ん〜〜〜っ!あぁぁぁっ!! すっごく幸せな夢だったなぁ…
あんなにリアリティのある夢を見たのは初めてだ。
実際に触れられたわけでもないのに、まだ自分の唇にあの余韻が残っている気がする。
そっと確かめるように指先で唇に触れ、思わずへにゃりと顔が綻ぶ。
えへへ…なんか、思い出すだけでニヤけてきちゃう。
長瀬君の唇が私の唇に重なって…愛しげに見つめられながら、戸田さん、好きだよ。なんて囁かれてしまうなんて。
………きゃ〜〜〜っ!!どうしよう。 夢でもめちゃくちゃ嬉しいよぉっ。
いいのかな…あんな夢を見ちゃって。
いいよね? 夢なんだから、誰にも言わなきゃわからない事なんだし。
えへへへへ…どうしよう。
「あ〜っ、もう! すっごく幸せっ!!」
嬉しさのあまり掛け布団をギュッと抱き寄せて、思わず声を漏らしてしまう。
こんな風に一人盛り上がっているのってちょっと変態さんチックだけど、嬉しいから気にしないもんね。
「……なにがすっごく幸せなのよ、美菜」
突然耳に届いた聞き覚えのある声にギョッとして顔を上げてみると、そこには呆れたような表情を浮かべた恵子の姿があった。
「うわぁぁぁっ! けっ、けっ、恵子っ?!」
「まだ体調が悪いのかと心配で覗きに来てみたら、ニヤけているわ、はしゃいでいるわ…何をやっているのよ、もう」
「あぅぅ…すっ、すいません…」
う〜わ〜…見られてた。
なんか、なんか、すんごく恥ずかしいんですけどっ?!
顔を真っ赤に染めながらバツが悪くて布団で顔を隠すと、恵子が、その様子なら大丈夫そうね。と、おかしそうに笑った。
「ごっ、ごめんね…今日は迷惑をかけちゃって。 午後からは頑張るから」
「いいわよぉ〜。 美菜がいない方が課題が進むの早くってぇ」
クスクスっと意地悪く笑いながら恵子が言う。
あ〜、なんか今、ものすごく痛いところを突かれた気が…
「ぶぅ…そう言われると、何も言い返せないぃっ」
「あははっ!嘘よ、嘘。 美菜の分もちゃんと残っているから、午後から頑張るのよ?」
「はぁ〜い。皆さんの足を引っ張らないように頑張りますぅ…」
「もう、冗談だってば。 あ、そうだ。これから昼食なんだけど、その様子ならもう食べられるわよね? 先生に、大丈夫そうなら連れて来てあげてって言われたんだけど…どう?」
「あ、うん。 多分、大丈夫」
「そう?じゃあ、早く着替えて行こう! あいつらには美菜が来るまで食べるの待てって言ったんだけど、絶対に待っていないから」
「え…あ、あぁ…うん」
トクン…と、一つ鼓動が跳ねた。
あいつらって、柊君と長瀬君の事だよね。
一応、食事は班毎に集まって食べることになっているから、否が応でもそこで長瀬君に会わなければならない。
どうしよう。 私、普段通りに接することが出来るかな。
昨日の事もあるし、夢の事もあるし……長瀬君の前でどんな顔をすればいいのか。
はぁぁ。緊張してきた。
「美菜? ボーっとしてないで、早く制服に着替えて」
「えっ、あっ! は、はいっ」
私は恵子に急かされて慌てて制服に着替えると、彼女と一緒に部屋を出た。
食堂に着くと生徒たちはもうみんな集まっていて、それぞれ各班ごとに座って食べ始めていた。
みんなの食べる様子と鼻を擽る美味しそうな匂いに、自分が空腹なのに気がつく。
そう言えば、朝から何も食べていなかったんだ、私。
なんか、急にお腹が空いてきちゃった。
ただ寝ていただけなのになぁ。なんて、苦笑を漏らしながら恵子のあとについて割り当てられた席に着くと、今まで待っていたんだけどぉ。と言いながら、ほぼ完食に近い柊君と、その隣に食事にまだ手をつけていない長瀬君の姿があった。
柊君…それ、完全に待っていなかったよね。
「やっぱり!食べていると思った。 待っててって言ったのに、どうして先に食べちゃうのよ、直人!もう、完食じゃんっ!!」
「いや、だから。ちゃんと待ってたって、俺! ただ、もう我慢も限界で……ちょっとつまみ食いをしたら止まんなくなっちゃってさぁ」
「もぉ〜っ。信じられな〜い!ちょっとは長瀬を見習いなさいよ! 罰として午後からの課題、直人一人でやってよね!」
「だぁーっ!それは勘弁!! ごめんって、恵子ぉ〜」
そんな二人のやり取りを聞きながら、柊君の隣に座る長瀬君をチラリと見る。
夢のことよりも先に、昨日の出来事が脳裏をフッと過ぎった。
――――戸田さん、俺…
昨日の事を思い出すだけで、トクトクトク…。と、瞬く間に心臓が暴れ出す。
わぁぁっ。緊張するっ!!
どうしよう…どうしようっ! やっぱり、長瀬君の反応が怖いよぉ〜〜〜っ!!
内心ビクビクさせながら、極力長瀬君の事は見ないようにしようと視線を外しかけたとき、彼とバッチリ目が合ってしまった。
ひぃぃっ。逆に逸らせなくなった!!
長瀬君は私と視線が合うと、もう大丈夫?と、優しく微笑んでくれる。
今までと変わらない彼の態度。
嫌な顔をするわけでも冷たくなるわけでもなく、それは私の知っているいつも通りの長瀬君の姿だった。
その姿に、少しだけ緊張が解れた気がした。 顔が紅くなっていくことは止められなかったけれど。
「あっ、はっ、はい…も、大丈夫…です。 二人にも迷惑をかけてしまって…本当にごめんなさい」
「な〜に言ってんだよ、美菜ちゃん! 体調が悪かったんだから仕方ないっしょ? 謝ることねーべ。なぁ、修吾?」
「そうそう。 体調が良くなって何より。よかったね?」
柊君と共にニッコリと優しい笑みを浮かべてくれる長瀬君の姿に、ついこちらも笑みが浮かんでしまう。
なんか、良かった。いつも通りの長瀬君で。
これって多分、気を遣って普段通りに接してくれようとしているんだよね?
だったら、私も気持ちを切り替えて普段通りを心がけなくちゃ。
そう勝手に解釈をして、自分を落ち着かせた。
「ねえ、美菜。私たちも早く食べよ? 長瀬も待っていてくれてありがとうね!じゃ、いただきま〜すっ」
「あ、うん。 あのっ。長瀬君、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
そうニッコリと微笑まれて、内心またホッとした。
私は長瀬君とハモるように、いただきます。と手を合わせてからお箸を持ってお味噌汁の入ったお椀を手に取る。
一口それを口に含むと、ふわっとダシの効いたお味噌の味が広がった。
ん〜っ。美味しいっ♪ もう一口飲んじゃおう。
「しっかし、良かったなぁ。美菜ちゃん回復して。午前中、お兄さんは寂しかったぞぉ〜」
「ホント、ホント。 この三人だと会話も弾まなくてさ、すんごい静かなの!つまんなかったよねぇ?」
「なぁ?修吾がひとっことも喋らねーから余計だよ。 あ!そういえば途中で修吾に様子を見に行かせたんだけどさ、変なことをされなかった?」
「っぐふっ!!」
柊君の突然の言葉に思わず詰まってしまってお味噌汁が横に入ってしまった。
胸をトントンと叩きながら、げほごほっ。と咽こむ私の背中を恵子が、大丈夫?と擦ってくれたけれど、私は当然それどころじゃない。
突然入ってきた臨時ニュースに、頭の中はパニックに陥った。
なっ、なんですとぉっ?!
長瀬君が…長瀬君が部屋に来たですって?!
あれは夢のはずじゃなかったの? え…夢だと思っていたことが夢じゃなかったって事なの??
訳がわからない。 何がどうなっているの??
バクバクバクと心臓を高鳴らせ、真っ赤な顔で真正面に座る長瀬君をチラリと窺う。
動揺する私とは正反対に、長瀬君はいたって平静な態度でお味噌汁をすすってから呆れたようにため息を一つ零した。
「するわけがないだろ…お前じゃねーんだから。 つまらない事を言ってんじゃねえよ」
「とか言って、美菜ちゃんの寝込みを襲ったりしたんじゃねーの? むっつりスケベだかんなぁ、修吾は」
「くだらねぇ。お前のその脳内、どうにかしろよ。 俺は様子は見に行ったけど、覗いただけで部屋の中には入ってねえよ」
お前と一緒にすんな。と、長瀬君がいつものように無表情で言い放つ。
何事もなかったような彼の顔。 その表情と態度に少しホッとした。
部屋に来たのは本当だったみたいだけど、あの夢の内容はやっぱり夢だったんだ?
そうだよね。
長瀬君が私の事を好きだなんてあるわけがないもん。
ましてやキスだなんて、天変地異でも起こらない限り現実としてはあり得ない話。
良かった、あれが夢で。 現実だったらどうしようかと思った。
だけど……長瀬君、わざわざ様子を見に来てくれていたんだ? こんな私の為に。
そう思うとちょっぴり嬉しかった。
あの夢の最中だったら…。という不安もちょっぴりあったけれど。
寝言とか言っていないよね、私?
「なぁんだ!部屋にも入ってないのかよ、面白くねえなぁ。 暫く帰って来なかったからさぁ、てっきり……って、なぁ。恵子?」
「そうそう!直人と二人で盛り上がってたのにねぇ? なんだ、違うんだ?」
残念だねぇ。って言いながら恵子と柊君が顔を見合わせる。
そんな二人の様子を見ながら、何となく、あ…。と、脳裏を掠めた事があった。
――――このお詫びはちゃんとするから…期待しててね!
……もしかして、恵子が言っていたお詫びってこの事?
いや、間違いない。絶対そうだ。
恵子の事だから昨日のバスの時のように、あわよくば的な事を考えたに違いない。
もぉぉ、恵子ぉ。 それならそうと前もって言っておいてよ。
あとから知らされるのって、本当に心臓に悪いんだよ?
知っていたらあんな夢も見ていなかったかもしれないのに……。
あぁぁ…思い出すだけで顔から火が噴き出しそうだよ。
一人あたふたとしている私を置いて、会話は次へと進んでいた。
「あれは角川に様子を見に行くついでに、課題の資料をC組の担任から借りてくるように言われたから遅くなったんだよ」
「ふ〜ん。なんだ、つまんねえの。 可愛い女の子が眠っている部屋に忍び込めるなんてチャンス滅多にないのに勿体無い。 俺だったらそんなチャンス絶対に見逃さねえけどな。我慢出来ずにチューしちゃうね」
「あぁ、さっき俺がいない隙を狙って桂木さんにしたようにか?」
「っんぐっ!?」
サラッと切り返した長瀬君の言葉に、今度は恵子が飲んでいたお水を詰まらせた。
耳まで真っ赤に染め上げて、私たちから顔を背けながら胸をトントンと叩いている恵子。
ふと視線を柊君に飛ばして見たら同じように頬を少し赤らめて、はっはぁ?!と、無駄に大きな声で反応している彼の姿があった。
二人とも、明らかに動揺している事が窺える。
え……まさか、本当に?
「修吾…おまっ、見てたのかよ。 覗きなんて趣味良くねえぞ!」
「は? 何を言ってんだよ、お前。冗談に決まってんだろ」
「なっ?!」
「まあ、お前のその様子からすると当たってたみたいだけど? さすがだな。チャンスは絶対に見逃さないって豪語するだけのことはあるね」
「うっ、うーわ、サイアクっ! ハメられた!! 修吾…おまえなぁ…」
「何がサイアクだ。 お前がつまらない事ばかり言ってるからだろ、バーカ」
「うっ…つまらない事って……恵子ぉ〜…」
「なっ?! しっ、知らないっ! 私に話を振らないでよ、直人のバカっ!!」
長瀬君の言葉に、急に大人しくなってしまった恵子と柊君。
若干驚いた表情で長瀬君を見ると、それに気づいた彼が、仕返し成功!とでも言うようにニッと私に笑ってみせてくれた。
うわぁ…さすがは長瀬君。 私では到底太刀打ち出来ないこの二人を、難なくかわして打ち負かしてしまうなんて。
私だったら間違いなく弄り倒されて終わっている。
そっか。 恵子たちって攻める事は得意でも、攻められる事には弱いんだ?
んふふっ。新発見!!
まあ……それを知ったところで私が活用出来るわけでもないんだけどね。
長瀬君の一言で、会話が思わぬ方向に流れていったけれど、お陰で随分と気持ち的に楽になったような気がしていた。
これならきっと大丈夫。
午後からの課題も変に長瀬君を意識しながらしなくても出来そうな気がする。
うん。普段通りを目指して頑張るんだ、私!!
そう、コッソリと自分に喝を入れてから、笑顔を向けてくれる長瀬君に対してそっと微笑み返した。
2009-06-09 加筆修正
このページは殆ど変更がない…かな。
若干、ちょこまかと行数を増やしていますが(^^ゞ 内容的にはほぼ同じのはず(笑)
なのに何故に纏めるのにこんなに苦労したんでしょーか(謎)
ここはサクッと終わらせたかったのになぁ…