ほんのり恋の味


ほんのり恋の味:番外編 ...栄養補給?

あぁー。何か……すごい緊張するんだけど。

私はため息と共にロッカーにコインを入れて鍵を閉める。

ロッカーから抜いた鍵を手首に通し、バスタオル等を持って若干頬を赤らめながら、イソイソと歩く。

今日はね、篤と一緒に巨大温水プールに遊びに来たの。

夏が近いとはいえ、まだ水温が冷たいこの季節。

篤から、「週末温水プールに行こうよ」って誘われて、二つ返事で、「うん、いいよー」と安易に承諾してしまった私。

よくよく考えてみれば、温水プールって言うからには水着な訳じゃない?

友達とは毎年海やプールに遊びに行ってて水着もちゃんと持ってるんだけど、美佳子から

「え、そんなんで彼氏とプールに行くの?」

なんて、私の持ってる水着を説明したら、驚いたような表情で言われてしまって。

……え。ダメなの?なんで??

『そんなんで』なんて言われたら、ちょっと不安になってくるじゃない。おかしいの?って。

だったら新調しなきゃダメ?でもでもショップとかで水着を売り出してはきてるけど、お小遣いだけでは到底買える代物じゃないんだもん。

どうしようー。って悩んでたら、美佳子が何だか意味ありげな笑みを浮かべて、

「水着、貸してあげようか?折角の斉藤君との水着デートだものねぇ。可愛いモノじゃないと」

って言われたから、じゃぁ貸して?なんて言ってしまって借りてきたのはいいけれど。

どうすんの、コレ。

更衣室からプールへの入り口までの窓に映った自分を横目でみて、更に頬を赤らめてバスタオルで顔を隠す。

だって……ビキニなんだもん。しかも花柄のプリントがされた赤の生地。

お腹見えてるよ?おへそ見えてるよ??背中なんて丸見えなんだよ???

美佳子ってばこんな大胆な水着持ってたんだ………こんなの着てどうするの。

私はなるべく自分の姿を見ないようにしながら、篤が待ってるであろうプールへと急ぐ。

案の定、篤は先に着替えて待っていて、更衣室から出てきた私を見て驚いたように一瞬動きが止まる。

………何で固まるのよ。

少々不安になりながら、折りたたまれたバスタオルを胸に抱いたまま、お待たせ。とだけ呟く。

「あの……変?」

私の言葉を受けても一向に動き出そうとしない篤に、最高潮に不安になって思わず聞いてしまった。

「え?あ…いや、全然。その…加奈子がそういう水着を着るなんて思ってなかったから……ちょっと…」

ちょっとって。ちょっとって何よ?

そりゃね、篤が言うように私だってこういう水着を着るだなんて思ってなかったよ?だけど、着ちゃったものは仕方ないじゃない。

でもでも、あれ?ちょっと待って……篤の顔、赤い?

不思議に思ってチョロっと体を屈ませて篤の顔を下から覗くように見ると、さっと視線を外される。

え……何?

「やっぱり変かな。美佳子に借りた水着なんだけど……似合わないよね、こういうの私」

「じゃ、なくて!その……すごい似合ってるよ、その水着。しかも髪の毛もアップしててすごい可愛いし……何かちょっと俺、ヤバイかも」

「え、何が?」

篤の言ってる意味がさっぱり分からなくて首を傾げてると、篤は耳まで真っ赤にしながら、色々と!って言うと、自分の着ていた薄手のパーカーを脱ぐと私の体に羽織らせる。

うわっ!篤、はっ、裸?!……いや、水着だから当然で、上半身だけなんだけど。何か……。

それを見た途端、心臓の鼓動が高鳴り顔が妙に熱く感じる。

「あの…コレ。どうして私に?」

「加奈子の肌を他人に見られたくないの!」

そう言われた途端、ぼっ!と、今度は私の頬と耳までもが真っ赤に染まる。

篤から差し出された手に自分の手を重ねて手を繋ぐと、2人して顔を赤くしたまま歩き出す。

なによー。篤が変な事言うから、妙にドキドキしちゃうじゃない!

だけど、肌を他人に見られたくないって……プールに泳ぎに来てるのに?



私達はウロウロと歩きながら、空いてる席を適当に見つけて、二人並んで腰を下ろす。

「……………」

「……………」

――――暫くの沈黙。

あぁ、もぅ。何か喋ってよ、篤。

「よし!落ち着いた……加奈子、泳ぐ?」

暫くの沈黙の後、篤はいつも通りニッコリと可愛らしく微笑んで、突然口を開く。

「え?あ、うん。でも、落ち着いたって?」

「ん?だって、すげぇドキドキしたんだもん。加奈子の水着姿見て。心臓が落ち着くまで暫く深呼吸してた」

「何それ」

クスクス。っと笑って見せると、まぁいいじゃん、ほら行こう?と、篤が笑って手を差し出してくる。

私も篤から着せてもらった薄手のパーカーを脱いで立ち上がり、篤の手を握る。

「あー。やっぱ直視できねぇや」

篤は立ち上がる私を見て照れ隠しのように、クスクス。っと笑いながら、前を向いて歩く。

直視……は、しなくていい。恥ずかしいから。



私達はそれから、色んなプールに入ったり色んな種類の滑り台を楽しんだ。

今はどうやら先へ進むほど深くなっていくゾーンにやってきたらしく、進むにつれて水嵩が増す。

「うわっ。どんどん深くなっていく……どれぐらいまで深くなるのかしら?」

「さっき2mとかって書いてたけど。加奈子は立ち泳ぎとか出来る?」

「あ、バカにして。これでも運動神経はいい方よ?出来るに決まってるじゃない」

「あ、そう?俺と加奈子って10cm程しか身長が変わらないから溺れても俺、助けてあげられないからね?」

「結構ですー。溺れないもん」

私はぷくっと頬を膨らませて篤を睨むと、軽く平泳ぎの体勢で前へ進む。

だいぶ奥の方まで進んで来たようで、めっきり辺りの人影が減る。

「わぁ。もう足が届かないよ?もうちょっと進めば最奥ね。そろそろ手足がダルくなってきたー」

「あははっ。何、加奈子はもう降参?体力ないねぇ」

ムカッ。

「失礼ね!降参な訳ないでしょう?篤には負けないもん!!」

何を競ってるんだか分からないけど、私はムキになって篤よりも先へ進む。

「ぶははっ!加奈子の負けず嫌いー。待てって」

「待たない!」

必死になって手足を動かしたからなのか、次第に自分の足に違和感を覚え始める。

……………ん?

次の瞬間、ピンッ。と突っ張ったような痛みが足の先から走り出す。

「いっ、痛っ!あっ足……足攣った…篤、足が…」

「え?!マジ??ちょっ…大丈夫か、加奈子。ほら、俺に掴まって」

沈んでいきそうになる私を後から追いかけてきた篤が慌てた様子で私の腕を掴んで自分の肩にまわさせる。

途端に密着するお互いの肌。

それを意識すると、ドキドキと鼓動が高鳴ったけれど、それよりも自分の足が優先されて、ドギマギしながら篤を見る。

「イタタタ。あっ、篤は…大丈夫?ど、どこか他に掴まるとこ」

「俺は大丈夫だから。真ん中らへんを泳いでるから、掴まれる場所まで行くのに結構距離あるよ?とりあえず、足を反らせて」

篤は器用に私の体を支えながら、ゆっくりと端の方へ泳ぎ出す。

その間に私はドキドキしながら急いで足をマッサージして、何とか攣った足を元通りに戻そうと頑張っていた。

「加奈子、足は?」

「うっ、うん。何とか落ち着いたみたい……ごめんね。もう自分で泳げそう。ありがとう篤」

端に着く少し手前で落ち着いた足を気にしながら、急いで篤の体から離れようと手を彼の肩から外すと、今度は篤の腕が私の肩にまわってくる。

「あっ、篤?!」

「あ゛ー。ぢかれたー…結構、今の体力いった。加奈子…残り引っ張ってって」

「えっ?えっ?!ちょっ…篤!うわっ、重っ!!どわぁぁぁーっ………」

篤がいきなり全体重を私にかけてくるもんだから、自分では支えきれずに2人共が水中にぶくぶくと沈んで行く。

ちょっと、篤。何考えてるのよっ!!

水中で篤と目が合い、そんな意味を込めて睨みつけると、篤の方は逆にニタッと笑って見せると私の体をぐいっと自分に引き寄せる。

…………っ?!

次の瞬間、私の目の前には篤の顔があった。

自分の唇に感じる柔らかい感触。見開かれる私の目。あまりにも突然の出来事で、全く動きが取れないでいた。

呼吸が暫く止まっていた私は、水面から顔を出すと思いっきり自分の肺に空気を送り込む。

「ぷはーっ!」

同じように水面から顔を出した篤に、真っ赤な顔で睨みつけると、クスクスっと篤が笑う。

「栄養補給。サーンキュ♪加奈子」

「もっ、もう!篤っ!!」

何食わぬ顔で気持ち良さそうに泳ぎはじめる篤に、バシャッ、と後ろから水をかける。

なっ、何が栄養補給よ!勝手に人で栄養補給なんてしないでよね!!