客席のど真ん中に陣取り、深く腰掛ける。
指揮科の教授がオケと向かい合うように立ち、タクトを持ち上げると、一瞬にして空気が張り詰める。
この緊張感が堪らなく心地よい。
亡くなった恋人に向けて作ったと言われているこの交響曲。
切ないメロディーが胸に・・・
「なっ・・・!?」
思わず声を上げてしまう。
ティンパニのあいつ・・・
顔と動きに感情籠め過ぎだ・・・
わかった。切ないのはわかったから。
打楽器の演奏者がそんなに感情を籠めるな。
ミュージカルじゃあるまいし・・・
全く曲に集中できなくなった俺は、ホールを後にした。
「酒井のピアノはすごいなぁ!感動したよぉ〜!」
ある教室から耳を疑うような言葉が聞こえてきて、俺は身を潜めてその会話の続きに聞き耳を立てた。
「いやぁ!それほどでも〜!」
姿は見ていないが、雄二のヘラヘラした笑い顔が脳裏に浮かぶ。
「一緒にさ、セッションやらない?酒井とならやっていけそうな気がするよぉ〜。」
雄二となら?冗談だろ?
「俺ねぇ、ソウルとクラシックの融合を目指してるんだよね〜。」
ソウルとクラシック?
「おおぉ〜、それはカッコよいですな!」
感心するな、雄二・・・
と、いきなりヴァイオリンの音色が。
ベートーベンの「運命」の一部分だが・・・R&B調になっている・・・。
ソウルとクラシックの融合、しかもそれをヴァイオリンでやろうとするなんて。
変人もいいところだ。
「あれ?北山じゃないですかぁ!」
雄二の叫び声でヴァイオリンの演奏が止まった。
「んもぅ〜、北山ぁ〜、俺ら友達じゃないかぁ〜!そんなとこで照れてないで入ってきたらいいのにぃ〜!」
「照れてないって!しかも友達じゃないし!」
「北山?聞いたことある。たしか君、女の子に人気あるって有名なんだよね?
・・・初めまして、俺、黒沢薫。よろしく!」
黒沢って奴がヴァイオリンの弓を握りしめたまま握手を求めてきた。
一体どうしろと?
仕方なく差し出された弓の先端を掴んで上下に振ってみた。
ぐぐぐぐぅぅぅぅぅ〜〜。
誰かの腹の虫が鳴る。
「あは、すいませんね、腹鳴っちゃいましたよぅ!」
雄二が自分の腹を撫でながらヘラヘラと笑った。
「あれ?酒井、腹減ったの?ウチ、すぐそこで中華屋やってるんだよ。タダで食べさせてあげるよ。」
「タダ?!黒ポン、それマジっすか!?」
「あぁモチロン!ソウルとクラシックの融合の野望のためのミーティングを兼ねてね。」
「腹が減っては戦はできぬ、と言いますからな!」
「北山も一緒においでよ〜。」
「いや、俺は・・・」
「北山も行きましょうよ!れっつら、ごー!」
ふたりに両脇を抱えられ、半ば強引に連れて行かれた。