私たちが学校に着いた時には、もう既に大半の生徒が校庭に集まっていた。
それぞれに大きなカバンを地面に置き、色んな話題で盛り上がっている。
課外授業の合宿とは言え、“泊まり”ともなるとみんな浮かれるもんなんだね。
やっぱり私も心のどこかで今日は浮かれている気がするもん。 昨日の夜からあまり眠れなかったし。
いつもと違う場所へ行くことに、ちょっとした旅行気分になっているのかもしれない。
みんな来るのが早いなぁ…なんて感心しながら、私は惠子に手を引かれるまま歩いていた。
あ…柊君発見。
惠子が向かう先に一番に自分の視界に映った存在。
がたいが大きくて190cm近くあるという柊君は、とにかくどこにいても凄く目立つ。
加えて容姿も伴っているから、長瀬君と同様彼もうちの学校でとても人気がある。
噂によると、この学校のイケメンツートップが長瀬君と柊君らしい。
クールな二枚目の長瀬君と、陽気で男前な柊君。 対極な雰囲気を持つ二人だけど、それぞれに放つオーラは凄まじい。
彼らがイケメンツートップだと言われるのも大いに納得。 異議
を申し立てる者もきっといないだろう。
そのツートップと言われる一人と全校生徒公認で付き合っている惠子は凄いなぁと思う。
いや、恵子ほどの美貌を持ってすれば、それも当然と言えるかもしれない。
恵子も校内でトップ争いをするほど絶大な人気を誇っているのだから。
そんな学校内で名の知れた3人と一緒のグループにいる私…やっぱり一人だけ浮いてるよね。
少し沈みかけた私の心。 でも一瞬にしてその心がときめいた。
柊君を目印に少しずつ距離が縮まる度に私の視界に映りこんでくる存在。
ハッキリと姿が見えなくても猛スピードで胸が高鳴りだす。
惠子って、絶対このまま柊君の所に行くよね?
柊君の隣りには長瀬君がいるのに…惠子と手を繋いだままだから逃げられないじゃない…
どっ、どうしよう。緊張してきたーっ!
逃げ出したい衝動に駆られている私の手を引いて、惠子は案の定そのまま柊君のところへ辿りついてしまった。
「おっはよぉ、直人! 長瀬もおはよう!!」
元気な声で挨拶をし、トンッと惠子は柊君の腕を叩くとそのまま長瀬君に向かって片手を挙げた。
羨ましい…実に羨ましいじゃないか。
どうしたらそんな風に長瀬君に軽く声をかけられるのでしょうか。
恵子の爪の垢でも煎じて……
いやいや、そんな事を言っている場合じゃないでしょ!
挨拶ぐらいまともに出来なきゃダメだよね?
グッと気合を入れて、お…。と口を開きかけたけれど、その言葉は見事に柊君に掻っ攫われてしまった。
「オッス、惠子。 美菜ちゃんも、おっはよぉ〜♪」
私の気合を攫ってくれた柊君は、そのまま爽やかな笑顔を乗せてギュッと私に抱きついてくる。
彼の大きながたいに視界を遮られる瞬間、視界の隅っこに無表情のまま惠子に挨拶を返している長瀬君の姿が映った。
が、しかしっ!!
今は、そんな事を気にしている場合ではないのですっ。
緊急事態発生。 身体硬直化開始っ!!
「ふにゃあぁぁっ!! ひっ、ひっ、柊君!?おっおおぉはようございますぅっ!!」
うにゃぁっ!いつもの事だけど…あなた一体何を考えているんですかっ?!
柊君は私を見つけると、何故かいつもこうして抱きついてくる。
惠子曰く、私の反応が面白いからって事らしいけれど、私からすれば面白がってこんな事をしないで欲しいのですよ。
免疫ついてないんですから…私。
「あははっ!もぉ、直人やめなさいよ。美菜、固まっちゃってるじゃない。毎回毎回懲りないわねぇ…」
「イヒヒッ!!ごめん、ごめん。いつやっても美菜ちゃんの反応が面白くてさぁ…ついついね?」
ね?じゃ、ないでしょう、ね?じゃ!
ついついされてるこっちの身にもなって欲しいものだ。
大体、彼女である惠子も毎回横で笑って見ているのもどうかと思うんですけど。
そりゃね?私は対象外だから安心なんでしょうけれど、一応これでも女の子ですからぁ〜!!
柊君のがたいの影から出てきたゆでだこのように顔を真っ赤に染めた私の姿を見て、みんなが一斉におかしそうに笑う。
そう…あの、滅多に笑顔を見せない長瀬君までも。
さっきまで無表情だったのに…秘かに笑われてるぅ〜〜〜っ。
って言うか。 私、長瀬君に挨拶し損なったぁぁっ!!!
軽く自己嫌悪に陥っている私を他所に、話題は柊君の言葉によって別の方向に流れていく。
「…に、しても。 惠子、おまえ美菜ちゃんとまた手を繋いでんの? 女って友達同士でよくそういう事をするよな。気持ち悪くねぇ?」
「なんで気持ち悪いのよ。いいじゃない、私と美菜は固い友情で結ばれているんだから。 私たちの間に、直人の入る隙間はないのよ」
「ほぉ、言ってくれるねぇ。お前がそうやって美菜ちゃんの周りを固めているから、ヤローが手を出せねぇんだぞ。なぁ、修吾?」
「確かに。城壁を崩すのは大変そうだもんな」
そう言って長瀬君が目を細めて微笑む。
あぁ、滅多に見られないこの笑顔! 花丸百点あげちゃいます!!
思わずうっとりと見とれてしまう私。
これで、今日も一日ハッピーで過ごせそう…なんて、沈んでいた私の心は瞬く間に晴れていた。
「当たり前じゃない。私の目にかなうヤツじゃないと許さないって決めてるからね。城壁は簡単に崩させないわよ?」
「つーか、なんで恵子の目にかなわなきゃなんねーんだっての。 美菜ちゃんの親でもねーくせしてさぁ」
「なに言ってんの、直人。美菜は私の大事な親友だからに決まっているでしょう? 直人みたいなプレイボーイに引っかからないように、私が見極めてあげるのよ」
「どーいう意味だよ、それ。俺のどこがプレイボーイだっつうんだよ。 こんっなに恵子一筋の男を掴まえてよくそういう事を言うね、お前は」
恵子と付き合う前まで、“遊び人”で有名だった柊君。
でもそれは単なる噂でしかなかったと付き合う時に判明したんだけど、恵子はちょくちょくこのネタを出してくる。
どこからどう見ても、柊君は恵子にベタ惚れなんだけどなぁ…恥ずかしげもなく、誰の前でもいつも恵子一筋だって言っちゃうし。
もしかして、恵子はそれを聞きたいだけだったりして? もう、本当にラブラブなんだから。
柊君のその言葉に満足そうな笑みを浮かべながらも恵子はそれを軽く笑って受け流し、あ、そうそう!と、突然何かを思い出したように声をあげた。
「話が突然変わるんだけど、バスの座席のことでちょっと相談。 美菜がね、バス酔いするんだけど、うっかりタイヤの真上の場所を取っちゃったのよ。 タイヤの上は酔うってよく聞くじゃん?だから、直人と席を代わってあげて欲しいの。確か前の席だったよね?直人たち」
「え…」
一瞬、私の体が固まった。
私ってば、いつの間にバスに酔う人間になったのでしょう?…と。
記憶にある限り、今までバスに酔った経験は一度もない気がするんだけど。
恵子の意図することが理解できなくて、きょとんと私の首が斜めに傾く。
「あぁ、俺ら景色を一望出来るようにって、一番前の担任が座る隣の列を陣取らせてもらったけど…そっか。美菜ちゃんバス酔いするんだ? まあ、そこなら確かにバス酔いは軽減できるかもなぁ。 俺はいいけど、修吾は?」
「俺も別に…戸田さんが俺の隣りでもよければいいけど?」
「え……えっ?!」
ちょっ…ちょっと待って…
隣?え…となり?! 軽く聞き流していたけれど、良く考えてみればそういうことになるよね!!
「んじゃ、決定だね! 美菜、よかったねぇ…これでバス酔いは大丈夫よ!!」
恵子はポンポンっと私の肩を叩いて、作戦成功!!と、耳元で小さく囁いた。
作戦成功って…そんな事を考えていたの?
バスの席取りをする時に、わざわざタイヤの上の場所を取るから不思議に思っていたんだけど…私も恵子も酔ったことがないからあえてその事を指摘しなかった。
でも、恵子?大丈夫よ!じゃ、ないでしょうっ!!
心の準備も出来ていないのに…長瀬君の隣って…
3時間近くバスに乗ってなきゃいけないのに、長瀬君の隣で私はどうすればいいのよぉ〜〜〜っ!!
「みんな揃ったかぁ? 席に着いたら出発するぞ?」
ぞろぞろとみんなが席に着く中、最後に乗り込んできた担任の角川先生が生徒の頭数を数えながらそう声を張り上げる。
その声を耳にしながら、私はカチコチに固まったまま通路に立ち尽くしていた。
隣には長瀬君が立っている。
それを意識するだけでも心臓がMAXに高鳴り、顔をあげることすら出来なくなった私。
どうしよう、どうしよう、どうしようっ!! 本当に長瀬君の隣に座るの?!
緊張のあまり身じろぎもしないで立っている私に、若干笑い声交じりに長瀬君が声をかけてきた。
「戸田さん、窓側に座りなよ。 そのほうが酔いにくいと思うし」
「あっ、えっ、あ、うん…あぁりがとうございます…でっ、では…お邪魔しますぅ…」
ひえぇぇ〜。私ってば声が裏返ってる!
恥ずかしいやら緊張するやで、私は顔を真っ赤に染めながら窓側の席に座る。
それに続いて長瀬君が、クスクスと小さく笑いながら私の隣に腰をおろした。
ぬぉぉっ!ちっ、近い…近すぎる!!
長瀬君の腕に私の肩が触れてますけどっ!?
横を向けばすぐそこに長瀬君がいるんですけどーっ!!
どうすればいいんですか、私。
こんな…こんな状態で3時間もいるなんて私の体が持ちませんけれども?!
一人パニック状態の私。
後ろの席から、先生!俺の都合で戸田さんと無理やり席を代わってもらったのでー!!という周りの長瀬君ファンに対する柊君のフォローの言葉も私の耳には届いていなかった。
長瀬君は柊君の言葉に、フッと意味深な笑みを零してから私に声をかけてくる。
当然パニック状態の私はその仕草に気づくことはなく、彼の言葉も聞き取ることが出来なかった。
「戸田さん、薬は飲んだ?」
「……え……あ、えと?」
何か言いました?という表情で長瀬君をチラリと見ると、彼はにっこりと素敵な微笑みを返してくれる。
こんなに至近距離で長瀬君の笑顔を拝めるとは…と、感激しながらも耳まで赤くなったのがわかった。
「酔い止めの薬、飲んだのかなぁって思って。 今日はバスに酔わないといいね?」
「あっ、はい…いやっ…え?薬って…あ!そっ…そそそうですよね…酔わないと…いいですよね…ありがとうございますぅ」
あぁ、もう…言っていることが支離滅裂だあぁ
薬なんて飲んでないし、酔わないといいですよねって返事はおかしいだろーっ。
恵子ぉ、助けてよぉっ!! 私、嘘をつけない。絶対いつかバレるってぇ!!!
自分ではもうどうしていいのかわらかなくて内心泣きそうになっていると、隣からクスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。
――――戸田さんて、ほんと可愛いね。
笑い声に混じって聞こえた気がした長瀬君の言葉。
え……今、なにか仰いました?
“可愛いね”って聞こえた気がしたけれど…確実に私の空耳ですよね?
長瀬君が私に対してそんな事を言うはずがないないっ!絶対にあり得ない!!
どんな都合のいい耳をしてるんだ私の耳はっ。
ブンブンと目を瞑って首を横に振る私を見て、長瀬君が不思議そうに首を傾ける。
「どうしたの? 気分でも悪くなってきた?」
「えぇっ!?いぃいえいえ、何でもないでございますです!! もうもう、めちゃくちゃ元気ハツラツですっ!!」
「……っぶ!あははははっ!! 元気ハツラツって……戸田さん面白すぎ」
「へっ?!いっ、今……笑うところですか?」
「ん、笑うとこ。 ホント、そういうところたまんない」
そう言っておかしそうに声を立てて笑い続ける長瀬君。
私は何故彼がそこまで笑うのか訳がわからずに、きょとんと首を傾げてしまった。
そういうところ? ん? どういうところ??
でも…
こんなに笑っている長瀬君を見るのは初めてかもしれない。
いや、間違いなく初めて!!
うわぁ、貴重だぁ。 これだけでも隣に座れるようにしてくれた恵子と柊君に感謝しなくちゃだよね。
なんとなく今ので緊張も和らいだ気がするし、なんとか3時間乗り切れそうな気がしてきた。
少し肩の力が抜けてホッと一息つけたとき、角川先生の声が再び車内に響いた。
「おーし、みんな席に着いたな。そろそろ出発するぞぉ…では、お願いします」
先生の掛け声とともに、ゆっくりと動きだしたバス。
同時に自分の恋の運命が動き始めていたことなど、私は当然知る由もなかった。
2009-05-18 加筆修正
どーしても書き直したくてやり始めちゃいました(汗) ごめんなさい<(_ _)>
ほぼ原文の流れのままに行くつもりですが、若干内容を変更する場合もあります。
少しは読みやすくなっているといいのですが(^_^;)
そして、今更ながらに思うことが一つ。 高2と言えば修学旅行ちゃうんけ、と……(遠い目)