*Secret Face 夜間緊急受付口に飛び込み、息を切らせながら受付を済ます。 一通り診察を受けてから、痛みに耐える姫子と共に椅子に座り、先生からの言葉を息を呑んで待つ。 もし…もしも姫子の病が重症なものだったら? 俺、受け止めらんねぇかもしれない。姫子より先に泣き出しちまうかもしれねぇ。 そんな情けない事を思いながら、ぐっと膝に乗せた手で拳を握る。 先生は何やらカルテに書き込んでから、くるっと椅子を反転させて俺と姫子の顔を交互に見てから徐に口を開く。 「――――急性虫垂炎ですね。」 マジで?!……急性虫垂炎……って、分からねぇけど。 暫く2人してその言葉に固まっていると、先生がふっと笑みを漏らして言葉を付け足す。 「急性虫垂炎…俗に言う盲腸です。」 「「盲腸?」」 俺と姫子の声が同時に重なる。 盲腸…そっか、盲腸だったのか。 安堵のため息を漏らす俺に視線を向けてから、先生が少し表情を固くする。 「盲腸って言うと軽く見られがちだけど、治療が遅れて病状が悪化すると腹膜炎を起こして生命の危機に陥る場合だってあるんだよ?彼女の場合はまだ第一段階で軽い炎症だからよかったけれど、これが第三段階まで進むと大変な事になってたからね。」 「そ…なんですか。」 先生の言葉に自分の体から血の気がサッと引いていくのを感じていた。 もしも姫子がそのまま我慢してて、最悪の事態にまで行ってたとしたら……考えるだけでもぞっとする。 「君たちは高校生だから、過労って事はないと思うけど、不規則な生活や暴飲暴食が重なって引き起こされる場合がよくあるからね。気をつけなきゃダメだよ?それと、彼女にはこのまま1週間程入院をしてもらいます。手術が必要だからね。君は彼氏かな?」 「あ、はい。そうです。」 過労に不規則な生活、暴飲暴食って…暴飲暴食以外は当てはまってんじゃねぇか。 ……もしかして、俺のせいかもしれねぇ。姫子の体に負担になるような事を俺は… 先生の言葉に少しズキンと心を痛めながら、返事を返す。 「そっか。だったら君から彼女の親御さんに連絡を取ってもらって入院の手続きをしに来て貰うように伝えてくれるかな?それと、入院に必要な着替えやパジャマ…は、もう着てるか。用意するものも沢山あるし。」 「はい、分かりました。」 不安そうに俺を見上げる姫子に、大丈夫、すぐに戻ってくるから。と頬を撫でながら微笑む。 俺は姫子を病院に残して一旦外へ出ると、携帯から姫子の父親に連絡を取り諸事情を説明すると、明日一番にこちらに向かうと返事を貰った。 そこからまた走って姫子の家に戻り、着替えなどを適当にカバンに詰めて一旦自分の家にバイクを取りに戻ってから再び病院へと向かった。 運がいいのかどうなのか、入院する事となった姫子の部屋は、あいにく相部屋がいっぱいだったらしく特別に個室を用意されたらしい。 ぽつんと一人病室のベッドの上で横になっている姫子の元に駆け寄る。 「姫子…大丈夫か?」 「ん、新一。ありがとう、今はちょっと楽。明日だって手術…すごい怖い。」 「何言ってんだよ。手術しなきゃもっと悪化すんだぞ?明日か、手術。俺、学校休むわ。」 「え?何言ってるの。そんな、大した手術じゃないんだから…大丈夫だよ。」 「お前、今怖いって言ったじゃんかよ。」 「ぅっ…言ったけど…その為に新一に学校を休んでもらうのは気が引ける。」 「別に姫子が気にする事じゃねぇよ。なんか、姫子がこうなったのも俺のせいのような気もするし…」 「え?」 「さっき先生が言ってたじゃん、過労や不規則な生活が引き起こす原因にもなるって。無理させたような気がするし…っつぅか、させてんだけど。なんかさ、俺ダメだな…自分の事ばっかで姫子に無理ばっかさせてよ。すげー情けねぇよ。今日だってすんげぇ苦しむお前見て、どうしようどうしようって焦ってばっかでさ。代わってやる事もできねぇし、助けてやる事だって出来ねぇ。それがすげぇもどかしくって、悔しかった。ごめんな、姫子…ホントごめん。」 ベッド脇に置かれた椅子に座って、姫子の手を握り締めながら自然に自分の目から一筋の涙が零れ落ちた。 「……新一っ?!…やだっ、どうしたの…新一が謝る事じゃないよ。もっ、盲腸だったんだからね?先生が言ったのだって、原因になる場合があるって事だから、必ずしもそれが原因な訳じゃないでしょ?それに、新一が傍に居てくれなかったら私一人でどうする事も出来なかったよ?新一は私をオブって必死で走ってくれたじゃない。ずっとずっと、姫子頑張れよ、もうすぐ着くからな、もうちょっとだからな。ってそう言って声をかけ続けてくれてたじゃない。それだけで充分だよ…ダメなんかじゃない、本当に嬉しかったよ?」 姫子はそう言って優しく微笑みかけてくると、俺の頭を抱きしめてそっと髪の毛を撫でる。 新一ってば大袈裟だよ。そう小さく笑いながら。 情けねぇけど、姫子に抱きしめられながら何故か涙が止まらなかった。 安堵の涙と懺悔の涙が半分ずつ。 俺はこの日、初めて誰かの前で涙を流した。 姫子に髪を撫でられながら更に心に強く誓った事――――絶対姫子の傍を離れない。これから先もずっとずっと……もっと強い男になって、姫子を護り続けていく、と。 |