*飴玉 「あ゛ーーーっ!もう、無理!!頭がパンクしそう」 俺は持っていたシャーペンを机の上に放り投げ、ゴロンと仰向けに寝転がり、ぐしゃぐしゃっと髪を掻き毟る。 「もう、直人。さっきからそればっかりじゃない」 斜め向かいに座る恵子は、俺を見ながら呆れたようにため息をつく。 「そんな頭に詰め込んでも仕方ないって。休憩を入れつつゆっくりとやんなきゃ知恵熱出んぞ?」 「あのねぇ。休憩を入れつつって…勉強してる時間よりも遥かに休憩時間の方が長いじゃない。しっかりしてよ、もう!一緒の大学に行けなくなっちゃうでしょう?」 「わぁってるって。だけど、英単語の羅列を見たら無意識に拒否反応が出ちまうんだから、仕方ねぇだろ?これでも俺、帰ってからもちゃんと勉強してんだぞ?お前と一緒の大学を受けるためにさぁ」 そう。俺は今、恵子と一緒に彼女の部屋で受験勉強に励んでいる最中。 元々頭のいい恵子は、楽に志望校に行けるんだけど、俺は若干(いや、カナリかも)英語が脚を引っ張っている。 いやぁ。でも、俺って意外にラッキーボーイだから、運良く受かりそうな気もしないでもないんだけど…。 って、恵子に言ったら、もし受からなかったらどうすんのよ!って背中を思いっきりしばかれた。 俺と恵子の大学生活を満喫するためには、今頑張らなきゃいけないって分かっちゃぁいるけど…中々これが。 「長瀬と私が受かって、直人だけ落ちたらどうするの?切ないよ?」 「バーカ。修吾が受かるんなら、俺だって受かるっつうの!それよか、美菜ちゃんの心配をした方がいいんじゃねぇの?」 「あー。美菜はね…私たちと同じ大学は受けないって言ってたよ」 「え…マジで?じゃあどうすんだよ…修吾との付き合いは」 「あそこのカップルは心配ご無用でしょ?将来の事を考えて、美菜は専門学校に行くんだって」 「専門学校?」 「うん。あの子料理が得意でしょ?長瀬の為に栄養士の資格を取ったり調理師の資格を取りたいから、そっち方面の専門学校に進もうかな、ってこの間言ってた」 「へぇぇ〜。もう将来の事まで考えてんの?あいつら…気が早いなぁ」 「だよねぇ。私も美菜に大学4年間通って、もうちょっと遊んだら?って言ったんだけど…『私は恵子達みたいに頭がよくないから、自分の出来る事を頑張ろうって思ってるんだぁ。それにね、恵子と修吾君が同じ大学に行ったら遊びに行きやすいでしょ?それで充分だよ』だって。長瀬が私たちが受ける大学を選んだのも、就職する時の事を考えての事らしいよ?」 すげえな…修吾のヤツ、そこまで先を考えてたのか。 俺なんて、志望の動機は『恵子と一緒に大学に通いたいから』と言う何とも曖昧なモノなのによ。 「そっか…じゃあ、俺も修吾を見習って将来の事を考えつつ、楽勝で合格できるように勉強すっかな」 よっ。と、声をかけて起き上がると、再びシャーペンを手にする。 「…え?将来の事って…」 「ん?そりゃ、俺と恵子の将来の事に決まってんだろ?俺も頑張って大学に受かって、一流企業に勤めて恵子を養っていく」 「な…おと。それって…」 「あ。プロポーズじゃねえぞ?まだまだ俺は修吾みたいに将来設計を立てられてねぇからさ…そのなんつうの?恵子と一緒に大学に通いたいっつう曖昧な動機じゃなくて、将来の事を考えられるように頑張ろうって事。プロポーズは俺がいっぱしの人間になってからっつう事で」 腕を伸ばして、斜め向かいに座る恵子の頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうにはにかみながら、うん。と頷く。 俺と恵子の将来かぁ…まだまだ想像がつかねぇけど。 それを叶えるためには、まず初めにコイツを倒さねば…だよなぁ。 机の上に開かれている問題集と参考書を眺め、英単語の羅列に若干の眩暈を覚える。 なんで俺、外人に生まれてこなかったんだよ。 カリカリっとシャーペンを走らせる音を響かせながら、格闘する事1時間。 俺にしてはカナリ今日は頑張ったと思うんだけど? はぁ。と一つため息を付くと、恵子が、はい。と言ってあるものを差し出してくる。 「……飴玉?」 掌の上に乗せられた不透明な白い色をした丸い塊を見て、ボソっと呟く。 「うん。ほら、疲れた時には甘いものがいいって言うでしょ?」 恵子はピンク色をした飴玉を口に含んで、ニッコリと笑う。 「甘いものって…これ、ハッカじゃねえの?恵子が食ったのイチゴだろ…ピンク色してたもんなぁ?」 「……よく見てたわね。いっいいじゃない…ハッカだって甘いでしょ?」 「お前ねぇ…一番人気のないハッカを俺に食わして、自分は美味いイチゴを食うか?俺もイチゴとかオレンジとかそういうのがいい」 「やだぁ。ハッカばっかり残ってるんだもん…直人、食べて?」 そう、可愛らしく恵子から言われると、しょうがねぇなぁ。と、ついつい口に含みそうになる。 いや、ちょっと待て。 俺だってハッカはどっちかっつうとあんま好きじゃねんだって。 恵子のヤロー、残り物を俺に食わそうとしたな? 「イチゴかオレンジ」 「ダメ」 「あっそ?じゃあ、いいよ…恵子が食ってるの貰うから」 俺はニヤリと口元を上げると、恵子を引き寄せて素早く唇を重ねる。 「んっ…」 恵子の唇を舌先で割って、中に進めるとコロコロっとしたモノに触れる。 舌を絡めながら器用に飴玉を掬い取ると、自分の口へと運び込む。 甘い味が口の中に広がり、イチゴの香りが鼻から抜けていく。 「すげぇ甘いな、このイチゴ味」 僅かに唇を離してそう呟くと、少し頬を染めながら、恵子がバカ。と小さく返してくる。 「恵子との甘〜いキスとイチゴ味の甘〜い飴玉で、疲れも吹っ飛んで一気に能率が上がりそう」 恵子の唇を啄ばみながら、視線を絡ませてそう呟く。 いや…能率と言うより…性欲が増す? 自分と恵子の将来を夢見つつ、視界の隅に映る参考書を意識しながら、どうしても目の前に立ちはだかる甘い誘惑に勝てそうにない自分がいることをイチゴ味と共に感じていた。
お題配布→『桃色手帳』様
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