんは玲のお友達かね?」

入り口付近で突っ立っているあたしに気付いたおばあさんは、ニッコリと微笑みながら声をかけてくる。

「あぁ、彼女は…連れの姉貴」

あたしよりも先に口を開いた玲。

振り向きあたしを見上げたその目は、なんでお前がここにいるんだ。と言わんばかりに細く貫くように冷たい。


なによ、その目。

無理矢理連れてきたのはあんたの方でしょう?

ったく。自分の姉貴の次は連れの姉貴ですか…。

あたしは一体何人の弟ができるんでしょうかね。


「そうかね。あの、いつも玲がお世話になっとります。わざわざ玲をここまで送ってくだすったんですか?」

「え?…えぇ…まぁ」

「そりゃえらい申し訳ないことしましたなぁ。大した事あらせんのに、近所の坂田さんが玲に電話したばっかりに…大したお礼もできませんけど、ゆっくりしてってくださいね?」

そう言ってにこやかな笑みを向けてくれるおばあさんに対し、玲はそれをさせまいと、目を細めてあたしを見たまますかさず遮ってくる。

「ばーちゃん、いいって。この人には送ってもらっただけだから…それにホラ、晩飯の途中だったし帰って食うよね?」


その目……さっさと帰れってことね。


いい度胸してんじゃない。

このあたしを足代わりに使って、用が済んだらさっさと帰れって?

あーそう。覚えてらっしゃいよ、玲。

このお礼はたんまりと払ってもらうから。


そんな意味合いを込めて玲を睨みつけながら、言葉を発しようと口を開いたと同時にもう一つの声が重なる。

「こら、玲。なんちゅー言い方をするんや?ワザワザ送ってくだすったのに、そんな言い方はあらせんだろう?人にしてもらった事に対してはきちんとお礼をせないかん。そう、いつも言ってるじゃろうに…。あの、お嬢さん?夕飯が途中ならお腹がすきなすったじゃろ。お口に合うかわからしませんけど、よかったらうちでご飯食べて帰ってください」

「いや…あの…」

「ぎょーさん作ってありますさかい、遠慮のう食べて帰ってくださいな。ちょっと前に玲が夕飯いらん言うて連絡して来たさかいに明日にまわそうおもてたところじゃったんよ」

そう言って、おばあさんは可愛らしくクシャクシャっと顔を崩して笑う。


もしかして、玲があたしの家に入る前に電話してたのって…おばあちゃんに?


「ばーちゃん…」

「ホラ、玲。そんなところでボーっとしてないで、食卓の用意せんかいな。おまえも途中だったんなら食べるじゃろ?」

「まあ…食うけど…」

おばあさんの言葉に、玲は渋々腰をあげて食事の用意をし始める。


おかしくてたまらなかった。

あそこまで憎ったらしいクソガキが、おばあさんの前ではこんなに素直な子になるなんて。


なによ…ちょっとは可愛らしいところがあるんじゃない。



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