ほんのり恋の味


ほんのり恋の味:番外編 ...食欲

「…あ゛つ゛い」

初夏の日差しが照りつける屋上。

じんわりと額からにじみ出てくる汗をそのままに、私は篤と共に日陰になった場所に並んで腰を下ろす。

「加奈子、夏はこれからだぞ?今からそんなんでどうすんだよ」

「だって暑いの苦手なんだもん。あぁもぅ夏が来るって考えただけで憂鬱になっちゃう」

「えー。俺はすんげぇ待ち遠しいけど?」

ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる篤に俄かに私の眉が寄る。

「何よ、その笑いは・・・どうして待ち遠しいわけ?」

「だって、夏って言えば薄着になるじゃん?海水浴にも行けちゃったりするしー。加奈子の肌の露出度が高くな……いってっ!!」

篤の言葉を最後まで聞くことなく、私は彼の背中をバンッ。と叩く。

何考えてんのよ、もう。

「ヘンタイ」

「いってぇ。何も叩く事ないじゃんかー。男っつぅのはそういう生きモンなの!でも、ま。そういう話は置いといて、海水浴は一緒に行こうな」

そうニッコリと笑われて、思わず、うん。と返事を返してしまう。

……海水浴かぁ。

毎年友達とは一緒に行ったりしてるけど、男の子と一緒に行くだなんて。どんな感じなんだろう?

ほけー。とそんな事を考えてると、篤が隣で少し心配そうな表情を浮かべる。

「つぅかさ。加奈子、さっきから全然食ってねぇじゃん。どうしたよ?」

「え?あー…んー。あんまり食欲ないって言うか…進まない」

自分の手の中に封があいたまま口を付けられていないパンを眺めてそう呟く。

いつもそうなんだよね。この時期はどうも食が進まない。

色気より食い気の私も、さすがにこうも暑いとダメみたいで。

これからが夏本番だって言うのに、どうすんだって感じなんだけど。

「いつもの加奈子らしくないじゃん。食わないと放課後までもたないぞ?」

「んー。分かってるんだけどねぇ…あんまり食べたくないんだもん。暑いし」

「そういえば、昨日も一昨日もあんま食ってなかったよな。大丈夫か?」

「多分、大丈夫ー。いつもこの時期はこうだもん。今はこうでも、帰ってから食べるから大丈夫だよ」

「ダメだって。きっちり食っとかないと、いつもの元気な加奈子じゃなくなるじゃん」

いえね、私だって食べる気だけはマンマンなんだよ?

けど、喉を通っていかないから仕方ないじゃない。

「あ。篤、コレ食べる?開けちゃったから、あげるよ」

「もしかして、食わない気?」

「だって、食べたくないもん。授業中に飴とか舐めとくから平気だよ」

「お前ねぇ…倒れたらどうすんだよ。あーっと。何だったら食えそうなの?」

「え?何だったらって…んー。アイスクリームとか?イチゴ味のカキ氷とか。ほら、喉越しすっきりー。って感じでしょ?それがあったらパンとかも食べれそう…なんてね」

「アイスクリームとパン?……食い合わせ悪くねぇ?」

「だから、なんてね。って言ったでしょ?」

「でも、そういう系があったらメシ食えそうなわけ?」

……アイスの後にパン?

試した事ないけど。カキ氷風のヤツだったら、熱く火照った体を冷やしてくれそうだし。

「ん〜〜〜…かも?」

そう曖昧な返事を返すと、篤は少し考える風に黙ってから、ちょっと待ってな。とニッコリと笑うと、私の頭を軽く叩いてからどこかへ走って行ってしまった。

「え…あっ、篤?!どこいく…の?」

ぽつん。と一人残された私。

生暖かい風を頬に感じながら、動きが取れずにどこへ行ったかも分からない篤を待っていた。

暫く待っていると、息を切らしながら篤がビニール袋を片手に再び私の隣に腰を下ろす。

「お待たー」

「篤、急にどうしたの?」

「ん?ちょっとね、コレを買いに」

そうニッコリと笑って篤がビニール袋から取り出したモノ。

「え…アイス?」

「そうそう。カキ氷風のイチゴアイス。ちょこちょこーっと学校抜け出して、裏の駄菓子屋で買ってきた」

「え、ちょっと…それって…」

私の為に?

「ほら、食欲ないのって加奈子らしくないじゃん?だからさ、これ食ってすっきりしたらメシも食えんだろ」

「そんな、いいのに。私、そんなつもりでアイスって言ったんじゃないよ?例えばの話だったんだよ?わざわざ買いに行かなくても。篤、汗が出てるじゃない」

私はポケットからハンカチを取り出すと、篤の額に浮かび上がる汗を拭き取る。

「いいじゃん、俺がそうしたかったんだし。俺さー、加奈子が幸せそうにメシ食ってる姿見るの好きだからさ。食欲ねぇ加奈子って心配で…」

「……篤」

どうしてこの人は私の為にこんな事までしてくれちゃうの?

篤が何か行動を起こすたび、私の中の篤の存在がどんどん大きくなってきちゃう。

「ほら、溶けないうちにどうぞ?何なら俺が食わせてやろうか?」

「あっ、ありがとう。って、自分で食べれるし!!」

「あははっ!!そっかぁ?そりゃ残念」

おかしそうに笑う篤からアイスを受け取ると、スプーンで掬って口に運ぶ。

ひんやりとした感触と程よい甘さが喉を通り、熱された体を冷やしていく。

「ウマい?」

「うん。お〜いしぃ〜。すっごい幸せー」

「すんげぇ幸せそう。やぁ〜っぱ、加奈子はそうやって幸せそうに食ってる方がいいね」

「ん。なにそれー。それじゃぁ私がタダの食いしん坊みたいじゃない」

「だははっ。そういう意味で言ったんじゃねぇけど」

「もぅ、失礼しちゃう。あ、篤も食べる?美味しいよ」

そう言ってアイスを手渡そうとしたら、篤が目の前で、あ〜ん。と言う声と共に口を開ける。

あ〜ん、て……この構図は私に食べさせろって事?

何か。すごい心臓がドキドキ言ってきたんですけどー。

こんな何気ない事でドキドキしちゃうなんて。やっぱり私はおかしいのかもしれない。

私は頬を染めながら、スプーンでアイスを掬うと篤の口元に運ぶ。

手、手が震える。

「んー、ちめてぇー。すんげぇ甘い、このアイス。こんなに甘かったっけ?」

「そっそうかな…甘い…かな?」

意地悪い笑みを浮かべる篤に、詰まりながら自分もアイスを口に含み返事を返す。

「うん、いつもより甘いって。分かんないかなー…」

「……ぇ」

突然、ひんやりと冷たい感触と柔らかい感触が同時に自分の唇に広がる。

ぼんっ。と、自分の頬が一瞬で真っ赤に染まり、心臓が痛いくらいにドクドクと高鳴り始める。

篤はゆっくりと唇を離すと、ほらね甘さ倍増。って悪戯っぽく笑みを漏らす。

確かに。いつもより甘い気はするけど……するけどね!!

こんな事急にされたら……。

「さぁて。アイス食ったら、喉越しすっきりでメシ食えるよね?」

「あー…うん?」

……違う意味でパンが喉を通らない気がします。