*公園のベンチ






ユキちゃんと手を繋いで歩く、放課後の歩き慣れた帰り道。

掌に大好きなユキちゃんの温もりを感じながら、たわいない話で笑い合う。

今日の授業はどうだったとか、昼休みに友達とこんな事を話していたとか。

いつも違う話題が次々と出てくる中、ユキちゃんは必ず一つの事を私に聞いてくる。



「葵、今日はクラスの男(ヤロー)に苛められなかったか?」

「もう。ユキちゃん?小学生の頃の私じゃないんだから…誰にも苛められないってばぁ」


小学校の頃の私は、男の子達からスカートめくりをされたりとか、からかわれたりしたら、すぐにユキちゃんに泣きついてたっけ…○○君に苛められたぁ!って。

ユキちゃんはそれを聞いたらすぐにその子の所へ行って、葵の敵討ちだぁ!って、よくケンカしてたっけ。

でも、私はもう高校生で、スカートめくりをされたり、からかわれたりしてユキちゃんに泣きつく年でもないし、それが苛められてるんじゃなくて悪戯だったんだって理解しているんだけど…。

ユキちゃんは、いっつもあの頃と変わらず「ヤローに苛められてねえか?」って聞いてくる。

誰かに苛められた覚えは一度もないっていつも言ってるんだけど、ユキちゃん曰く、男の子からちょっかいを出される事が苛められてる事なんだそうで。

みんなユキちゃんの事が怖いから、誰も何もしてこないって言うのに。


「お前はな〜んか弄られやすいからなぁ。授業中も心配で心配で…」

「……授業出てないクセに」

「葵…お前、今なんか言ったか?」

「べ別にっ…何も言ってないよ?」


ジロっと横目で睨まれて、慌てて小さく首を横に振る。


「ったく。俺が卒業してからの2年間がすげー心配だわ、俺。可愛い上に女っぽさまでがプラスされたからなぁ?お前一人で大丈夫か?」

「んもぅ。ユキちゃん、心配しすぎだよぉ。それに…可愛くないよ、私。いたって普通だもん」

「はぁぁ。だ〜から、心配だっつってんの!お前自身に自覚がなさすぎんだよ…あ〜、俺。一年留年すっかなぁ…」


ユキちゃんはそんな事をぼやきながら、帰り道の途中にある小さな公園に足を向ける。


……留年て。そこまで心配してくれなくても。


公園の中の小さなベンチに腰を下ろすユキちゃんの隣りに、同じように腰を下ろそうとしたら、突然腕をグイッと引っ張られる。


「葵が座るのはそこじゃねぇだろ」

「ひゃっ?!え…やっ…ユキちゃん?」


私の体は、ユキちゃんの片方の膝の上にちょこんと納まり、逃げられないように腰に腕をまわされる。

途端に自分の頬が真っ赤に染まり、心臓がドキドキと高鳴り出す。


こっここ……公園なのにぃ。


「お前はココに座っときゃいいの」

「でもっ…は、恥ずかしいよ。しかも、重いでしょ?」

「別に恥ずかしくねえだろ。それに、重かったらこんな事させてねえよ」


いや…充分恥ずかしいですが?


「でもぉ…」

「つべこべ言ってんじゃねぇって。いつだってこうやって葵を腕の中に納めておきてぇんだから、お前は大人しく言う事聞いてればいいんだよ」

「ユキちゃん…」


何気に超恥ずかしいセリフだったよね、今の。

あー…どうしよ。顔から湯気が出てきそう。


私は熱くなる頬を両手で擦りながら、ふとある事に気付く。


「ねぇ、ユキちゃん…この手、なぁに?」


この体勢に戸惑っていて気が付かなかったけれど、いつの間にか腰に回されている腕とは反対の手が私の太ももに置かれている。

……しかも、半分スカートの中?!


「何?って、別に太もも触ってんだけど?」

「じゃ、なくて!いや、そうなんだけどっ…どっどうしてここにあるの?」

「どうしてって、触れ心地がいいからに決まってんだろ?なんだよ…葵はこれだけで、変な気分になってきた?」

「ちっ違うもん!ゆ、ユキちゃんのエッチ!!」


口元をニヤリと上げて意地悪く笑ってくるユキちゃんを睨みつつ、慌てて彼の手を退けようと引っ張った。

だけど、全然その手はビクとも動かなくて、反対にズズッと中に進む。



「やっやだぁ、ユキちゃん。手をどけて?」

「イヤ」


イヤって…


「葵が変に抵抗しようとしなきゃいいんだろ?別にこんな所でお前を襲おうだなんて思ってねんだからよ」

「でっでもぉ…手がヤラシイ」

「あぁ。俺、スケベだからな。知らなかったか?」

「知ってたケド…」

「じゃあ、いいじゃん。太ももに手を置いておくぐらい」


ケロッとそんな事を言ってくるもんだから、返す言葉が見つからない。


……もぅ。


私は眉尻を下げながら彼の頬に手を添えて、うにっと軽く摘む。


「おっ置いておくぐらいならいいけど…動かしちゃダメだからね?」

「ん?動かすって、こういう事?」


そう言ってユキちゃんはまた意地悪い笑みを浮かべると、グッと中まで手を進めて内腿を擦ってくる。


「やっ!?やだ、やだっ…ダメだってば!!」

「あはははっ!嘘々、冗談。お前、こんな所でそんな色っぽい声出してんじゃねえよ。理性が吹っ飛ぶだろ?」

「ゆっユキちゃん!?」


おかしそうに笑いながら、また元の位置に戻るユキちゃんの手を確かめてから、もぅ。と、口から言葉が漏れる。


ユキちゃんて、冗談っぽく言ってて本気の時があるから怖い。

こんな所で…なんて、想像しただけでも倒れそう。


暫く聞こえていた笑い声が止んで、あ〜ぁ。と、ため息交じりの声が続けて聞こえてくる。

「葵とこうして一緒に帰れるのも、もうあと少しか」

「…ユキちゃん?」

「ほら。俺は3月で学校を卒業すんだろ?進路が決まれば3学期の大半は学校に来なくてよくなるだろうしさ…もう少しなんだなぁって思って」

「そっ…か。そうだよね、あと少しなんだ…」


ユキちゃんとこうして一緒に登下校するのも、もう少ししたらなくなっちゃうんだ。


急に現状に引き戻された気がして、気分が沈む。


「なーに、シケた面してんだよ。一緒に登下校は出来なくなっけど、葵とはずっと一緒にいるだろ?家も隣り同士なんだしよ」

「ん…そうだけど。やっぱり寂しいもん。ユキちゃんは卒業したらどうするの?大学に行くの?」

「いんや。働くつもり。授業もロクに出てなくて、単位すらもヤベーのに、大学なんて受けられないだろ?それに、例え大学に進めたとしても家の家計じゃなぁ?これ以上クソばばぁに迷惑かけらんねぇだろ」


何だかんだ言って反抗しつつも、ユキちゃんて結構お母さん思いなんだよね?

小遣いもらえねえから、仕方なく行ってんだよ。って言いながら、夜の高額なバイト料が貰える所でバイト(本当は学校でバイトは禁止されてるんだけど)して、その殆どをお母さんに渡してたり。(だから、朝起きられなくてよく遅刻したりするんだけど)

夜勤の日には、帰って来たらすぐに温かいお風呂に入って疲れを癒せるようにって、その日だけは早起きしてお風呂を沸かしてあげてたり。

ユキちゃんのお母さんがいつも嬉しそうに言ってるもん、あの不良息子がね…って。

口が悪くて性格がひん曲がってるっぽいけど、すごく心の優しい人なんだよね、ユキちゃんて。


「そっかぁ。卒業したら働くんだ…色々考えてるんだね、ユキちゃんも」

「別に。なんも考えてねぇよ………なぁ、葵?あともう2年経ってお前が卒業したら、俺んとこに嫁に来るか?」


突然ユキちゃんが真剣な顔をしてそんな事を言ってくるもんだから、一瞬訳が分からなくてきょとんと首を傾げてしまう。


「へっ?」

「ま。まだ、葵にはそういう話は早いよな…お前は大学とかに進むかもしれないんだし」

「あの…それってユキちゃんのお嫁さんにしてくれるって事?」

「ま〜だ、先の話だけどな。あ!お前…今度俺がプロポーズする時には断ったりすんなよな?」

「え…断った事なんてあったっけ?って、言うか…プロポーズなんてされた覚えは……」


………あったかも(汗)

正式にではないにしろ、ユキちゃんをすご〜く傷つけたと言うあの事件(事件かなぁ?)


それを思い出し、あっ。と言う顔を表に出すと、目の前のユキちゃんの表情が俄かに曇る。

「忘れてたのか、このヤロー」

「いやっ!あの…忘れてたわけじゃなくて…思い出せなかったって言うか…」

「それを忘れてるっつうんだ、このボケっ」

「ごっごめんなさい!!」

「まぁ、いいや。そんな過去の蟠りも消えた事だし…葵は俺の腕の中に戻って来たわけだしな?」

「ユキちゃん…」


ユキちゃんは、ずっと太ももに添えていた手を頬に移動させると、優しく撫でてくる。

その心地よさに自然と目を閉じると、すぐに柔らかい感触が唇に伝わってきた。

唇を啄ばむような、ユキちゃんからの優しいキス。


私たちは、ここが公園のベンチだという事も忘れたかのように、長く甘いキスを繰り返していた。


大好きな大好きな私のユキちゃん。

少しの間すれ違ってしまっていたけれど、再びこうして私に優しい笑みを向けてくれて、私を大切にしてくれる。


ユキちゃんは、ゆっくりと唇を離すと私の目を見てニッコリと綺麗な笑みを浮かべると、ギュッと私の指に指を絡めて手を握る。

「葵…大好きだよ」

「私も、ユキちゃんが大好き」

「繋いだこの手はもう二度と…いや、一生離してやらねぇから。覚悟しろよ?」

「ん…私も、もう二度と離さない」


お互いに、もう二度と離れないと誓うように手を握り締め、再び引き寄せられるようにキスをした。



お題配布→『桃色手帳』






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