*溢れたモノ






「39度2分か……下がらないなぁ」


秀は、私の腕から電子体温計を抜き取り、数字を読み上げてから、はぁ。と一つため息を漏らす。

どうやら最近流行ってる風邪を会社で貰ったらしく、私は昨日から熱を出して寝込んでいる。

秀も今日は早めに仕事を切り上げてくれて家に帰って来てくれたんだけど。


「点滴打ったのに熱下がらないなんてね」

「ホント…今年の風邪って厄介かも。でも、秀?いくら高熱が出てるからって言っても自分で歩けるんだから、担いで行ってくれなくてもよかったのに」


私は先ほどの事を思い出し、ポッと頬が赤く染まる。

だってね?

秀ってば帰ってくるなり、「病院で点滴打ってもらおう?」って言ったかと思えば私を横抱きに抱き上げて(所謂お姫様抱っこって言うヤツ)車まで運んで、病院に着いてからもずっと抱っこしたままなのよ?

自分で歩けるから!って何度言っても、

「ダメ。智香さんが転んだりでもしたら大変だろ?それに、歩いたりして余計な体力を使わなくていいから…大人しくしてて?」

って言うのよ?

熱で体温が高いって言うのに、それ以上に熱くなっちゃって、血管が破裂しちゃうんじゃないかって心配になったわよ。

お陰で看護婦さんにも、「大事にされてるわねぇ?」なんて、からかわれてしまって…あぁ、恥ずかしい。



「あははっ。そんな照れなくてもいいじゃん。あー、そっか。もしかして、それで恥ずかしくて熱が下がらないのかも?」

「んもぅ!変な事言わないでよ、余計に熱が上がっちゃうでしょ?」

「智香さん、可愛い♪」

「……バカ」


私は、クスクスっと笑う秀に対して、ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らませる。

もう…どっちが年上なんだか分からなくなっちゃう。


「まあ。冗談はさて置き…本当に大丈夫?しんどくない?」

「んー…今の所大丈夫、かな?熱が上がりきっちゃったから、辛いって言うより頭の中がふわふわして、ナチュラルハイになってる気分」

「あははっ。そっか…微熱の時が一番辛いって言うもんな?だけど、高熱なのは確かなんだから大人しく寝てなきゃダメだからね。ね、何か欲しい物があったら取ってくるけど…」

「ん…冷たい物が飲みたいかも」

「りょーかい。ちょっと待ってて?すぐに取って来てあげるから」


秀はそう言ってニッコリと可愛らしい笑みを見せてから、キッチンへと姿を消した。


昨日からそう。

秀は甲斐甲斐しく介抱してくれて、至れり尽くせりの私。

普段からそうなんだけど、今は特にそう思う。

アレが飲みたいって言ったらすぐに取って来てくれるし、冷たい物が食べたいって言ったら、ワザワザ買ってきてくれて食べさせてもくれる。

着替えだって全部秀がやっちゃうし…。

何もそこまでしなくても?って思うんだけど…秀がそれを聞いてくれない。

こういう時は本当に秀に愛されてるなぁって実感しちゃう瞬間なんだけど。



「はい…ミネラルウォーターでよかった?リンゴジュースとかアクエリアスとか色々あるけど…水が嫌だったら取り替えるよ?」

「ううん、それでいいよ。ありがと…」


私がゆっくりと体を起こそうとしたら、秀が私の寝ている脇に腰を下ろしてそれを阻止する。


「秀?」

「智香さんは寝てて?俺が飲ませてあげる」

「え…い、いいわよ。自分で飲めるから」

「ダーメ。俺が飲ませてあげるから、OK?」

「だって…そんな事したら秀に風邪がうつっちゃうってば」

「今更なに?ずっとそうして飲ませてあげてたのに、うつるも何もないっしょ?」

「……そうだけど」

「智香さんは大人しく俺の言う事を聞いてりゃいいんだって」


ね?ずっと、この調子。

風邪がうつったら大変なのに…全然言う事を聞いてくれないの。


秀はミネラルウォーターを口に含むと体を屈ませてそっと唇を重ねてくる。

僅かに開いた所から、少し冷えたモノが流れ込んできて、受け止めきれなかった分が口元から溢れて頬を伝い落ちる。

その溢れたモノを、秀は舌先で舐め取ってから再び唇を重ねてきた。



「…ふっ…ぁっ…」


口内で熱い舌が絡み合い、私の口から甘い声が漏れる。



「……全部俺にうつっちまえばいいのに」



秀は少し唇を離して、そんな事を囁く。


「んっ…秀?」

「智香さんが熱で苦しむのも、咳をして辛そうにしてるのも嫌だから、智香さんを苦しめてるもの全部、俺にうつってしまえばいいのにって思うよ」

「しゅ…う」

「俺がもらってやるよ、智香さんの風邪。こうして全部奪い取ってあげる」


そう言って秀はクスっと小さく笑うと、また唇をしっかりと塞いでくる。

ギュッと強く抱きしめられて、口内深くで秀の舌が蠢き、溢れ出しそうになるモノを時折チュッと音を立てて吸い上げられる。



本当に、この子ってばどうしてこう嬉しくなっちゃうような事をすんなりと口にしちゃうのかしら?



私は秀の優しさに包まれて、幸せな気分に浸りながら、本当に奪われてしまうんじゃないかってくらいの熱い彼からのキスに酔いしれていた。



お題配布→『桃色手帳』






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