「そういえば、黒沢さんは?なんか言ってました?」
ご主人様がカウンターにフードを置いていきながら、ふわふわの人に尋ねる。
「ああ、今日もメキメキ行きましたけどね、もうね、のらりくらりと結論を伸ばすんですよ、あの人。」
「何がそんなにイヤなんでしょうかね。」
「どうやらねぇ、サッカーにイイ思い出ないみたいなんだな、これが。」
「あれま、そうなの?」
ご主人様たちがそんな話をしている中、俺のピンと立った耳が微かな音を拾った。
カシャ・・・カシャカシャカシャカシャカシャ。
『・・・ん?なんか・・・音、しねぇ?』
立ち上がり、音のした方へ顔を向ける。
・・・店のドアの方だ。
『ご主人様ぁ、ドアの方で音がするんだけど〜。』
俺がそう言うと、ご主人様が「ん?テツヤ、どうした?」と言って、カウンターからフロアに出てきた。
『こっち、こっち。』
ご主人様をナビゲートするようにドアのところまで先導する。
確実に音へと近づきつつあるようで、カシャカシャ音がだんだん大きく聞こえてくる。
『なんかいるんじゃないかな。』
「開けろってか?」
会話は通じずとも意を酌(く)んでくれたらしい、ご主人様が重いドアをグッと開いた。
「あ。」『あ?』
『あれ?テツヤじゃん。なんでこんなとこ いんの?』
『それはこっちのセリフだっつ〜の!』
カオルがなんでここに いんだよ?!
「あの〜・・・、カオルくんが来てます・・・」
足元にいるカオルを指差しながらカウンターの方を振り返るご主人様。
「えぇ?!カオルくんが?!」
「黒沢さんは・・・?」
「いません、カオルくんだけ・・・」
「はっは〜ん、それはたぶん、例のアレですな。」
「アレ?・・・・・・ああ、アレですか!これがウワサの!」
「“必殺!神出鬼没”という技です。」
ドアのところに立つご主人様と、カウンターに座る3人が会話をするのを、ラリーが続くテニスの観客のように交互に見ていた俺の元に、カオルが歩み寄る。
『ども、元気〜?』
『・・・お前もしかして・・・また、迷ったのか・・・?』
『ん〜?迷った、っていうか、なんというか・・・』
『お前ここ来んの初めてだろうが!他に理由なんかねぇだろ!』
『あ、他のみんなもいるんじゃん。お〜い!』
カオルが俺の横をすり抜け、他のヤツらに呼びかけながらそっちへ走っていってしまった。