*満員電車






夏休み最終日。

私は篤とせっかくの夏休み最後の日だから、テーマパークに遊びに行こう。って話になって、
少しゆっくり目の出発だったけど、電車に乗って出かける事にしたの。

でも……何これ。

押し潰されそうな程の満員電車。

右を見ても左を見ても、斜め前も斜め後ろも、前も後ろも人だらけ。

まぁ…前は篤だって事は言わなくても分かると思うけど。

学校へは電車に乗って通ってないから、満員電車って慣れてないのよね、私。

空間が無いほどのすし詰め状態のこの状況に酔いそうになってしまう。

押し潰されそうになるのを、身を捩りながら何とか耐えてるけど、もうそろそろ限界かもしれない。

朝食べたものが出てきそうになるほど四方から押され続けて、私の眉間のシワがみるみる深くなっていく。

「もー。どうしてこんなに人が多いの?」

「うわー…加奈子、すっげえ眉間にシワ寄ってんだけど。まぁ、仕方ないんじゃない?
夏休み最終日だし、しかも今日は日曜だし?みんな考える事は同じなんじゃないの?」

そう言って、私の表情に篤が苦笑を漏らす。

そりゃそうかもしれないけど……それにしても多すぎない?

みんな夏休み最終日なんだから、家でゆっくりしてなさいよね。

なんて、自己チュー的な事を思っていると、電車が駅に着いたようで、人の出入りに流されるように、篤と共にプラットホームに押し出されてしまった。

「はぁ。またこの中に入らなくちゃいけないのか」

開かれたドアから見える人垣に、ぞっとしながらそうボソっと呟くと、篤がそれに対して少し笑いながら、私の手を引き最後尾から並んで、先に篤が背中で人の壁を押すように乗り、私がその後について乗り込む。

さり気なく背中にまわされた篤の手。

ピー。と、ドアが閉まる笛の合図が聞こえてくると、ドアに挟まらないようにと気を使ってくれてるのか、篤がクイッと背中にまわした手に力を入れて、私の体を少し引き寄せる。

プシュー。と音を立ててドアが閉まると、篤の手が緩んで、ちょうど自分の背中をドアに預ける形になった。

「ふぅ。これなら加奈子もちょっとはマシになるんじゃない?」

そう、可愛らしい笑みを浮かべて、篤は私の両肩の脇を通ってドアに手をつく。

先程とは比べ物にならないくらい、空間のあいた自分の周り。

それが篤によるものだって気付いたら、途端にキュン。と胸が鳴る。

これの為に最後尾から乗ったの?

「え…篤。ごめん、大丈夫?」

「全然平気。暫くこっち側のドアは開かないから、加奈子も少しは快適に乗れるだろ?
まぁ、立ちっぱなは仕方ないけどね。」

篤はぐっと腕に力を入れて、なるべく人が私に寄りかからないようにと防御してくれてる。

こういうさり気ない篤の優しさが、どんどん彼に惹かれていく原因かもしれない。

私は、ありがと。と、小さく呟きながら、篤のシャツの胸元を軽く掴む。

「加奈子の為だから、いいって事よ……おわっ!」

そう言ってニッコリ笑った瞬間、電車がカーブに差し掛かったのか大きく揺れて、その反動で人の波が篤を襲い、彼は耐え切れずに腕を折って体勢を崩し、私の方に倒れてくる。

危うく顔がぶつかりそうになるのを、反射的に篤がよけた瞬間、スッと篤の唇が私の頬を掠めた気がした。

篤の体が覆い被さってきてる事にドキドキしていると、耳元から、小さくクスっと笑う篤の声が聞こえてきて、少し意地悪めいた口調が続けて耳元から聞こえてくる。

「あー、俺いいこと思いついちゃった」

「へ?いいことって?」

篤と距離が近くなる事に慣れてきた私だけど、やっぱりこう、緊張しちゃう。

こんな、抱きしめられるような恰好だと。

ドギマギとしながら、早く離れてくれないかなぁ。なんて思ってると満面の笑みを浮かべた篤の顔が目の前にど〜ん、と現れる。

「うわっ!な、何?」

「加奈子、キスしよっか」

私に聞こえるか聞こえないかぐらいの、トーンを抑えた篤の声。

それなのに妙にハッキリ耳に響いて、自分の顔が真っ赤に染まる。

「はっ?!え…な、何言ってんの?電車の中だよ、ココ」

篤の突然の言葉に、頭の中がパニックを起こす。

それでも、篤の方は平然とした顔で、ニッコリと意地悪く微笑みかけてくる。

しかも、かなりの至近距離で。

「電車の中だけど、満員電車だし?だーれも見てないって。ほら、俺らのまわりの人達みんな背中向けてっし」

「いや、でもだからって…」

後ろが閉ざされたドアという壁ゆえに、逃げ場が無くて、自分の目だけが篤の視線から逃れようと泳ぎまくる。

「あー、俺、今日ほど自分の身長が高くなくてよかったって思った事はないなぁ。これで身長が高かったら、こういう事思いつけなかったもんね」

「だからって、篤…」

そんな、人前でキスなんて!!

絶対考えられない、あり得ない!!!

「こんな満員電車の中でもみくちゃにされちゃぁね?さっきみたいに、偶然ホッペにキスもあるわけだし、偶然唇に当たっちゃうかも?」

なんて、可愛らしく笑う小悪魔………だからか。

だから、さっきいいこと思いついただなんて言ったんだ。

「そっ、そんなの偶然じゃないじゃない!あっ、篤が故意にしようとしてるんでしょ?嫌よ、こんな人前でキ…」

キスなんて!そう叫ぼうとして、慌てて口をつぐむ。

あっ危なー。思わず叫ぶとこだった。

私は改めて一息ついてから、篤に視線を向けて言葉を発っしようと口を開けた途端、また電車が再び大きく揺れる。



チャーンス♪



そう、小さな篤の声が聞こえてきたかと思ったら、次の瞬間にはもう唇を塞がれていた。

「……………っ?!」

大きく見開かれる自分の目に、篤の長い睫毛が映る。

ちょっ…ちょっ…ちょっとぉぉぉ!!!

それはあまりにも突然過ぎる出来事。

そして、あまりにも一瞬の出来事で、抵抗すらする間も無く篤の顔が離れていた。

「結構スリルあるね?」

篤はワザワザ私の耳元まで顔を寄せて、囁くようにそう呟いてくる。

スリルですってぇ?

何が嬉しくて、こんなスリルを味あわなくちゃいけないのよぉ!

そりゃ、篤とキスできる事は嬉しいけれど…いや、待て、違う!!

「もっもう!何考えてんのよ!!」

「ん?加奈子とどうしたら沢山キスできるかって、常に考えてる」

いや…そうじゃなくて。

「恥ずかしいでしょ?こんな場所でやめてよ、もう」

「え〜、やだぁ」

やだぁ、じゃない!そんな可愛い顔してもダメなものはダメ!!

……そう思ってたのに。

目的地の駅に着くまで、篤のどさくさ紛れのキスは続いて、降りる頃には茹ダコのように真っ赤になった私がいた。



お題配布→『桃色手帳』






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