Love Fight < **Kagura's House**

Love Fight


...01

「美菜ぁ、準備出来てるの? 恵子ちゃんが迎えに来てくれたわよ!」

「はいはい、今出ようと思っていたところ! じゃあ、お母さん行ってきま〜す!!」

「は〜い、気をつけて行ってくるのよ」

私は母親の声に見送られ、着替えなどで大きく膨らんだスポーツバッグを肩に担ぐと外に出る。

朝一番の爽やかな空気を大きく肺に吸い込み、玄関先で待つ恵子に向かってにっこりと微笑んだ。

「おはよう、恵子。 お待たせ!!」

「おっはよう、美菜!今日は最っ高に天気いいね!! これが学校行事の合宿じゃなくて、普通の旅行ならもっと楽しかったのにねぇ…」

雲ひとつない真っ青な空を見上げ、恵子が少し恨めしそうに呟く。

日差しは少し強かったけれど、心地よい風が私たちの間を通り抜け、私の肩まで伸びた髪と彼女の茶色く染まった巻き髪をふわっと揺らしていく。

恵子は地面に置いていた私と同じように大きなスポーツバッグをよいしょと肩に担ぐと、行こっか。と、綺麗な笑みを浮かべた。

彼女の名前は桂木恵子(かつらぎ けいこ)。 私の幼稚園時代からの親友で家もご近所。いわゆる幼馴染という関係です。

しっかり者の恵子は、昔から何かと頼りない私を助けてくれる、いわばお姉さん的存在。

容姿端麗、頭脳明晰、スポーツも万能と三拍子ぞろいの、非の打ちどころがない私の自慢の友人なんです。

そして私は戸田美菜(とだ みな)。 成績も容姿も何もかもがいたって普通の高校2年の16歳。

特に目立つこともなく、平々凡々に毎日を過ごしています。

ただ、私には一つ困った性質?がありまして…ある意味これのお陰で有名だったりするかもしれません。

それは何かと申しますと……所かまわずドジをしまくる事。

恵子に言わせると、それが美菜の最大の特技じゃん!!って事らしいけれど、何が嬉しくてドジなんてものを特技にしなくてはならないのか。

そもそもドジが特技だなんて聞いたことがない。

まあ、その汚名的な特技は追々明らかになるとして、私たちは今日から2泊3日で学校の課外授業である夏休み前の合宿に行くんです。

2泊3日だから荷物ってそんなにないはずなのに、みるみるいっぱいになってしまってすごく重たい。

たぶん、恵子もそうだろうな…右肩が異様にあがってるもん。

お互いに体を歪に傾けながら歩き出す姿にほんの少し苦笑が漏れた。

「ほ〜んと、旅行だったら楽しかったのにねぇ」

ほけ〜っと空を見上げる私の顔を、ニヤニヤと笑いながら恵子が覗き込んでくる。

なんですか…その不気味な笑みは…

「でも、美菜の場合、旅行じゃなくても十分楽しいんじゃなぁい? なにせ同じ班に長瀬修吾がいるんだもんね?」

「わっ…恵子。 何を言っちゃってるんですか」

「え〜。だって美菜、1年の頃から長瀬のこと好きじゃん。 ほ〜んと健気なんだから。見てるだけでいいのぉ?今回が絶好のチャンスだと思うけど? 狙っている子がいっぱいいるんだから、早くしないと誰かに取られちゃうわよ。クールで二枚目なア・イ・ツ」

「だっ、だから…何度も言うけど、私が付き合えるような相手じゃないんだってば! 長瀬君と私とじゃラベルが違いすぎるもん!」

長瀬君の話題になると途端に動揺してしまう私。

今回も例外なくゆでだこのように顔を真っ赤に染めながら、私は慌てて首を大袈裟なほどに横に振る。

その様子におかしそうに声を立てて笑いながら、恵子がボソッと小さく呟いた。

「美菜…それを言うならレ・ベ・ル…」

「………ぁ」

……また、古典的な間違いを…



長瀬修吾(ながせ しゅうご)君とは、同じ高校2年生のクラスメイト。

恵子が言うように、私が1年の時から秘かに思いを寄せている相手なんです。

でもね、彼は私が告白できるような存在じゃないの。

なんてったって、うちの学校じゃ彼の名前を知らない子がいないくらい人気者なんですから。

頭が良くて、スポーツも万能。 本人に向かっては言えないけれど、女装が似合いそうなほど綺麗な顔をしている彼。

口数が少なく、いつも誰と話す時でも無表情に近い顔をしているから、ちょっと近寄りがたい雰囲気があるんだけど、却ってそれが彼の魅力に繋がっていたりする。

そんな長瀬君と初めて出会ったのは、去年の図書委員会の初顔合わせの時。

最初は単に、「かっこいい人だなぁ」って思っただけだったんだけど、委員の仕事を一緒にしていくうちに彼の優しさに私は惹かれてしまった。

本当に情けない話だけれど、委員の仕事でもドジばっかり踏んでいた私。

先輩たちにも見放され、疎まれてるなぁと自分でも気づいていた。

迷惑をかけているという自覚もあったし、全て自分の要領の悪さが原因だとわかっていたから、どんなに冷たくあしらわれようが嫌がらせのような仕事を任されようが一生懸命それをこなすように努力していた。 その甲斐もあまり報われなかったけれど…

自分の仕事を増やしたくないとみんなが軽く私を避ける中、文句も言わずに笑顔で助けてくれたのが長瀬君だった。

彼はいつも優しく声をかけてくれて、私の仕事を手伝ってくれた。

申し訳ないからと断っても、2人でやれば早く片付くからと率先してやってくれた長瀬君。

かっこよくて優しくて、時折見せてくれる笑顔が素敵すぎて……そんな彼を前にして、好きにならないほうがおかしいと思う。

でも、私もそこまでおバカじゃないから長瀬君と自分が不釣合いな事ぐらいわかっている。

告白をしても、彼に迷惑をかけるだけだってことも。

だから私は見ているだけでいいの。

今回、恵子のお陰で長瀬君と同じ班になれただけでも十分に幸せなんだから。

「でもさぁ、せっかく美菜のことを思って直人と班になってあげたんだから、そんな弱気なことを言ってないでちょっとは頑張りなさいよ」

「そっ、そんな事を言ったって無理だよ…迷惑もかけたくないし。 それに…柊君と班になったのは何も私のことだけじゃないでしょう?
恵子だって柊君と班になりたかったくせにぃ〜っ!」

「ちっ、違うわよ!仕方なくよ、仕方なく!!」

「あ〜、そういう事言うんだ? 柊君に言っちゃうよ?」

反撃開始とばかりに私の顔にニヤリとした笑みが浮かぶ。

それに対して恵子は若干頬を赤らめながら動揺を見せた。

「いっ、言わなくていいから、そういう事は! もう、話がずれちゃうでしょう?」

「うふふっ。恵子って本当に柊君の事が好きなんだねぇ?」

「美菜っ!それ以上言うと怒るよ!! どっちかって言ったら、直人のほうが私の事を好きなんだからね?!」

瞬く間に顔を真っ赤に染めて、そう息巻く恵子の様子に思わず笑ってしまう。

もう、恵子ってば素直じゃないんだから。

昔からそう…恵子は“好き”って言葉が恥ずかしいのか、いつもこの話題になると怒り出す。

別に怒ることないのにね?

柊直人(ひいらぎ なおと)君とは、会話からもわかるように恵子の彼氏のこと。

彼女たちは1年の頃から付き合っているんだけど、すごく仲が良くて超ラブラブなの。 訳あって全校生徒公認の仲でもあるんだけどね。

傍から見ていて羨ましいなぁって思う。 私もあんな風に思われたいし、こんな恋がしたいな、って。

ちょっと恵子が素直じゃないんだけどね…それでもお互いを大切に思い合っていることが伝わってくるから、私の憧れのカップルなの。

美男美女カップル。 まさに理想的なカップルだ。

その恵子の彼氏、柊君と長瀬君は中学の頃から友達らしくすごく仲がいいの。

今回の課外授業のグループは男女混合4〜6名でという事だったから、必然と恵子と柊君、それぞれの親友である私と長瀬君がくっついてグループになってしまった。

私にとってそれは奇跡的な出来事だった。

恵子と柊君が付き合ってくれていたお陰で、長瀬君と同じ班になれちゃうなんて♪

若干長瀬君を狙う女の子たちからの視線が痛かったけれど、彼女たちも恵子と柊君の仲を知っているから半ば仕方ないと諦めてくれたようだった。

重ね重ね恵子たちにはお礼を言いたい。

あなたたち、付き合ってくれていてありがとう〜〜〜っ!!と。

「でもさ、美菜は迷惑をかけるって言うけれど、もしかしたら長瀬にとって迷惑じゃないものかもしんないじゃん。 頑張るだけ頑張ってみても損はないと思うけど?」

「え〜!絶対迷惑だよ…こんなドンくさい人間に告白とかされても」

「わかんないじゃん、そんなこと。 もしかしたら長瀬は超ドンくさい人間が好きかもしんないし?」

絶対ないでしょ…そんな面倒な子を好きになるなんてこと。

って言うか。自覚はあるものの面と向かって、“超ドンくさい”って言われると、何気にズキンと来るんですけど。

「そりゃ、恵子みたいに可愛くて頭もよかったらドンくさくても許されるかもしれないけれど…許されないでしょ?私では」

「何言ってんの。美菜も充分可愛いじゃない。 それにね、美菜って放っておくと何しでかすかわかんなくて目が離せないし、ついつい護ってあげたくなっちゃうのよ。女の私でさえそう思うんだから、男だったら絶対傍にいて護ってやりたくなるわ」

「え〜…それはないよ…」

「あのね、そうやって勝手に決め付けないの! 美菜ももう少し自分に自信を持ちなさいって。結構人気あんのよ?あんたって。
男子から見ても放っておけないらしいから…これ、直人情報ね」

「うっ、嘘だぁ。そんな訳ないよ…何も取柄ないんだから。 顔だっていたって普通だし…」

「取柄?あるじゃな〜い」

恵子が私を見てニヤっと意味深な笑みを見せた。

な、何よ、何ですか…その目は。

「えぇ?何がある?」

「放っておけない程、ドジな所!!」

「おっつ……それは、嬉しくない〜〜」

「あははっ!!冗談よ。 美菜はね、小さくて丸い子犬みたいな感じなの。誰でも子犬を見たら放っておけないでしょ?それと一緒。
かわい〜くてついつい無条件にかまっちゃうのよ。で、ぎゅ〜って抱きしめたくなる。今日は生憎荷物が重くて出来ないけどねぇ」

「何ですか、それは……なんか、あまり喜べなぁい」

ぷくっと頬を膨らまして私が言うと、そういう所が可愛いの!!と、恵子が笑った。

もぉ、そういう所ってどういう所よ。

「ま、この2泊3日頑張りなさい。私が応援してあげるから!!案外、長瀬もまんざらでもないかもよ!?」

「え…どういう意味?」

「そういう意味。さっ、取り合えず早く行こう!!」

そう言って意味深な笑みを浮かべると、恵子は私の手を引いて歩き出した。

まんざらでもない?

まんざらでもないって、どういう意味よ恵子ぉ!!