*Secret Face






  3 




私はただ俯いていた。

悔しくて・・・悲しくて・・・切なくて。

とめどなく溢れる涙をそのままに、新一に両腕を掴まれたまま地面をじっと睨みつける。

「お前ね、一人勝手に勘違いして怒って無視かましてんじゃねぇよ。」

新一は暴れる事を諦めた様子の私に対して、ため息まじりにそう呟く。

「何よ、勘違いって。あの状況を見てどう勘違いだって言うのよ!」

「だから、それが勘違いだっつってんだよ。何で朝、起こしに来た時に俺を起こさねぇんだよ。」

「あんな状況を見てどう起こせっていうのよ。すっごいショックだったんだから!!」

涙目で新一を睨みつけると、それを見た新一はどこか嬉しそうな表情を浮かべてから再び表情を 固めると片方の腕を引っ張り歩き出す。

「とりあえず帰るぞ。」

「いやだってば!もぅ離してよ!!」

「いいから、来いって。」

「い〜やっ!痛いから離して!!」

「痛くても我慢しろ。」

にべもなく言い放たれて、掴まれた手に力が入る。

いくら腕を振り回しても再び私の手から新一の手が離れる事はなかった。

――――もう絶対離さない。そう言われているかのように・・・。



+   +   +   +   +




私は無言のまま電車に乗り、繋いだ手はそのままに新一の家に連れてこられた。

嫌・・・今は、あの部屋に入りたくない。

あの女性(ひと)と一緒に寝ていた部屋なんて。

「やだ。新一の部屋になんて入りたくない。あの女性(ひと)と 一緒にいた部屋なんて・・・・・。」

「いいから来いって。」

渋る私を無理矢理引っ張ると、家の中に連れ入る。

家の中に入ると途端に思い出される今朝の光景。

私はぎゅっ。と目を瞑り唇を噛み締める。

「お前に会わせたいヤツがいるんだけど。」

「嫌よ・・・あの女性(ひと)なら会いたくない。」

「まぁまぁそう言わずに。」

新一はニヤっと意地悪く口角を上げると、キッチンの方へ声をかける。

その声に、パタパタっというスリッパの音を鳴らしながら、奥から華奢な女性が姿を現す。

今朝、新一の隣りで眠っていた女性。

あの時は眠っていたけれど、起きている姿を改めて見ると愕然とする。

だって・・・あまりにも綺麗すぎるから。

色が白くてくっきりとした二重の彼女はまるでフランス人形のように綺麗な顔をしていた。

「おっ!この子が噂の姫子ちゃん?どうしたの、泣いてた?目が腫れちゃってるけど・・・。」

綺麗な顔とは裏腹に少しハスキーがかった彼女の声に驚く。

「お前のせいでなぁ、今日はえらい目にあったんだからな!!」

「・・・なんで?」

「昨日の晩から飲み明かして、そのまま酔っ払って下着のまんま俺の隣りで寝てたろ!俺が起きた 時には、もういなかったから麻田に聞かされるまで知らなかったけど・・・。 あれ、コイツに見られて誤解されちまったじゃねぇか。」

「嘘、マジ?」

そのハスキーボイスで綺麗な顔の女性はおかしそうに声を立てて笑い始める。

なっ・・何がそんなにおかしいのよ。

私は少々腹が立ち、ムスっとした表情に変わる。

「あぁ、ごめんごめん。そんな誤解されるなんて思ってもみなかったからさぁ。おっと、そうそう 自己紹介遅れたね、私、高見沢 沙織(たかみざわ さおり)。旧姓、藤原 沙織っての。よろしく ね。」

にっこりと綺麗な笑顔を向けられて、ついついこちらも複雑な笑みを浮かべる。

・・・・・旧姓・・・藤原 沙織?・・・藤原・・・ふじ・・・ぇっ!?

そう言えば新一には嫁いだお姉さんがいるんだったっけ・・・。

はっ。と気づいた表情を見て、再び沙織さんと言う女性は声を立てて笑う。

「クスクス。気づいた?私、コイツの姉の沙織です。弟がいつもお世話になってるようで・・・今朝は ごめんねぇ。昨日の夜、旦那と喧嘩してさぁ・・・ムカついたから家飛び出して実家に帰って来たの よ。そしたら家に新一しかいないじゃない?ま、とりあえずコイツは高校生のクセに酒が強いから 付き合えって事で付き合わせたらついつい飲みすぎちゃってね。」

「は・・・ぁ。」

私は突然の事実と、沙織さんのあまりにもギャップのありすぎる言葉遣いに、ただ呆然と返事を 返す事しかできなかった。

「大体お前が風呂上りであんな格好で飲み始めたのが悪いんだぞ!勝手に酔っ払って人の ベッドで寝やがって。」

「風呂上りのクソ暑い時にパジャマなんか着れるかっつうの!それよりも、新一。 姉に向かってお前とは何だ、お前とは!!クソ生意気なガキに育ったもんだわよ。小さい頃は 『おねぇちゃ〜ん』って半べそかきながら私の後を追っかけまわしてたくせに。」

「うっうるせぇよ!今、そんなガキん頃の話なんてしなくてもいいだろ!!お前こそ女のクセに 言葉遣いが悪いっつうんだよ。直せっての、義兄さん嘆いてたぞ。顔が綺麗なクセに口が悪いって。」

「顔が綺麗だったら言葉遣いも綺麗だ。とは限んないだろぉ。だいたい旦那(アイツ) は小さい事でごちゃごちゃ言い過ぎんだよ、器が小せぇったらありゃしない。」

私は2人のやり取りを、口を半開きにしたまま眺めていた。

その様子に気が付いた沙織さんは、ぽん。と私の頭に手を乗せてから再びニッコリと笑いかける。

「ごめんね、姫子ちゃん。今朝は私のせいで嫌な目にあわせちゃってさ。コイツと私は血の繋がった 姉弟なので間違っても何か起こる事はございません。ってか、こっちが願い下げだっつうの! 考えただけでも・・・キッモー!!吐き気がしてくる。」

「それは俺のセリフだっつうんだよ!な、姫子。これで解ったろ?で、お前早く旦那の元へ帰れよ!」

「うっさいね。言われなくても帰るわよ。さっき旦那に携帯で泣きつかれたから仕方なく帰ってやる事に したから・・・お邪魔虫は消えます〜。」

「とっとと消えろ!悪の元凶めっ!!」

「この、クソガキ!!・・・あ、姫子ちゃん。今度新一の昔話聞かせてやっからね。楽しいよ〜。 いろいろわんさか面白い話あんだから!」

「てめぇ、余計な事言ったらぶん殴るからな!!」

「ほぉ〜。おもしれぇ事言うじゃん。殴ってみれば?姫子ちゃんにあの事もアレの事も言っちゃう から。」

「ばっ!おまっ!!」

沙織さんの言葉に真っ赤になってたじろぐ新一に意地悪な笑みを浮かべてから、んじゃねぇ〜。 と玄関脇に置いてあったカバンを肩にかけると、踵の高いミュールを引っ掛けて出て行ってしまった。



←back  top  next→