晴天がこの場所にやってきてから一週間が過ぎた。
相変わらずというか、元の時代に戻る方法は見つからず、戻れるようになるような兆候も見当たらない。
この先どうなるかなあとか思いながら、毎日あの丘に足を運んではぼうっと過ごす毎日。
絵だけを書いて、あとは何もしない、夢のような日々。
(…ニートってこんな感じかねぇ)
小さい頃はやれ個展だやれコンサートだと親にひっぱり回されて、学生を過ぎればすぐに自分も画家としてひとり立ちをしていて、遊んだ記憶はないに等しい。
好きな絵を、ただぼうっと描いているだけの日々というのはとても楽だけれど、やはりどこか間違いのような気がしてならない。
(いや俺の存在自体間違いなんだろうけど)
ぺたぺたとスケッチブックに絵の具を塗りつけながらそんな事を思う。
何しろこの空の下のどこかには10歳の『正しい』自分がどこかにいる訳で。
(18年前の自分の行動なんざ覚えちゃいねえからうかつに外出歩けないしなあ…)
自分の行動範囲が昔から広かったのが今この瞬間だけは悔やまれる。
「…10歳にして放浪癖とかどうなのよ俺」
いやさすがに関東内だけではあったのだが。
親が有名人だったので、とにかくお小遣いははずんでもらえた。
子供たちには好きな事をさせて最高の教育をという方針のおかげで色々やらせてもらえて、その中から一番と選んだのが絵だった。
とにかく色々描きたくて描きたくてしょうがなくて、なんでも見てみたくて子供の足で行けるところまで行っていたのだ。
まさかそれが仇になろうとは。
「道でばったりとか言ったらどうなるんかな?」
ショック療法的な感じで元の時代に戻れたりして。
いやいや、もしかしたらアニメだの小説だのにあるタイムパラなんちゃらのせいで死んだりして。
「いやいやいやそれは勘弁して下さい」
できれば戻る前には前兆があるといい。
それからこのスケッチブックを渡すまでは、ここに居られるといい。
(それから、できれば)
ただ考えるだけで幸せになれるこの気持ちを、叶わなくても伝えることができればいいと思う。
そう思いながら描いた絵は、春の木漏れ日のような絵になった。
自分の中にこんなものがあったのかと思うような温かさで、多分晴天を知る友人などが見たらさぞかし驚くことだろう。
もしかしたら弟は当たり前のように受け止めるかもしれないが。
「…うん、でもいい出来だ」
それまでの自分らしくなくても、とても満足のいく出来だと思う。
これなら、総輝に渡しても恥ずかしくはない。
「さて、今日は終わりと」
絵の具が乾くまで休憩、と伸びをしつつ欠伸をして、晴天は大木に背中を預けて目を閉じる。
「あー…あったけー…眠いなぁ」
ぽかぽかの日差しの暖かさに誘われて、瞼が静かに落ちていく。
そうしてそのまま、晴天は眠りについた。
誰も居らず、一人で絵を描いていた静かな場所。
待っている人が居るというのは存外嬉しいもので、総輝の足取りは軽い。
今日は何を話そう、何を描こう。そんな事を考えるだけで楽しくなる。
だって今までひとりだった。
家に帰ってもひとり。絵を描いてもひとり。
見せる相手もいなかった。自分の絵を誰かに見てもらいたかった。
晴天は総輝の絵を見て喜んでくれる。それがとても嬉しい。
丘を駆け上がる足取りは自然早くなり、息を荒げながら駆け足で丘を登る。
今日もあの人はここで待っている。だから。
「せいて――――」
駆け上がり、ぜえはあと息をしながら名前を呼ぼうとして、途中で止まる。
大事そうにスケッチブックを膝にのせている晴天は、その綺麗な目を閉じてとても気持ちよさそうに―――優しく、寝息を立てていた。