Love Fight < **Kagura's House**

Love Fight


...03

憧れの彼の隣に座れることになったのは嬉しいけれど、何を話したらいいんだろう。

私は今まで誰かと付き合った経験もないし、男の子でまともに会話できるのも柊君ぐらいだ。

一応弟がいるけれど、やっぱり肉親と他人とは違うわけで、男子に免疫がない私にとって会話の糸口を見つけることは困難なことだった。

どうしよう…何か喋らないと…

そう思ってはみても、緊張も手伝って何も出てこない。

どうしよう、どうしようと窓の外を眺めながら悩んでいるうちに、有るまじき欲望が沸々と湧き上がってきてしまった。

あぁ。 乗り物ってどうしてこう…眠くなるんでしょうか。

ゆりかごに乗って揺られているように、ゆ〜らゆ〜ら、ゆ〜らゆ〜ら。凄く気持ちがいい。

暫くその心地よさに身を委ねていると、長瀬君が隣りにいて緊張しているはずなのに、瞼が自然と閉じて体が舟を漕ぎ出す。

あぁ…ダメだよ、寝ちゃ。 せっかく長瀬君が隣りにいるのに

こんなチャンス滅多とないんだから、会話ぐらいしないと勿体無いよ

でもね…今、凄く気持ちがいいの。

みんなの話し声がBGMになって、程よい振動が眠りを誘う。

意識が段々と落ちていくのがわかる。

次第にみんなの声も聞こえなくなって、視界が完全に閉ざされた。

……あぁ、乗り物っていいなぁ

気持ち…いいなぁ……


……………。


一時途切れた意識が再びゆっくりと戻ってくる。

みんなの話し声を耳にしながら、私は無意識に目を擦っていた。

……………あれ?寝ちゃったんだ、私。

ん?でも、なんで視界が横に見えるんだろう。

おぼろげな意識の中、そんな事をボーっと考えながら再び目を擦る。

そして何となく違和感のある自分の頭の下の物体に手をやった。

なんだ…これ? 枕にしては硬いし、肘置きにしては肉厚で太い。まるで人の脚のようだけれど、まさかこんなところにあるわけがない。

え…何、これ?? 黒い布が2本、頭の下から出ていますけれど…

未だ意識が半分戻っていない状態で、ギュっ、ギュっとその物体を掴んで確認していると、突然頭の上から声が落ちてきた。

「戸田さん……くすぐったいんですけど、それ」

「え……えっ?!」

その声にギョッとしてほんの少し頭の位置を変えて見上げてみると、私を覗き込んでいる長瀬君と目が合った。

はい? ちょっと待って。なんで長瀬君が頭の上にいるの?

……いやいや、待って。そうじゃない…今、私がいるこの場所は宿舎に向かうバスの中。

二人掛けの狭い空間で横になっているのは私だから、つまりは…

つまりはコレ、長瀬君のあしってこと?!

ぎえぇぇぇっ!! 私ってば事も在ろうか長瀬君の膝の上に頭を乗せて寝てたのかっ?!

イコール膝枕!!! 嘘だ、嘘だよね?誰か嘘だと言ってくれーーっ!!

一気に覚醒した脳内。 あり得ないくらい猛烈なスピードで心臓がバクバクと高鳴りだす。

私はガバッと飛び起きて、ごめんなさいっ!と声を張り上げる。

すると長瀬君は、いいよ。と小さく笑って見せた。

「すっすいません…本当にごめんなさい! 私、知らない間に寝ちゃって…まだ出発してから10分も経っていないのに」

「あははっ。別に気にしなくても大丈夫だから。 気持ちよさそうに眠ってたしね?」

「はぅぅ…おっ、重たかったでしょう?いくら中身が詰まってなくても…ホント、申し訳ないです…」

「いいって、いいって。寝ていたほうが酔わなくて済むし、気にしないで? まだまだ先は長いから、もう一度寝たほうがいいよ」

そう言ってにっこりと笑う長瀬君。

思わずほろりんと私の口元が緩んだ。

んん〜、なんて優しいんですか長瀬君!もう、美菜感激っ!!……じゃ、なくて。

私は恥ずかしさのあまり、うん。としか答えられなくてそのまま俯いてしまった。

私のバカ…何をやっているのよ、もう。 長瀬君に迷惑かけちゃったじゃない。

それに、せっかく惠子が気を利かせて柊君と席を代わるように仕向けてくれたのに、全然無駄にしちゃってるし……

長瀬君も柊君が隣りだったほうが色々喋れて楽しかっただろうに、申し訳ないことをしてしまったなぁ。

今さらながらに後悔の念が渦巻き、自己嫌悪に陥った。

若干涙ぐみつつ、それでもバスの心地よい揺れに身を任せていると、再び襲ってくる睡魔の波。

自分でもどういう神経をしているのだろうと疑いたくなるけれど、起きていなくちゃいけない!と思うほど意識が遠のいて、ゆらゆらと再び体が舟を漕ぎ始めてしまった。

ダメだって…寝ちゃダメなのよ…しっかりしろっ美菜!!

そう喝を入れた瞬間、ゴンッ!と、体が揺れた反動で窓に頭をぶつけてしまい、軽い衝撃が脳まで走る。

あたっ!!…そうよね、起きろって事よね。うんうん、わかってる…今度は起きているよ、大丈夫。

ぶつけた頭を撫でながら、そう自分に言い聞かせつつも瞼は閉じている私。

知らない間に意識までも手放してしまった救いようのない女だ。


どれくらい眠ってしまったのかわからない。

何度頭を窓にぶつけてしまったのかもわからない。

脳に軽い衝撃が走るたび、眠っちゃダメだと気力を振り絞って体勢を整えてみるけれど、その数秒後には眠りに落ちていた。

そんな動作を繰り返すこと数回。

最終的に、ゴッ!!という鈍い音と共に自分のおでこに今度は激痛が走った。

どうやら運転手さんが軽くブレーキを踏んだときに、ちょうど舟を漕いでいた私の体はそのまま前に倒れこんで、運転席の後ろにある棚におでこを強くぶつけてしまったらしい。 当然眠りこけていた私の脳内は、すぐにこの現状を呑み込むことはできなかった。

「むぅぅっ…」

あまりの痛さに頭を抱えて呻いていると、隣りの席では長瀬君が大笑い。

痛みに顔を顰めながらも、瞬く間に自分の顔が真っ赤に染まっていくのがわかった。

ひゃぁぁぁっ!!はっ恥ずかしいぃぃ。

なんで?何で?? 私ったらどこをどうしたら、前の棚に頭をぶつけられるの!?

もう、やだぁ…穴があったら入りたい!!

「ねえ、大丈夫?…すごい音がしたけど…」

気遣う言葉とは裏腹に、長瀬君の声は笑っている。

「はいぃ…大丈夫…ですぅ…」

答える私の声は言葉とは裏腹に泣きそうな声になっていた。

「いいよ、遠慮しなくても俺に寄りかかって寝てくれれば」

「やややっ!そっ、それはいいです、大丈夫ですっ!! そんな、長瀬君に迷惑をかけるような事はできませんっ」

「別にそれくらい迷惑でもなんでもないから。 っていうか、それ以上何かされたら俺の腹が持たないんだよね」

「え…?」

「もう、さっきから笑いを堪えるのに必死。 さすがに最後のは耐え切れずに笑っちゃったけど……ホント面白いね、戸田さんを見ていると。
何度頭を窓にぶつけても擦りながらそのまま寝ちゃうし、寝ちゃダメ〜って言いながら思いっきり寝てるし?見ていて飽きないよ」

言いながら思い出したのか、長瀬君は、ぶはっ。とまた吹き出して笑う。

ひえぇぇ…そんな事を言っていたのか、私は。

しかも全部見られていただなんて…。 そりゃそうだよね、隣りの席だもん。見られていて当然だ。

もう、どうしようもなく恥ずかしくなった私は両手で顔を隠して俯いた。

「あ〜、もう…本当にすいません…私、ダメなんです…車とかに乗ると絶対に寝ちゃうし、所かまわず窓に頭をぶつけちゃうしで…
いつもこれで惠子とかに笑われちゃうの…だから、電車とかでは極力座らないようにしているんです…周りの人にも笑われてしまうので…」

「あははっ。確かに近くにいたら笑っちゃうだろうね」

「ですよね…はぁ…もう、自分が情けない。 本当にごめんなさい…こんな人間が隣りで。つまらないよね」

「どうして謝るの?つまらないどころか俺は大いに楽しませてもらっているけれど? でも、これ以上笑わされたら明日顔が筋肉痛になっちゃいそうだから、やっぱりこうしてもらおうかな」

そう言って長瀬君は私の肩に手を回すと、クイッとそれを引き寄せる。

その反動でトンと私の頭が長瀬君の肩にあたり、ふわっと彼の腕が頬に触れた。

「え…」

すぐにはこの状態を呑み込めなかった私。

パチクリと瞬きを数回しながら、ボケーっとフロントガラス越しに流れる景色を視界に映していた。

へ?…ってか、へっ?!…何々、この状況。

私、もしかしなくても長瀬君の肩に凭れかかっちゃってますよね。

あの…あの!イケメンツートップの片割れである長瀬君の肩に!?

えぇぇっ!!嘘でしょ? そんな、私がこんな事をしてもらってもいいのでしょうかぁっ!!

突然のサプライズに私の細胞がパニックを引き起こし、体をガッチガチに固めていく。

それを知ってか知らずか、長瀬君は自分の腕を元の位置に戻しながら少し笑い声交じりに小さく囁いてきた。

「ほら、こうしていると窓に頭はぶつけないでしょう?」

「あの…その…えと…でも…」

「あ、もしかして肩の位置が悪い? もうちょっと下げたほうがいいかな」

そんな事を呟きながら、長瀬君はご丁寧にズズッと腰をずらして肩の位置を下げてくれる。

途端にググッと近くなる彼との顔の距離。 心臓が口から飛び出してしまいそうなほどに高鳴った。

もうこれ以上、長瀬君のほうに顔を向けられません…

「戸田さん、この位置で大丈夫? 首、痛くない?」

「だっ、だっ、だいじょぶ、デス…」

「そう?じゃあ、もしもまた頭が窓にぶつかりそうになったら俺がガードしてあげるから、気にせずゆっくり寝たらいいよ」

「あぁありっ、ありがとう…ございます…」

そう、言葉に詰まりながらお礼を言ってみたけれど……こんな状況で眠れるわけがないじゃないですかっ。

カチンコチンですよ、私のカラダ。

さすがの私でもこの状況じゃあ眠れませんって。

だけど…

いいのかなぁ。長瀬君にこんな事をしてもらっても…

彼のファンが知ったらきっと恨まれるだろうなぁ、私。

それに、長瀬君も迷惑じゃないのかな…私なんかに肩を貸して。

いや…長瀬君ほどモテる人は、こういった事にも慣れっこなのかもしれない。

私みたいにアップアップにならないし、女の子の扱いにも慣れていそうだもんね。

長瀬君がいいって言ってくれているんだから、ほんの少しその言葉に甘えてもいいのかな。

ほんのひと時だけ…こうして肩を貸してもらって、幸せを感じさせてもらってもバチはあたらないよね?

私は長瀬君から漂ってくるとってもいい香りに包まれながら、ほんのひと時の幸せを秘かに噛み締めていた。


*** *** ***



……誰だ。 さすがの私でも眠れないと言ったのは。

もうっ、思いっきり眠れちゃってるじゃないっ!!

絶対に眠れないと思っていたのに、着いたからみんな起きろ〜っ。という角川先生の声でハッと目覚めた私。

瞬間、軽く自己嫌悪に陥った。 どんな図太い神経をしているのだ、と…

肩を貸してくれていた長瀬君もどうやら途中から寝ていたようで、真っ赤な顔で立ち上がった私を眠そうに目を瞬かせながら見上げてきた。

「あぁ…戸田さん。 ゆっくり眠れた?」

「あっ、はっはい。あのっ、あのっ…色々と本当にありがとうございましたっ」

深々と頭を下げる私に、大げさだなぁ。なんて言いながら長瀬君がクスクスと小さく笑う。

そして軽く伸びをしてから立ち上がると、良かったね。と、ポンポンと私の頭を優しく撫でてくれた。

彼に触れられた場所からふわっと温かいものが広がっていく。

どうしよう…私、益々長瀬君の事を好きになってしまいました。

この溢れそうな気持ち、どうしたらいいですか?




「――――美菜ぁ、どうだった?長瀬の隣は」

バスを降りて宿舎に向かう途中で、恵子がつんつんっと横腹をつついてくる。

それに身を捩りながら、私の顔が瞬く間に紅く染まっていった。

「どっどうだったって…緊張したし…迷惑かけたし…話もまともに出来なかった…」

「なに、そうなの? 迷惑かけたって…あ!わかった。美菜ってば、また寝ちゃったんでしょう。 美菜は乗り物に乗るとすぐに寝ちゃうし、いたる所に頭をぶつけちゃうものねぇ…若干、そこが心配だったのよね、私も。でも、さすがに長瀬の隣では眠れないだろうと踏んだんだけど…駄目だったかぁ」

えぇ…駄目でしたよ恵子さん。

私の神経は並大抵のものでは無かったらしいです、はい。

でも、そのお陰でとってもサプライズな出来事に遭遇出来たわけなんだけど。

一時の幸せを再び噛み締めながら、でもね…。と、恵子にその事を伝えようと口を開きかけたとき、突然後ろから誰かに抱きつかれた。

「ひゃぁっ!?」

「み〜なちゃん♪ 修吾の隣で何か悪戯されなかった?もぉ、お兄さん心配で心配で…」

「ひっ柊君っ?!やややっ…あのっ…大丈夫ですっ…逆に私が迷惑をかけてしまって…」

おいおい、悪戯しているのはあなたでしょうよ柊君。

隣に愛しの彼女がいるというのに、どうして私に抱きつくかなぁ。

そんな事をしていると、仕舞いに恵子に怒られ……そうにないね。 恵子も一緒に抱きついてきたし…

「あ〜、お姉さんも心配だったぁ。 あのバス、背もたれが高かったから前の様子が全然見えなかったんだよね。きっと、斜め後ろの席からも長瀬の背中くらいしか見えなかっただろうし。ねえ、美菜…死角になった場所で長瀬に変なことをされなかった?」

「へっ、変なことってなにっ?!」

「アイツ、何気にむっつりスケベだから気をつけたほうがいいよ、美菜ちゃん」

「むっ、むっつりスケベぇっ!!?」

二人とも完全にふざけモードだとわかっていても、いちいち反応してしまう単純な私。

その様子を楽しむように彼らは私を抱きしめたまま、あーだこーだと色々からかってくる。

もしかして私、この二人にオモチャにされてません?

そんなことに今更ながらに気づいた私だった。

…と、いうか。 二人とも暑苦しいから離れて欲しいんですけど…

「お前らなぁ…俺がそんな事をするわけがないだろ」

大体、むっつりスケベって何だよ。と、先ほどまでとは打って変わって、いつも通り無表情な顔の長瀬君が後ろから声をかけてきた。

一瞬バスの中で彼に寄り添って寝ていた自分の姿が脳裏を過ぎる。

ポッと紅くなる頬。 同時に胸がキュンと締め付けられた。

「なーにスカしたこと言ってんだよ、修吾。 お前だってこうして美菜ちゃんに抱きつきたいくせにぃ。そーいう所がむっつりスケベっつうんだよっ」

「あら、なに?長瀬も美菜に抱きつきたいの? 仕方がないわねぇ…直人の親友ってことで特別に許可してあげてもいいけど?」

ちょっ、ちょいちょい待てい!

恵子も柊君も何を言っちゃってくれてるんですかっ?

変な方向に話を持っていかないでよぉ…長瀬君が返事に困っちゃうでしょう??

内心ドギマギしながら、もうこの話はおしまい!と打ち切ろうとしたとき、長瀬君がほんの少しだけ口の端をあげて思わぬ言葉を口にした。

「確かに、毎回抱きついているお二人さんを見ていると、一度抱きついてみたい気もするな。 戸田さんって抱き心地が良さそうだし、城壁を護る親友の桂木さんからも特別に許可が出たことだし? 今度二人っきりになれたら抱きついてみようかな」

……なんて。

なっ、なっ、なんですとぉ〜〜〜っ!!

二人っきりになれたら抱きついてみようかな?

ちょっと待って長瀬君。

冗談でもそんな事を言っちゃぁいけませんっ!!

本気にしちゃいますよ、この人。

二人っきりになれるチャンスがあるのかしらとか本気で考えちゃいますよ?

あぁ、もう。どうしよう…バスの中といい、今の事といい

今日は朝から心臓がドキドキしっぱなしだよ〜〜〜っ。



2009-05-19 加筆修正

少しだけ修吾と美菜の絡みを旧作品より増やしてみました(笑)
若干内容も変わっているかな? まあ、微妙に……ですけれどね。