*Love Game Side-Rei





俺は学校から一旦家に帰り、私服に着替えて夜の街を一人あてどもなくふらついていた。



ここ数日、具合があまりよろしくない。

いや…体的にはいたって健康で、何の問題もないのだけれど。

……だったら何がよろしくないのか

それは、先日から俺の頭の中を占める、ある一人の人物の事が原因で。

歳は俺より6つも上で、気が強くて負けん気も強くて、それでいて極上の女。

…そう、桜田唯。

あいつと出会ってから、どうも調子がよくない。

気付けば唯の事ばかりを考えていて、浮かんでくる事と言えば、唯の艶めかしい表情(かお)ばかり。

一人の女の事を考えるなんて、俺らしくない。



なんだってんだよ…これじゃまるで俺が唯に気があるみたいじゃないか。

そんな事絶対ありえねぇ。

あって堪るかそんな事。

俺は親父みたいな人生を送るのなんて真っ平ごめんなんだ。

一人の女に翻弄されて、人生をも滅茶苦茶にされる事なんて…。




――――…俺は絶対誰も愛さない





繁華街まで辿り着き、足を止めて何故かため息一つ。

そして、ふと呼び寄せられるように飛ばした視線の先にある光景が映る。


ずっと頭の中を離れないでいる存在が…視線の先に。


唯が罵声を浴びせながら身を捩って逃れようとする姿と、そうさせている不敵な笑みを浮かべた俺よりも少し大柄な男の姿。

それを見ただけで、俺は無意識に行動に出ていた。



そう…何も考えずに。



「ねぇ…この女性(ひと)をどこに連れて行こうっての?」



俺は唯の腕を掴んでいた手をねじりあげて、ニッコリとした笑みを浮かべる。

視界には、驚いたような唯の顔と苦痛に顔を歪めた男の顔が映る。



この時の俺もどうかしていたらしい。

自分の中から込み上げてくる言いようの無い感情に突き動かされるように、唯を掴んでいた手をギリギリと徐々に力を入れるように締め付ける。


「おっ…おまっ。誰だよっ!」

「ボク?別に誰だっていいでしょう?おねーさん、嫌がってるじゃない…弱いものイジメはよくないと思うけど」

「けっ!ガキがナメた口きいてんじゃねぇよ!!大人の会話に首突っ込んでんじゃねえよ」

「ふぅん。唯を一度もイカせられないクセに、お兄さんも随分な口利くんだね?」

「お前…唯って…この女と寝たってのか?」

「だったら?」



俺は表情を崩す事なく、手の力を弛める事もせずに、淡々と言葉を発する。

すると、男の方も苦痛に顔を歪めながらも、口元をニヤリと上げてくる。



「はっ…こんなガキと寝るなんてな。唯ちゃんも相当欲求が堪ってんだな」

「なっ?!ちょっと…なによ、その言い方!!」

「だってそうだろう?普通の男じゃ食い足りずに、こんなガキにまで手を出すなんて…正気の沙汰じゃねえよ」

「あっ…あんたね…」

「ねぇ…そういう言い方、すげームカツクんだけど。唯はともかく、ボクまでバカにされた気分になる」

「玲、あんたねぇ!あたしはともかくってどういう意味よ!!」


唯の言葉にクスクス。と小さく笑いながら、俺の手を振り解こうと、もがく手をまた更に力を入れて締め上げる。


「イテテっ!…このっ…手を離せよ!!」

「お兄さんが謝ったら離してあげるよ?」

「ふんっ…何で俺が謝らなきゃなんねんだよ」

「ボクをバカにしたからね。それと…二度と唯にも近づかないって誓ってよ」

「お前…唯ちゃんに惚れてんのか?」

「あははっ!まさか…惚れるわけないでしょう?」

「だったら…何でこんなマネすんだよ!」



なんで…?

俺だって分かんねえーっつうの。

いつもの俺ならこんな場面なんて、素通りする所。

なのに、体が勝手に動いたんだ。

俺だって知りてーよ



…どうしてこんな行動に出たのか

…どうしてこんなにも腹の底から面白くねぇのか。



「別に…お兄さんには関係ないでしょう?」

「さっきから…イチイチしゃくに触る言い方をしやがって!このヤロっ!!」



男は俺が掴んだ手とは反対の腕で突然殴りかかってくる。

それを寸前の所で交わして間合いに入ると、クイッと体を入れ替えてヤツを背負い投げて地面にねじ伏せる。

そして、同時にポケットからあるものを取り出してヤツの首元に当てた。

ヒヤっとした感触がヤツの首にも伝わったのだろう、途端に男は顔を真っ青にすると、恐怖めいた眼差しで俺を見上げてきた。



「っひぃ!…おまっ…それ…」

「クスクス。ちょっとでも動くと怪我するよ?コレ、小さいけどお兄さんの首を掻っ切るくらいできちゃうからね。別にこんなもの使わなくても素手で倒せちゃうんだけど…お兄さん、聞き分けなさそうだから」

「おっお前…どうしてこんなモノを…」

「そりゃ、護身用の為にね。最近、世の中物騒だからさ…自分の身は自分で護らなきゃ」

「れっ…玲…あなた…何やって…」


俺のこの行動に、一瞬にしてその場の雰囲気が凍りつく。

俺はそれには反応を見せずに、表情を変える事なく男の首に当てたモノを更に押さえつける。



「おぁっ…やっ…やめろ…こっ殺さないでくれ!!」

「だったら誓えよ。二度と唯に近づかねぇって…」


少し声のトーンの落ちた俺の声を聞いて、ヤツの顔色が更に悪化する。


「わっ分かった!誓う!!誓うよ…に、二度と近づかない!だから…頼むから殺さないで…」

「クスクス。目に涙堪ってるよ?じゃあ、許してあげようかな…っと、それと…」

「ま、まだあるのか?」

「もちろん。ボクに謝ってよ、生意気な口を利いてすいませんでしたってね?」

「あっ謝る…生意気な事言って悪かった…だ、だから…許してくれっ!」

「だって、唯。許してあげる?」


力を弛めずに唯の顔を仰ぎ見ると、若干血の気の引いた表情で唯がゆっくりと口を開く。


「何もそこまで…ゆ、許すから…バカな事はやめなさいってば」

「ボクだって人殺しになんてなりたくないからね?いいよ、唯がそう言うなら許してあげるよ」


スッと手にしたものを素早くポケットにしまい込み、力を弛めて立ち上がると、ぜえぜえ。と荒く息を付きながら男が同じように立ち上がり、最後の悪あがきを見せる。



「…の、やろっ!下手に出りゃいい気になりやがってっ!!」



………そう来ると思った。

態度を一変させて、殴りかかってくる男を軽く交わすと、ボディに一発拳を埋めて意識を飛ばしてやった。



言ったろ…素手で倒せちゃうんだけど。ってな。



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