*Secret Face










「――・・いち・・・新一・・・起きて。」

心地よい声が意識の遠くなっている俺に呼びかける――――誰だ?・・・姫子?

まだはっきりしない頭の中、ゆっくりと目を開くと目の前に姫子の顔が現れる。

「ん・・・姫子。」

「ほら、起きて。もうすぐ時間だよ?・・・わっ!!んっ。」

俺は姫子の家に泊まりに来てる錯覚に捕らわれ、いつものように抱きしめて唇を塞ぐ。

そのまま深くキスをしようとしたら、姫子に止められてしまった。

「んっ・・・もう、何するのよ。ここじゃマズイでしょ?」

「は?」

「寝ぼけてるでしょ。ほんとに新一は寝起きダメなんだから。今、合宿中でしょ?」

「・・・・・あ。」

そうか――俺、合宿に来てるんだっけ。今の状況を思い返し、一つ思い出した。

俺は覗き込む姫子の体をくるっと反転させると、畳の上に組み敷く。

「わっ!!新一っ何するの!?」

「何するの?ってお前こそ何してんだよ。静と仲良くしゃべりやがって。」

「はいっ?仲良くって、午後からのメニューの打ち合わせしてただけじゃない。」

勢いよく反転したお陰で姫子の眼鏡が少しずれ、それを直しながら少し怪訝そうに呟く。

「ふぅん。そういう風には見えなかったけど?」

「見えなかったって、新一がそういう風に見てなかっただけでしょ?」

そう言いながら姫子は今度は困ったような顔で俺を見上げる。

はぁ・・・この顔されると俺も困る。てか、弱い・・・この顔に。

ムカツク気持ちをいっぱいぶちまけてやろうと思ってたのに、言えねぇし。

俺は小さくため息を付くと、姫子の体と共に起き上がる。

「新一・・・怒ってるの?」

「ムカついてる。」

ぼそっと呟くと、姫子は更に困ったような表情でごめんね、と俺の顔を覗き込む。

眉を顰め伺うように見上げるレンズ越しの黒い瞳は真っ直ぐ俺の目を見る。

それだけで、俺の怒りも納まっちまうんだから。参るよ、コイツには。

「でも・・・新一も典子ちゃんに誘われてたでしょ?」

「典子?・・・誰それ。」

「もう、さっきロビーで話してた1年の椎名 典子(しいな のりこ)ちゃんでしょ。」

あいつそういう名前だっけ?・・・へぇ。どうでもいいからまた忘れそう。

「あぁ。あいつね、散歩行こうって言われたけど行かなかっただろぉが。」

「ほらぁ、新一だって似たようなものじゃない。私にばっかり怒って。」

「俺は自分で管理出来てるからいいんだよ。お前は何が起こるかわかんねぇだろ?」

「もぅっ、そんな屁理屈ばっかり言って。私って信用ないなぁ。」

「信用とかそういうもんじゃねぇって。前にも言ったろ?ヤローと話すのは嫌だって。」

「そんな事言ったら、私誰ともしゃべれへんやん。」

「しゃべんなきゃいいじゃん。」

もうっ新一!!、と軽く睨まれてしまった。そりゃそうだよな、俺の言ってる事

滅茶苦茶だし。頭では分かってるんだけど・・・。

「なあ姫子・・・キスしてよ。」

「えっどうしたの?新一。」

「何でもねぇけど・・・・・。」

「そっそんな急に・・・誰か来たらどうするの?」

「もうすぐ時間だろ?じゃぁ、誰も来ねぇよ。だからしてよ。」

渋々ながら、姫子は俺の首に腕を回すと唇を重ねてきた。柔らかい感触が伝わる。

さっきまでの苛立たしさやモヤモヤした気持ちが一気に消えていく――――。

何でコイツにだけは気持ちがコントロールできねぇんだよ。

ヤローが普通に姫子に話しかけるだけでどうにかなっちまいそうで気が気でならない。

はぁ・・・完全にこれって『ハマッてる』じゃなくて『溺れてる』だよな。

情けないけどマジで俺、余裕がねぇよ。最近つくづくそう思う。



***** ***** ***** ***** *****




午後のメニューを殆どこなし、最後はペンションの裏手にある山をジョギングだそうだ。

姫子達マネージャーは夕食作りの為にペンションに残っている。

はぁ・・・何で夏休みにまでこんな事しなきゃなんねぇんだよ。体力には自信あるっつうの。

(面倒くせぇ。)

チンタラ最後尾を走ってると、俺にとっての諸悪の根源が横につく――――山上 静。

「・・・・・何だよ、静。」

「かったりぃよなぁ、走んの。折角の夏休みだってのにさぁ。」

静はそういってあどけない笑顔を見せる。同じ年のクセにこの顔のせいで年下に思える。

(・・・・・鬱陶しい。)

「クスクスッ。そんなあからさまに嫌そうな顔すんなよ。」

――――『嫌そう』じゃなくて『嫌』なんだよ。

そんな事をぽつりと思う。以前なら感じなかった感情――――嫉妬心が顔を出そうとする。

俺がコイツに?

「別に。そんな顔してるつもりはねぇけど?」

「ふぅん、そっか?ならいいけどよ。」

静はフッと小さく笑うとしばらく沈黙のまま走り続ける。俺と同じ速度で。

「・・・なぁ、お前いつまで俺と一緒に走ってるわけ?いつもなら張り切って先頭走ってる クセによぉ。」

「ん〜別にいいじゃん。たまにはいつもドンケツのシンと走ってもいいかなぁって。」

「ドンケツって人聞き悪ぃ。まるで俺が遅いみたいじゃねぇか。」

「あははっ。そう捻くれて取んなって。」

静は声を立てて笑うと、ところでさぁ。と突然話を切り替える。

「お前、今付き合ってるヤツいんの?」

「はぁ?」

突然のフリに、思わず間抜けな返しをしてしまった。

「いや、さぁ。シンって前の女と別れる時結構騒動になったじゃん?クラスに乗り込んで 来たんだろ?前の女。ちなみに俺のクラスのヤツなんだけどね。」

・・・忘れてた。そんな事もあったっけか。別れるのに一番苦労した女。

静と同じクラスだったのか。教室に迎えに行った事もなかったから今知った。

ここ1ヶ月程で随分あいつも大人しくなったけど、噂によれば未だ虎視眈々とチャンスを 狙ってるらしいし。やべぇよな、あいつ何しでかすかわかんないから注意しとかねぇと。

ああいうヤツは束になってやってくるから厄介なんだよ。俺じゃなく、相手に。

だから姫子と付き合ってると未だに言えない状況でもあるんだけど・・・。

「だから、何だよ。別に関係ねぇじゃん。俺に女がいようがいまいが。」

「まぁそうなんだけどさぁ。ちょっと聞いてみたくてさ。うちの学校の子?」

いや、俺いるともいないとも言ってねぇけど?まるで「いる」って断定じゃねぇか。

ま、実際いるけれど・・・とりあえず、さあね?と言葉を濁す。

「ふぅん。じゃあさぁ、うちのマネージャーの小暮どう思う?」

「へっ!?」



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