ほんのり恋の味


ほんのり恋の味 ...07

私は頭の中が真っ白なまま、篤に手を引かれて映画館に入る。

入り口で何か篤が言ってきたけど全然頭に入ってこなくて、空返事をして席に着く。

「加奈子、何か飲み物買ってこようか?」

「え?あ、うん。じゃぁ、ウーロン茶で」

「オッケー。ポップコーンも食べる?」

「あ、うんうん。食べるー!!」

「……何か、食いモンの時だけヤケに返事がよくねぇ?」

「気のせいじゃない?」

篤は苦笑を漏らしながら売店まで行くと、程なくして席に戻ってきた。

そりゃ、色気より食い気ですから?返事がいいのは当たり前でしょー。

篤が買ってきてくれたポップコーンを頬張りながら、上映までの時間をたわいない話で盛り上がる。

……結構篤と話すのも楽しいかも。

そう思いかけてた頃辺りが暗くなり、スクリーンが大きく開く。

「あ!始まる!!ね、そういえばどんな映画?」

「ホラー映画」

「へ? 嘘!? ちょっと聞いてない!そんな、無理だって!!私、ホラー苦手なのにぃ!!!」

「えぇ!入る前に確認したじゃん。恋愛もんかホラーしかやってねぇから、ホラーでいいか?って聞いたら、うん。って言ったじゃんか」

しまった……。あの空返事した時だ。

頭が真っ白でそんな事全然聞こえてなかったってぇ。

ヤバイって、マズイって…私、絶対泣くよ?絶叫するよ??どうすんのよーーーー!!

「どうする?止めとくか?」

「いや…勿体無いから見る…ケド…」

始まる前から手に汗握り、顔を強張らせていると心配そうな声で篤が私を覗き込んでくる。

「加奈子…まだ始まってないって。今からそんな緊張しててどうすんだよ」

「て……」

「え?」

「手…握ってもらってていい?何かに掴まってないと、私絶対失神するから」

「そりゃ願っても無い申し出だけど。ほら……って、うわっ!すげぇ手に汗かいてる!!」

「そりゃそうでしょー。怖いもん、絶対泣くよ?絶対絶叫するからね?」

「その時は俺が抱きしめてやるよ」

普通の場合なら突っ込む所だけど、今の私にはそんな事を耳に入れる余裕はない。

私はとりあえず、その時はよろしく!と、篤の手をぎゅっと握りしめた。




「ひゃぁぁっ!おっ、音がでかい!!」



「どわぁぁっ!!なななんでそこでそう出てくんのよ!!!」



「ぎゃぁぁっ!!!ダメダメダメ…あぁ、もぅ泣きそう」



大きな音が鳴る度に私の口から絶叫らしきものが出て、その度に横からクスクス。と笑い声が聞こえてくる。

人が泣きそうになってんのに、何笑ってんのよ!

「ちょっ、ちょっと…な、なに笑ってるのよー」

「いや…マジで怖いんだって思って。握ってる手、力入りすぎ」

「だってだって怖いでしょうが。 きゃぁっ!!あぁ、もうダメ…怖すぎて涙出てきたー」

「あははっ!これで怖いって言っててどうすんだよ。まだ中盤だぞ?」

「嘘ー。もぅ無理ー。絶対今晩夢に出る…怖すぎる〜」

「じゃぁ、こうしててやるよ」

「…へ?」

耳元で篤の声が聞こえたかと思ったら、繋いだ手を離してそのまま私の肩にまわすと、ぐいっと引き寄せられる。

引き寄せられたお陰で、私のおでこが篤の頬に当たり肩が胸元に納まる。

「こうしてたら少しはマシじゃない?」

少し顔の角度を変えて篤が耳元で囁くと、途端にそこからサワサワッとした震えが全身を駆け抜ける。

あまりにも近い距離。

今日は肩まで伸びた髪をアップしてるから、むき出しになった耳に篤の唇が触れた気がした。

マシかもしれないけど…マシじゃない!!

こんなの、映画どころじゃなくなっちゃうじゃない。

どーすんのよコレ。ドキドキ心臓が鳴っちゃって収集がつかないわよ。

「加奈子?」

「なっ、何?」

「怖くなくなった?」

「あー…うん?」

「微妙な答えー」

そんな事言われてもね、何か言う度に篤の唇が耳に触れて、その度に心臓が高鳴って…マトモに返事なんてできないっつぅの!!

やだやだ、もー。心臓が口から飛び出してきそう。