■冴返る夜■ 二人は聖域のはずれに小さな家を与えられた。それは非常に簡素なもので、家とも呼べないような建物だったが、手入れはきちんと行き届いていて、素朴なあたたかさに包まれていた。豊富な物に囲まれてはいたが、荒んでいたあの頃の環境とは百八十度逆と言えるだろう。 「俺はシリウス座の聖闘士だぁ!」 カノンが子供向け番組のヒーローさながらのポーズを取る。 「いくぞサガ!ぴきーん!」 攻撃するときのおきまりのポーズを決めると、カノンはサガに飛びかかった。 「やめてよー、なんで僕が悪者なんだよぉー」 サガは読んでいた本を庇いながら、カノンに抗議した。 「それにカノン、シリウス座なんて無いよ!」 「あるよ!」 「無い!」 「あるの!!うるさい!喰らえ、シリウスぱーんち!!」 「やめろってば!本がぐちゃぐちゃになっちゃうだろ!!」 「なんでサガはいっつも本ばっか読んでるんだよ!!本なんか読んでないで、遊ぼうよー!!」 この静かな環境の中で、はじめは今までとの様々な違いに戸惑っていたが、徐々に二人は子供らしさを取り戻して行った。 「わかったよ、じゃあ仕舞うから、ちょっと待って」 「早く早く!」 本を片付けようとするサガのすぐあとを、カノンが追いかける。 「サガは何座の聖闘士になる?!」 「ぼく?」 サガがカノンの方を振り返った。 「ぼくは……」 カノンはわくわくしながらサガの答えを待っている。 「ぼくは双子座の聖闘士になりたい」 待っていましたとばかりにカノンがサガに噛みついた。 「双子座なんてないよ!」 「何言うんだカノン!あるよ!」 素でサガは驚いたが、少し考えて、カノンは先ほど自分に言われたセリフを何も考えずに言い返しただけだとサガは思い至った。ちょっとしたことでも自分に対抗意識を燃やして来るのがいかにもカノンらしくて、サガは少し笑ってしまった。それを目聡く見破ったカノンはますますむきになる。 「笑うな!ないってば!」 「あるってば!ほら見て」 サガは、先ほどまで読んでいた本を広げ、カノンにその頁を見せた。そこには、冬の夜空に美しく輝く双子座の図が描かれていた。カノンは面白くない、という顔をしてその絵をしばらく見ていたが、おもむろに顔を上げるとサガにこう言った。 「俺達が双子だからって、双子座の聖闘士になれるわけじゃないでしょ」 その言葉に、サガは少しの間沈黙すると、こう言った。 「ぼく…二人で一緒に聖闘士になりたかったんだ。双子座なら、二人揃って聖闘士になれるんじゃないかっておもったんだ」 カノンは、その顔からふざけた表情をすっと消し、サガに向かって聞いた。 「え、双子座なら、二人で聖闘士になれるの?」 サガは、分厚い本をぱたん、と閉じた。 「わからない。どこにも、書いてない」 サガは、うつむいたままぽつりと言った。 「聖闘士は、宿星の下に生まれて来るんだって」 「しゅくせい?」 「宿命の星ってことだとおもう。その星に導かれ、その星に守られて聖闘士になるんだって」 サガの言葉に、カノンが黙って頷く。 「双子座なら、二人一緒に聖闘士になれるのかな、とおもった。星座は88あるけど、その中で二人聖闘士になれそうなのは、この双子座と、魚座、てんびん座だ」 双子座は言うまでもあるまい。魚座は、二匹の魚が、リボンで結ばれた形をしている。てんびん座は、左右対称の秤がある。二人が揃って聖闘士になれる可能性があるのは、この中のどれかだろうとサガは考えたのだった。 「カノン、ぼくたちは何座だか知ってる?」 「え?」 「星占いのことだよ。誕生日によって、12の星座に分けられるんだ」 「知らない!5月30日生まれは何座なの?!」 食らいつくように、カノンがサガに聞いた。 「5月30日生まれは………」 サガは一呼吸置き、ゆっくりと言った。 「双子座なんだ」 カノンがその大きな瞳を、さらに大きく見開いた。 「じゃあ…」 「だから、ぼくたちは双子座の聖闘士になれるんじゃないかっておもったんだ」 その言葉に、カノンは瞳を輝かせる。 「すげえ!俺たち双子だし、双子座だし、俺達一緒に双子座の聖闘士になるんだね?!」 「わからないよ。そう、おもっただけだ。本には何も書いてない」 少し強い口調で、サガが言った。 その言葉に、カノンの瞳はみるみる輝きを失って行く。サガが何を言いたいのか、カノンには手に取るように理解できたからだ。 二人が同じ星座の聖闘士になることが可能なのであれば、すべてがうまくいく。 だが、そうでなかった場合、二人は一体どうなってしまうのだろう? 同じ日に二人は生まれた。でも、時間は違う。二人は同じ顔をしていても、性格が違うように、二人が持って生まれた宿命が異なるものであったなら、二人はこの先どうなってしまうのか……。 「もし、二人で双子座の聖闘士になれないんなら、どうなっちゃうんだろう……」 カノンがぽつりとつぶやいた。 「別々の星座の聖闘士になれるのかな…、それとも、聖闘士になれるのは一人だけで、もう一人はなれないのかな……。もしそうだとしたら、なれなかった方は……」 カノンのその言葉の続きを聞くことにサガは耐えきれず、サガは叫んだ。 「わからないよ!わからないんだ!!」 それだけ言うと、サガは泣き出してしまった。それでなくとも、不安に押しつぶされそうだったのだ。 「どこにも書いてないって言っただろう?!もう、この家にある本は全部読んだよ!あとは、なにをどう調べたらいいのか、どうすれば知ることが出来るのか、もう、わからないんだ!!」 サガが自分と遊ぼうとせず、何か思い詰めた顔をして、ひたすら本を読んだ理由はこれだったのか。なんで俺に言ってくれないんだ、とカノンは思った。サガはいつも一人で背負い込んでしまう。カノンは、いつもサガを何とか助けたいと思っているのに、サガはちっともカノンをあてにはしない。 「サガ、何か方法はあるよ。俺、絶対調べてみせるから」 二人に与えられた家は禁地にあることを、二人はまだ知らなかった。 |