*Secret Face










俺は終始無言に近い状態だった。

ペンションの近くの酒屋に行く時も帰る時も。唯一口にしたのが、姫子のお酒これだけでいい?と いう問いに対して、いいんじゃねぇ?と言う言葉だけ。

帰り道、姫子は少し俯き加減で俺の後を追ってくる。

今は何も話したくなかった。一つ口にすれば堰を切ったように次々と言いたくもない言葉が出てきそうで。

分かってる。姫子が悪いんじゃない、「付き合ってる」と堂々と言えないような状況を作ってきた 俺に問題があるんだし、彼氏がいると知らないヤローからちょっかいを出されて困ってる姫子に 怒りの刃を向けるのもお門違いだって事も。

俺は小さくため息を付くと、荷物を持っている反対の手をそっと後ろ手に姫子に差し出した。

姫子もそっと指を絡め合わせると、きゅっと握ってくる。――――ごめんね、とでも言うように。

ごめん、姫子。お前が悪いわけじゃないのに・・・。

2人してトボトボと歩いていると、ペンションの階段に誰かが腰を下ろしているのが見えてきた。

「――――静。」

俺の声に気が付いて顔をあげると、静は俺と姫子を交互に見てから少し驚いた表情を見せる。

「・・・何、お前ら付き合ってんの?」

「へ?」

そういえば、手を繋いだままだった。

言ってしまおうか・・・そんな考えが頭をよぎる。コイツだから――静だから余計にそう思うのか?

――――独占欲。

俺は一度視線を落としてから少し間を置いてもう一度静を見ると、あぁ、付き合ってる。と呟いた。

繋いだ手が一瞬ぴくっと動く。

「マジかよ。さっきのお前の態度が気になったからここで待ってたんだけど。明らかに俺に対して 言ってたろ?何でもっと早く言わねぇんだよ。昼間ん時にでも言えただろうがよっ。」

「悪ぃ。噂が広まって、コイツに何かあったら大変だから誰にも言ってねぇんだ。」

「お前さぁ、一人の女も護れねぇようなら付き合うのやめろよ。」

「は?」

「だってそうだろうがよ。彼氏がいるって胸張って言えなくて、言い寄ってくる男がいればお前に そうやって不機嫌極まりない態度で接されてよ。小暮、かわいそうじゃん。お前だってそうやって 感情むき出しになるくらい小暮の事好きなら堂々と宣言しやがれってぇの。お前らしくねぇ。」

「なっ!!」

その言葉が凄く重たくて、俺は何も言い返せずにいた。

確かにその通りだ。俺のエゴで今まで誰にも言わずに付き合ってきて、姫子を知れば知る程夢中になってる癖に堂々と俺の女だと主張する事もしなかった。

こいつが危険な目に遭うかもしれない、そういう事ばっかり気になって・・・逆にその事で姫子を 苦しめてたのかもしれない。

振り返ると何とも言えないような表情で俺を見上げる。

「お前が護る自信がねぇなら、俺マジで小暮狙うけど?」

「はっ!?何言ってんだよ。誰にも渡すつもりもねぇし、誰にも邪魔はさせねぇ!!」

「ふぅん。俺、結構本気だったんだけど?小暮だって遊び人のシンより、俺の方が安心して付き合えるんじゃねえの?」

ふっ、と笑い、静の口元が僅かに上がる。

「っざけた事言ってんじゃねぇ!!」

俺は姫子から手を離すと、静の胸倉を掴みかかる。

ちょっちょっと新一!やめてよっ!!と、姫子が少し顔を青くして二人の間に割ってはいる。

「じゃあ、お前の本気見せてみろよ。」

「は?・・・本気って。見りゃわかんだろぉがよ。」

「わっかんねぇ。言葉では何とでも言えるしね。」

何言ってんだよ、コイツ。言葉では・・・って、態度でって事かよ?

俺は静の胸倉を掴んでいる手を乱暴に離すと、その手で姫子を抱き寄せ唇を塞いだ。

「・・・・・っ!!」

突然の出来事に放心状態になっている姫子に構わず唇を重ね、強く抱きしめる。



いやぁぁぁぁっ!!と、突然悲鳴のような声が階段の上から降って来た。

唇を離し見上げると、口元を押さえ目を丸くした椎名典子が立っている。

何とまぁ、タイミングのいいこって。俺の口から苦笑が漏れる。

「何で?藤原先輩と姫子先輩がキスしてるの!?」

「悪いけど、コイツ俺の本気だから。お前に構ってるヒマねぇの。」

「そんな筈ない!!だって絶対姫子先輩より私の方がっ・・・。」

「コイツしか、俺には見えねぇの。姫子だけが俺を惑わすんだ。だからもう誰も邪魔すんなっ。静、 お前もわかったろ?」

そう静に向き直ると、ぷっと吹き出し意外な表情を見せる。

その表情の意味がよくわからず、俺は静の顔を見つめた。

「あははははっ!!やっぱマジそうだったんだ。いやぁ、最初は信じらんなかったんだけど。へぇ、 麻田が言ったこと間違ってねぇや。ぷぷっ、マジ笑える。」

「は?お前何言ってんの?」

「いやさ。お前らが出て行った後、麻田に呼ばれてよ。2人内緒で付き合ってるんだけど、シンの 方がベタ惚れだから、俺の入る隙間はねぇって言われたんだよ。」

麻田が・・・・そんな事を?てか、バラしてんじゃねぇか。

話の流れがイマイチよく掴めず、しばらく放心状態でいるとそれを見てなおも静は笑い続る。

「信じらんねぇって言ったら、『じゃあ試してみたら?きっと面白い事になるから』って麻田が 言うもんだから、ここで待っててふっかけてみた。そしたらマジでちゅぅしちゃうんだもんな。」

あのシンがだよ?とおかしそうに声を立てて笑う。

麻田のヤロー、何が任せとけだ。完全に笑いもんじゃねぇか。

「お前ねぇ・・・・・。」

「あぁ、もう降参降参。そんだけ見せ付けられて闘争心も萎えました。ま、いいものは見せて もらったし?俺は潔く手を引くからお2人さん勝手にやってよ。まったくやってらんねぇっての。 でも俺を騙した分きっちり仕返しはさせてもらうからな。」

「・・・・・何しでかす気だよ。」

「心配すんなよ。部員にシンの姿を赤裸々に告白するだけだって。今日の酒はこれで盛り上がれるなぁ。」

「おまっ、そんな事したら・・・」

「大丈夫だって。俺ら部員も学校で小暮の事は見張っててやるからさ。これでも多いんだぜ?小暮ファン。お前も大変だよなぁ。シンに恨みを持ってる女と小暮ファンから護んなきゃいけないんだし。」

せいぜい頑張ってよ。と含み笑いを残し、俺の持っていた酒の袋を手に取ると階段を登っていく。

途中椎名に、お前も潔く諦めな。と言うと連れ立って中に入ってしまった。



取り残された俺と姫子――――気まずい・・・と言うより恥ずかしいだろ。

ふと姫子の顔を見ると顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。

そりゃそうだろう、人前でいきなりキスされりゃぁな。俺だって今更ながら顔が熱い。

・・・頭痛ぇ。そんな言葉が俺の口から漏れる。

「もう、新一のバカ。」

「はぁ・・・バカでもアホでも間抜けでも何とでも言え。これが今の俺なんだから仕方ないだろ?」

「・・・・・新一。」

「なぁ、お前こんな俺でもいいわけ?やたらめったら嫉妬するし束縛するし。窮屈じゃねぇ?」

「そんなっ。突然人前でキスされるのは嫌・・・だけど、ああやって誰かに向かってはっきりと 新一の気持ちを言ってくれた事はすごく嬉しい。それに窮屈じゃないよ・・・」

――――ありがとう、そう小さく呟いて俺の胸に顔をうずめてきた。

「何か、麻田に一杯食わされた気がするけど・・・バレちまったから、俺が絶対護ってやる。」

小さくて細い体を抱きしめながら――――愛してる、と俺は初めて口にした。

私もだよ、と震える声が聞こえてきたのはそのすぐ後だった。



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