*そっちからして






「なあ、姫子。その服、胸元が開きすぎじゃねぇ?」

「えー?そ、そうかなぁ」

ある日曜の昼下がり。

新一と一緒に受験勉強の息抜きでもしに行こうと、街までぶらぶらとしにやってきた。

彼は私の手を引いて歩きながら、不服そうに胸元を指差し、そう呟く。

今日は久しぶりに外でのデートだからと思って、この前新しく買い揃えたモノを着てきたんだけど。

「そうだって!お前、結構ナイスバディなんだからさー、ヤロー共がみんな見てんだろ?」

「だーかーらー。そんな所見てるの新一ぐらいだっていつも言ってるでしょ?変な所見ないでよ、エッチ!」

「エッチって…見てるから言ってんだろーが。ちょっと浮かせると…ホラ、ブラまで丸見え」

そう言って新一は人差し指でキャミソールの胸元をちょっと引っ掛けて引っ張ると、中を覗き込む。

「やっ!ちょっ、ちょっと!!人前で変な事せんといてよ、もう!!」

「だから、開き過ぎだっつってんの!」

「新一がそんな事せーへんかったら何ともない事でしょう?んもー。変態!新一が傍にいるとロクな事ないぃ!」

「お前ねぇ…そういう言い方はねぇだろ?そういう言い方はよ。何気に凹むぞ、俺」

「じゃあ、凹みついでにあそこの露店でジュース買って来て?喉渇いちゃった」

「凹みついでって…意味分かんねぇっつうの。はぁ…しゃーねぇなぁ。何が飲みたいんだよ」

「やたっ♪買って来てくれるの?えーとね、オレンジジュースで」

「へぇへぇ。姫のご要望なら何なりと。その代わり、買ってくる間にナンパなんてされててみろ、タダじゃおかねぇからな?」

「……え」

新一はさり気なく流し目で軽く睨みながら、少し先の露店へと歩いて行く。

……い、一緒に行った方がよかったかな。

少し、そんな不安が頭を過ぎったけれど、まぁナンパなんてそうそうされるわけないよね?と、思い直して、私は近くにあった垣根に腰を下ろす。

少し離れた所に見える新一の姿。

スラッと長身でモデルのような出で立ち。遠目で見ても整っている顔立ちだって言うのがよく分かる。

そんな彼は、やっぱり目を惹くよねぇ。なんて、自分の彼氏でありながら見惚れてしまう。(これってノロケ?)

だから…時たま本当に私なんかと付き合ってていいのかしら?って思うことがある。

カッコよくて、優しくて、子供みたいに無邪気で…そして、カナリのスケベ(笑)

カッコいい所以外は、全部私しか知らない新一の顔。

ずっとそんな新一と接してるから忘れてる時もあるけれど、未だに彼は私の前以外ではクールな2枚目を通している。

若干バレてる人達もいるんだけど(恭子とか)それでもそれは私が知ってる新一の中のほんの一部分。

そう思うと、やっぱり全てを見せて貰っている私は新一にとって特別なのかな?って思えて嬉しくなっちゃう。

自惚れてるかなぁ、これって。



「ねぇ、彼女ひとり?」

ボーっと、そんな事を考えてたら、目の前に影が出来て、頭上からそんな声が聞こえてくる。

げっ……いや〜な、予感がするんですが?

恐る恐る顔をあげると、そこにはニヤけた顔で突っ立っている軽そうな男が2人。

あっちゃー。これってナンパだよねぇ…やっぱり。

こんな所、新一に見られたらあとが怖いから(色んな意味で)どこかへ行って欲しいんだけどなぁ。

「彼氏と一緒だから」

素気無くそう返事をしても一向に立ち去ろうとしない彼ら。

「へぇー。彼氏と一緒?別にいいじゃん、彼氏なんて放っておいて俺らと遊ばない?」

「遊ばない」

「いいじゃん、そんな冷たくあしらわなくってもさぁ。彼氏といるより俺らと遊んだ方が数倍楽しいと思うよ?」

もぅ…しつこいなぁ!!

「思わない。悪いけどどこか他をあたってよ…こんな所彼氏に見られたら大変だから」

「そう言われてもねぇ?その可愛い顔と悩殺バディが俺らを呼んでるんだって…いくら彼氏が怒っても、俺ら2人だしね。到底敵わないと思うけど」

そう言って彼らはいやらしい目つきで私の胸元を覗きこんでくる。

私は、バッと胸元を腕で隠して彼らを睨みつけ、一言言ってやろうと口を開く…

「あっあなた達ねぇ……」

「おい、お前ら。それ以上俺の女をその汚ねぇ面で見んじゃねぇ」

「あぁん?」

「なんだとぉ?」

「新一…」

彼らが振り向いた隙間から、とんでもなく不機嫌極まりない表情の新一の姿が見えた。

うわぁっちゃー…すんごい、すんごい機嫌が悪くなってるんだけどー。

だから言わんこっちゃない!あー、もう最悪〜。

「聞こえなかったのかよ。さっさと失せろっつってんだ」

「げっ…ふっ藤原…」

「うっそ…藤原って…ここら界隈じゃ有名な、あの藤原?そんな…マジかよ」

「俺、今すんげぇ気分わりーんだけど…どう落とし前つけてもらおうか」

新一は学校で見せる無表情に近い顔で、冷た〜く貫くような視線を彼らに向ける。

いや…そのいつもの数倍怖い顔で。

「いや…その…声、かける子間違ったっつうか…なぁ?」

「お、おお。あまりにも可愛すぎてついつい口が…」

「まあなぁ。俺の女だから?可愛すぎんに決まってんでしょ」

「だ、だよな?そうだよな…あはは…じゃ、ま。そういう事で俺らは…」

「お、おぅ。も…バッチリあんたの彼女の顔は覚えたから…二度とこんなヘマは…」

「二度もあったらぶっ殺す」

そのとてつもない新一の凄味に、彼らは真っ青な顔をして走って逃げて行った。



ここら界隈では有名な新一。

新一曰く、中学の頃から喧嘩をしまくって、一度も負けた事がない上に、ここら辺を牛耳っている怖〜い方々からも気に入られているそうで。

そのお陰なのかどうなのか、やんちゃグループからは一目置かれる存在の新一。

『まぁ、そんなバカやってたのも姫子と付き合う前までの話だから』って、新一は笑って言ってたけど。

その事を普段から全然鼻にかけてないから、忘れちゃってるんだけど…本当は怖い一面も持つ彼だったりする。(私には全然怖くないんだけどね)

「姫子…だから言っただろーが!」

「な、何がよぉ〜」

「胸元があきすぎだってよ!ただでさえ目を惹くのに、そんな格好で一人でいたら声かけられんのなんて当然だろーが。んも、すっげぇムカツク!!」

「そ、そんな。それは私のせいとちゃうやろぉ?」

「いんや。お前のせいだ…ったく、自覚がなさすぎんだよ。お前は」

新一は、ぶすっとふくれっ面のまま私の隣に腰を下ろすと、買ってきたジュースを無造作に渡す。

「ありがと…んもー。そんな怒った顔せんといてよ」

「怒ってんだから、怒った顔になんのが当たり前だろーが」

「……怒ってんの?」

「思いっきり」

「……なんで?」

私のその言葉に新一は大袈裟すぎる程のため息を漏らして私を見る。

なによ…そのため息は。

「俺の姫子に気安く声をかけやがったから。俺がナンパされんなよ、って言ったのにナンパされてっし」

「そっそれは私のせいちゃうやん!」

「お前に他のヤツが声かけんのも触れんのも嫌だって前から言ってんだろ?無防備すぎんだよ、姫子は」

「ん〜…ごめんって。機嫌直してよ」

「いや。暫くなおんない」

「もー、新一?折角気晴らしにデートしてるんだから、そんな顔してないでよ」

「じゃぁ、キスしてよ」

「はぁ?こっ、ここで??」

「そう。ここで…姫子からしてくれたら機嫌が直るかも」

「わっ私から?そんなん無理やって!こんな場所で…みんないるじゃない」

「姫子からされなきゃ意味ねぇじゃん。機嫌直したいんだろ?だったらそっちからしてよ」

「ん〜〜〜〜」

真っ赤な顔で渋る私に、ほら早く。と新一が急かす。

早くったって…こんな人通りが多い場所で?しかも、私から??

出来るわけないじゃない!大体…ナンパされたのだって私のせいじゃないんだし……

「無理…帰ってからする」

「ダメ。今すぐじゃなきゃ俺、ずっと機嫌悪いままだぞ?」

「そんなぁー。私のせいちゃうのにぃ!」

「つべこべ言わずにさっさとしろって。じゃなきゃ、俺から熱烈キスすんぞ?」

「うわっ!そっそれはもっと無理!!恥ずかしすぎる」

「じゃあ、早く」

「んもーっ!ちょっとだけだからね?」

「ああ、いいよ?」

ニヤっと口元を上げる新一の表情に、若干の不安を抱きつつ、私は真っ赤な顔で彼にちゅッと軽くキスをする……つもりが。

「俺が軽いキスだけで満足すると思う?」

「……っ?!」

唇が触れた瞬間に、ガシっと体を抱きしめられて、熱く深い新一からのキスを浴びせられる。

目の前を行き来する人達が、何事かとぎょっとしながら通り過ぎて行くのを横目で感じながら、私は新一の腕の中で真っ赤になってジタバタともがく。

新一はと言うと…

そんな事はお構いなしの様子でシッカリとキスを堪能をし終えた後、ニッコリと笑ってもう一度軽くキスをしてから唇を離す。

「やぁっぱ姫子のキスは最高だな?」

「も…も…もぉぉぉ!新一のアホ、バカっ、変た〜っい!!しばらく新一とは口きかないぃぃ!!!」

と、ここら界隈では怖い人で有名な新一に向かって、周囲の人達が振り返るほど、真っ赤な顔で私は叫んでいた。

「姫子…んな怒んなってば。な?機嫌直せって」



お題配布→『桃色手帳』






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